一足先に、ねこなでごえ
『あか、良かったな。ミソノサンにたくさんまんじゅう貰えて。3つもくれるなんて、ミソノサンは良い人だ』
「……そうっすね」
両手にまんじゅうと“ベッコウアメ”というキラキラした塊の入った袋を抱えるアカに向かって、俺はまんじゅうを食べ終わった口の周りをぺろぺろしながら言った。
口の周りがまだ甘くておいしい。
口の中も甘くておいしい。
口の中や周りが甘くて幸せで俺がひたすらぺろぺろしていると、変な顔をしたままだったアカが腕の中にあったまんじゅうを一つ俺の前に差し出した。
「兄貴、良かったら食べてください」
『っ!』
思わぬアカからの申し出に、俺は尻尾がピーンとおひさまに向かって、これでもかというくらい伸びるのを感じた。
なんだって、アカはなんだって。
『何を言ってるんだ、アカ。それはミソノサンがアカにくれたやつだぞ』
「いや、いいっすよ。3つもあっても仕方ねぇし」
「にゃああああああああ」
「!?」
俺は鳴いた。
無意味に、鳴いた。
たくさん、鳴いた。
そんな俺の様子にアカは戸惑ったように透明な袋に入っていたまんじゅうをソコから出した。またしても甘い匂いが俺の鼻をヒクヒクさせる。
なんという事だろう。
アカは自分が貰ったまんじゅうを俺にやろうと言うのか。
人間は俺達より大きいからまんじゅうは3つ位ぺろりだろう。
なのに、それを俺にくれるという。
「にゃあああああ、にゃああああ」
俺は余りの興奮と嬉しさにアカの足元でゴロンと横になった。
腹をおひさまに向けてクネクネしてしまう。
その間も、俺の無意味な鳴き声は止まない。
「あ、兄貴……いや、俺そんなにまんじゅう好きとかじゃねぇっすから」
『もういっこ、もういっこ。まんじゅうが食べられるなんて。なんてことだろう!』
「…………」
アカは子猫の頃から、やたらと俺に食べ物を獲ってよこしてきた。
スズメとかネズミとかカワウとか。
けれど、そんな中でこれは一番うれしい。
今までアカが俺に自分のモノでくれたものの中で一番だ。
しょうじき、これまで貰ってきたものはあまり嬉しくなかったけど……
これは嬉しいぞ。
「にゃああああ」
「兄貴、まんじゅう、ここに置きますからね」
そう、興奮する俺をどこか苦笑しながら見るアカに俺は寝転んでいた態勢を一気に戻した。
「にぃ」
なにをやってるんだ、俺は。
あぁ、まったく興奮し過ぎて子供のような事をしてしまった。
少しはずかしい。
「兄貴、どうせなら全部食べていいんすよ」
「にっ!」
俺は、いつの間にか目の前で座り込んで俺のキモチイイところを撫でるアカに目を細くした。アカは本当に撫でるのが上手い。
アカも昔はネコだったから、どこがキモチイイかよくわかっていると思う。
俺は尻尾のつけねを撫でられるのがとても好きだ。
逆に腹を撫でられると思わず手が出てしまう。
ゴロンと腹を見せて寝てしまうから、勘違いした人間に俺はよく腹を撫でられる。
もう腹はいやいやだ。
噛みついて引っ掻いて飛び起きたくなる。
でもアカはそんな事しない。
しっぽの付け根とか、首の下とかを上手に撫でる。
『アカ、どうもありがとう』
「っっっっっ!!」
俺はアカに撫でられながら“ありがとう”を言った。
すると、俺を撫でていたアカの手がグシャグシャグシャーと激しく動く。
きもちいい。
「兄貴の欲しいもんなら俺、何したって手に入れますよー!」
「くぅぅぅ」
俺は余りの気持よさに喉をぐるぐる鳴らして、もらったまんじゅうの隣でしばらくアカに撫でまわされていた。
おいしいまんじゅうの隣で、キモチイイところを撫でて貰えるなんて俺はなんて幸せな猫なのだろう。
「兄貴、兄貴、兄貴ぃぃぃ」
「にぃ、にぃ」
こんな幸せな猫は他にいないに違いない。
そう、俺が幸せで腹の毛をぶわぶわさせて居る時。
俺の鼻が懐かしい匂いに反応した。
ピンとヒゲが動く。
これは、この匂いは。
『……しろ?』
「は?」
俺の呟きに、アカも思わず笑っていた顔の眉間に皺を寄せ、顔を上げた。
すると、アカのちょっと後ろにしろが居た。
そろはこちらをジッと見ている。
俺達のことを見ている。
そんなしろにアカは眉間に寄った皺を更に深めると「ふぅ」と、自分を落ち着かせるように息を吐いた。
アカは以前、しろとの喧嘩で俺を誤って蹴ってしまった事を未だに気にしていた。
アカは分かっているのだ。
頭に血が上ってしまった自分が、いかに周りが見えていない事を。
わかってはいるものの、かーっと怒ってしまったら、もう冷静にはなれない。
それは、アカのダメなところであり、アカという人間のしっぽのつけねのようなものだ。
ダメだけど、それがなくなったらアカはアカじゃなくなるんだと思う。
だから、俺はなんとも言えない。
俺は寝転んでいた体をクルリと立てなおすと、自分を落ち着かせようとしているアカの隣で鳴いた。
無意味に鳴いた。
「にゃあ」
「……あにき、いいんすか。あいつの所、いかなくて。好きなんすよね、アイツのこと」
アカはそう呟くものの、しかし目はひたすらにしろを睨みつけている。
対して、しろはどこか冷めたような目でこちらに向かって歩いてきている。
俺はそんな二人を交互に見ながら、鳴いた。
『いいんだ。しろ、俺が寄ってくのきらいだから』
「兄貴……」
『俺がお腹なでられるのが嫌なように、しろも俺が外ですりすりするの嫌がるから。俺は我慢するんだ』
そう、俺はやっとそのくらいの事に気付いたのだ。
俺は腹を撫でらるのが嫌だ。
ミソノサンは俺が勝手に家の中に入るのが嫌だ。
アカはしろが嫌だ。
猫も人もいろんな“嫌”がある。
それを何で嫌なのか?と相手に怒っても仕方の無いことだ。
だって、俺に「なんでお腹を撫でられたくないの?」と聞かれても俺は上手く答えられない。
嫌なものは、嫌なのだ。
理由なんかない。
嫌な事をたくさんすれば相手から嫌われてしまう。
だから、俺は我慢する事にした。
しろの嫌がることはしない。
『アカ、ますたーの所に行くって言ってたよな?早く行こう』
「……はい、兄貴」
俺はアカに向かってそう言うと、ちょうど隣を通り過ぎようとしていたしろへちらりと目をやった。
すると、ちょうどしろもこちらを見ていたようで、ばちっと目があった。
しろ、安心して。
俺、しろの嫌がることしないよ。
がまんするよ。
そう思って俺がしろから目を逸らすと、その瞬間ボソリとしろの口から言葉が出てきた。
「猫と喋って、バカみてぇ」
「っ!?あ゛ァァ!?」
そのしろの言葉により、我慢していたアカの気持がぱーんとなった。
目がギロリと鋭くなり、猫の威嚇のように「ふーっ」と息を吐く。
アカがまた怒ってしまった。
アカはすぐ怒るけど、今回のはしろがアカにけんかを吹っかけたと思う。
前はアカにはツーンとして、アカがしろに喧嘩をふっかけていた。
しろは仕方なしみたいな顔でアカと喧嘩していた。
けど、今日は違った。
しろもアカとけんかをしたかったのだろうか。
俺はまた二人の喧嘩に巻き込まれて踏まれたり蹴られたりするのが嫌なので、まんじゅうを咥えて少し離れた。
「キモイんだよ、テメェ。猫撫で声だしやがって。マジできめぇ」
「……テメェ、泣かす」
そうアカがしろに殴りかかろうとした時だ。
「…ぁ」
アカはハタと自分の腕が自由ではない事に気が付いた。
腕にはまんじゅうとべっこうあめの袋。
アカの動きが止まる。
そんな一瞬の間に、俺は先程しろがアカに言った「ねこなでごえ」と言う言葉が気になって仕方がなかった。
“ねこなでごえ”とは一体どんな声なのだろう。
もしかしたら人間が猫を撫でる時だけに出る、特別な声なのだろうか。
さっきアカが俺を撫でて居る時も、その特別な声が出ていたということだろうか。
俺にはいつものアカの声しか聞こえなかったが、もしかしたらそれは人間にしか聞き取れない声なのだろうか。
気になる。
俺は“ねこなでごえ”が気になって気になって。
それに相成ってアカも腕の中のまんじゅうやらべっこうあめに気を取られ固まっている状態にあったので、俺は思わずアカの足元に近寄った。
もちろん、まんじゅうを咥えたまま。
『アカー、アカー』
俺はアカの足を前足の爪を引っこませたままパンパンと叩いた。
すると、まんじゅうのおかげで頭のカーッが収まっていたアカは、一瞬で俺へと意識を向けた。
たぶん、まんじゅうがなかったら俺の声など聞こえていなかったと思う。
ぜんぶ、まんじゅうのおかげだ。
まんじゅうはすごい。
「な、なんすか。兄貴」
『なぁ、“ねこなでごえ”って何だ?ねこを撫でる時の特別な声か?どういう声だ?』
「……ええぇぇっと。猫撫で声っすか。どんな声って言われても」
『やってみてくれ。猫って言葉がつくから気になる』
俺がまんじゅうを地面に置いてアカを見上げると、アカは今までにないような顔で俺を見下ろしていた。
もしかしたら、ねこなでごえはとても難しい声なのかもしれない。
もしかしたら、猫を撫でて居る時にしか出ない声なのかもしれない。
そうか、猫をなでていないと出ない声か。
『俺を撫でる必要があるなら、俺を撫でながらもう一回やってくれ』
俺はアカがねこなでごえを出しやすいように、ゴロンと腹を見せてその場に寝転んだ。
そんな俺の姿に、アカだけでなくしろまで息を呑むような声を出した。
しかし、アカは一向に俺を撫でてこない。
それどころか顔を真っ赤にしながらフルフルと震え始めた。
そして、次の瞬間。
「かわいいっ!かわいいっす!マジでうちの子になりませんかぁぁぁ!」
そう叫ぶや否や、アカは手に持っていた饅頭をぼとぼとと落とすと、また俺の体をぐちゃぐちゃと撫で始めた。
アカの声はいつもより楽しそうではしゃいでいる。
子猫の時もよくこういったはしゃいだ声を出していたが、これがねこなでごえなのだろうか。
「兄貴ぃ、兄貴ぃ!」
いや、たいしていつものアカの声と変わらん。
ねこなでごえって一体なんだ。
俺は撫でられながらアカの後ろの方に立っていたしろを見ると、しろはなんとも驚いたような顔で、しかし、どこか羨ましそうな顔でアカの後ろ姿を見ていた。
俺にはなんでしろがそんな顔をするのか全然わからなかった。
しろは家の中では今のアカとまではいかないまでも、俺に話しかけて撫でてくれる。
けれど、外では俺は「うざい」と言われてしまう。
「うざい」の意味はよくわからないけど、なんとなく良い意味ではないことはわかる。
俺はしろに嫌われると思って外ではしろにすりすりしない事にした。
けど、今のしろはなんだか寂しそうだ。
「にゃああ」
俺はしろを見ながら無意味に鳴いた。
まぁ、意味のある言葉を発したところで、しろには俺の言葉は通じない。
しかし、鳴いた瞬間、しろは俺の目をジッと見つめると一瞬だけふっと、家の中のように表情を緩めた。
しろはアカの後ろに居るから、アカは見ていない。
俺だけが見た、いつものしろの顔。
「にゃあ」
(しろー)
無意味に鳴いた言葉に、そっとしろの名を乗せてみた。
しかし、しろはその俺の鳴き声を聞くと、静かに俺達に背を向けた。
しろはもう振り返らなかった。
俺はただジッと、しろの背中を見送った。
アカのキモチイ手が俺の顎や尻尾の付け根を撫でる。
そんな、アカもいつの間にかしろの後ろ姿を睨んでいた。
「別にいい……キモくて、俺はいい」
アカは独り言のようにそう呟くと、俺の体を抱き上げ、強くない力で抱きしめてきた。
結局、ねこなでごえが何かはわからなかった。




