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御免こうむります。  作者: はいじ


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39/57

一足先に、おやすみなさい



ぼすと仲良しのあいさつをしてから、どれくらいの時間が経ったのだろう。

今、ぼすは鼻をスピスピ言わせながら眠っている。

とても気持ちが良さそうだ。


きっとお腹いっぱいになったから眠くなったのだろう。


熱があって食欲が無いだろうとしろがぼすに持ってきたのは、あたたかい“牛乳”だった。

牛乳なら、俺も知っている。

あれは牛という動物の乳らしい。

俺は牛は見た事ないが、牛乳はしろに何度か飲ませて貰った事がある。


初めてそれを飲んだ時、あたためたソレに俺は少し母親の乳を思い出して腹の毛がきゅんとしたのを覚えている。

もう遠い昔過ぎて、母の顔や匂いは思い出せないが、ソレがとても懐かしい味だという事はわかった。


ともかく、その牛乳と言う飲み物はとても優しい味がするのだ。

ぼすも最初は牛乳を見て恐る恐るくんくん匂いを嗅いでいたのだが、俺が牛乳に指をつけてその指をぼすに差し出すと、ぺろりと舐めてくれた。

そこから安心したのか、ぼすは少しだけ体を起こして必死にぺろぺろ牛乳を舐めた。


そんなぼすを見てしろは「食欲があるならもう大丈夫だろ」と言っていた。

俺もそう思う。

ごはんを食べたいと思うのは、元気な証拠だ。

だから俺はいつだってごはんを食べたいと思えるのだ。


全部、牛乳を飲んだぼすは今しろの寝床の上でスピスピだ。

鼻がひくひくしているのだが面白い。

俺は猫の筈なのに、こうして人間として猫を観察するのはとても面白かった。

時々眠るぼすのヒゲがピンと立つ。

その時は体もピンと動く。


きっと、ぼすは狩りをしている夢でも見ているのだろう。


あぁ、気持ちのよさそうなぼすを見ていたら何だか俺も眠くなってきてしまった。

俺はしろの寝どこ上で自分の腕を曲げ、その上に顎を乗せながらぼんやりとした眠気に襲われていた。

そういえば、ぼすに会う前の俺も眠くて速足で渡瀬神社に帰る途中だった。


あぁ、寝てしまいそう。


そう俺が思った時。


「なぁ、お前さ」


「っ!」


俺の隣で四角いけいたいをいじっていたしろが、突然俺に話しかけてきた。

突然の事で、俺の体がびくんと揺れる。


「俺とどこかで会ったことあるか?」


「…………」


言いながらしろは手に持っていたけいたいをポンと寝床の上に投げた。

しろは俺に話しかけているのに、俺の方を見ていない。

スピスピと眠るぼすを見ている。


「ううん。会ったこと、ないよ」


俺はアカの時みたいにウソをついた。


ウソ。

だって、しろとは毎日会ってた。

昨日だって、シロには無視されて踏んずけられて、そして、ふれんちとーすとを貰った。

いっしょの布団で寝たり、ごはん食べたり、お腹を撫でてくれたり。

俺はずっと前からしろを知っている。


「最初のお前、まるで俺を知ってるみたいに話しかけてきただろ」


「…………」


あの時は必死だったから。

ぼすが死んでしまうんじゃないかと思って、うそをつく事なんてすっかり忘れていたのだ。

けれど、しろの目は未だに俺の方を見ない。

ぼすを見てる。


「つーか、しろってなんだよ。俺の事なのは分かるけどな“しろ”って……」


そう言って寝床に肘をついて手に頬を乗せるしろは無表情だ。

しろはいつも俺と居る時、笑ったり、困ったり、楽しそうな顔をしてるから、こういう何の表情もない顔は珍しい。

ちょっと、こわい。


「だって、毛がしろいから」


「んな事はわかってるっつーの。犬や猫みたいに呼びやがって」


「でも、でも」


犬や猫みたいに呼びやがって。

そう、どこか不機嫌そうな声色で答えるしろに俺はなんだか胸の中に何かがつっかえたような気持ちになった。

これは、アレだ。

喉に魚の骨が引っかかった時の気持ちと似ている。

もやもやっとする。


「人間だって、犬や猫のことを毛の色でかってに呼ぶじゃないか」


「…………まぁな」


「白い猫には、しろ。黒い犬にはくろ。それに、」


知ってるんだぞ、俺は。

しろの付けてくれた“キジトラ”って名前も、俺の体の模様から取ってるって。

知ってるんだからな。


「きじとら柄には」


「……キジトラだな」


「うん、そうだろ?犬や猫は毛の色で呼ぶのに、どうして人間は毛の色で呼んだらいけないんだ?ねぇ、どうして?」


俺は隣でぼすを見ているしろの横顔にズイと顔を近づけた。

そんな俺に、しろはやっと俺の方に視線を動かした。

その目はどこか困っているようで。


しろのこういう目は俺もよく見た事がある。

しろがたくさん絵のついた本を読んでいる時に、かまって欲しくて「にゃー、にゃー」鳴くと、決まってこんな顔で俺を見て来る。

この顔は、ちっとも怖くないぞ。


「……いけなくは、ねぇよ」


「なら、しろは、しろでいい?」


「勝手にしろ」


そう言ってフイと顔を俺から背けたしろに俺は「ふふふ」と笑った。

だって、しろは人間の俺でも猫の俺でも、結局は無視しないで話を聞いてくれる。

無視しない。


ここはしろの家の中だから。


「お前、変な奴」


しろは背けた顔の向こうで、また俺を“へんなやつ”扱いをした。

けど、何故かしろに“へんなやつ”って言われても、俺は毛がぶわっとならない。

なんでだろう。


「どこらへんが変?」


「猫と喋ったり、いきなり人の家に押し掛けたり、人の事犬や猫みてぇに呼んだり、変な髪の毛で、変な事ばっか言う。お前は全体的に変な奴だ」


「……ふふふ」


「何がおかしい」


しろの言葉に俺が思わず笑っていると、しろはやっぱり不機嫌そうな声で俺に話しかけてきた。今度はまた、ちょっとだけ目もこっちを見ている。


「だったら、しろも変なやつだね」


「なんでだよ」


「だって、だってさー」


俺は一つ一つ思い出してみる。

猫だった俺は毎日しろとおしゃべりをしていた。

野良の俺を家に入れてくれる。

毛の色で“キジトラ”って名前をつけてくれた。

それに、普通の人間と違って毛は真っ白だ。


しろだって、俺と同じじゃないか。


「しろも猫と喋るし、知らない俺を家に入れるし、毛の色で勝手に名前をつけるし、変な毛の色だし。しろも変だよ、ふふ」


そう、またしても俺がたまらずにこにこになっていると、隣で「ひゅっ」と何かの音がした。

俺が隣に座るしろを見ると、そこには今までにないくらい顔を歪めたしろの顔がった。

あぁ、この顔もよく知っている。

この顔はりょうりを失敗したり、お風呂のお湯を出しっぱなしにしていた事に気付いた時の顔だ。

これも、ちっとも怖くない。


「っお前、見てたのかよ!?どこでだ!?」


「なにを?」


徐々にほっぺたが赤くなり始めたしろに、俺は首を傾げた。

見てた?って何をみてた?


「お、俺が……猫と喋ってんの、とか……まさか、あの時か!?家の前で俺がキジトラと話してたの時!それともあれか!?俺が庭に出てる時か!?」


「……しろ、なんで顔、あかい?」


しろがアカになった。

俺は顔が真っ赤赤になったしろに目をぱちぱちさせた。

人間の顔って、こんなにも白だったり赤だったり変わってしまうものなのか。

あぁ。もしかして、しろも熱があるのかもしれない。


俺は体がふわっとするのを感じると、先程しろがぼすにしたみたいに、しろの耳に触れて見た。

あつい、しろも熱がある。

しろも、どこか怪我をしているのだろうか。


「しろ、耳熱いよ?どこかケガしてる?」


「さわんな!?見んな!?」


「どうして?けがをしてるなら、しろもグルグルをしとかないと」


そう、俺あしろの顔を覗き込むとしろが俺の頭をおもいきり叩いた。

いたい。いたいよ。


「なんで叩くの!?」


「うっせぇ!つーか、お前、ぜってーさっきの事、誰にも言うなよ!?」


「さっきのって?」


「あぁ、もう。最悪だ。こんな阿呆みたいなやつに、見られてたなんて」


「あほ?誰があほ?」


「お前だよ、お前」


「俺はあほ?」


そう俺がしろに尋ねるとしろは「はぁぁぁ」と溜息をついて顔を腕の中に埋めてしまった。

もう、しろの顔はみえない。

でも、たぶん腕の下の顔はまっかっかだ。


「しろ?ごめんね、しろは変じゃないよ」


俺はなんとなく謝ってみた。

悪い事をしたつもりはなかったけれど、しろはきっと俺と同じで“へん”って言われるのが嫌だったんだろう。

俺も、しろ以外に“へん”って言われるのは嫌だった。

だから、しろもきっと嫌だったんだ。


「ごめんね、しろ。ごめん」


「…………」


「しろ……」


しろはもう返事をしてくれなかった。

腕の下から顔を上げてくれない。

あぁ、しろ。ごめんなさいを言っても許してくれないくらい怒ったのだろうか。


俺はぐるぐるする申し訳ない気持ちを抱きながらも、シンとする部屋の中で思わず過ぎ去っていた眠気が再度襲ってくるのを感じた。

今度のはけっこう大きな“眠い”だ。

今日は一日昼寝をしていないから、もう、もう。


「……くあ」


そう俺は思わず大きなあくびをしてしまった。

すると、目の端っこから水がわき上がってきた。

目の前がジワリと歪む。

あぁ、これか、アカがよく目から出すやつは。


そう俺が思った時。


「……くぁ」


しろの腕の下から俺と同じような声が聞こえてきた。


「……ふふ、移ったね?あくび」


「…………」


俺はにこにこな気持になりながら言った。

しろから返事はない。

けどいい、しろに俺の言葉が届いているのは分かっているから。

猫の時と違って、俺は今日、しろとたくさんおしゃべりできた。


だから、いい。


そして、そのまま俺は徐徐に目の前が真っ暗になっていくのを頭の片隅で感じながらも、もう抗わなかった。

もう、俺を呼ぶ声もない。

あぁ、眠い。


「……おやすみ、しろ」


俺は小さくそう呟くと、隣にある暖かさを感じながら意識を手放した。



これが、この俺キジトラという猫の人間として過ごした記念すべき1日目の終わりだった。


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