表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御免こうむります。  作者: はいじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/57

一足先に、仲良しのごあいさつ


-----------






ぽんぽんぽん。

ふきふきふき。

ぐるぐるぐるぐる。


「…………」


俺は目の前でぐったりと横たわるぼすに施される、しろの手当てをジッと見ていた。

今、俺達が居るのは見慣れたしろの部屋。

見慣れた部屋だが目線や大きさがいつもと違うので変な感じだ。


いや、そんな事は今はどうでもいい。


そう、俺はあの時しろに「助けて」と言った。

もう、俺にはしろしか頼れる人は居ないと思った。

だから、俺は一生懸命しろに“おねがい”をしたのだ。

そしたら、しろは最初は不審そう顔で俺を見ていたけど、俺の腕に抱えられたぼすの姿を見ると「入れ」と小さく言って、俺を中に入れてくれた。


その間も「みぃ、みぃ」とか細く鳴くぼすの鳴き声が俺の耳に聞こえてきて、俺は居ても立ってもいられなかった。


しろは俺達を自分の部屋に通すと、タンスから真っ白いふわふわの布を、いつもしろが寝る場所の上に引いた。

そして、俺にむかって「ソイツをここに置け」と短く言うと、しろは部屋を出て行った。

俺はしろの言った通りぼすをしろのふわふわの上に置くと、ぐったりとするぼすの体をそっと撫でた。

苦しそうなのがかわいそうで、見ていて辛くて、俺は無意味に「よしよし」をした。

そうせずにはおれなかったのだ。


そんな事をしていると、部屋から出ていたしろが手に四角い木で出来た箱と、もう片方の手にほかほかと湯気を上げるお湯を、味坂銭湯にあったような“せんめんき”に入れてきた。


しろは「よしよし」と言い続ける俺をしばらく見下ろしていたが、すぐに「そこどけ」と俺の居た場所にどすりと座り込んだ。

だから、俺はしろの隣にぴたりとくっついて、しろがこれから何をするのかジッと観察する事にした。


「ぼす、助かる?」


「さぁな」


「しろ、助けて」


「……俺は医者じゃねぇから保証はできねぇよ」


俺はお湯の中で薄い小さな布を濡らし始めたしろに、またお願いした。

けれど、しろは俺を見ることなく、そっけない返事をすると、ただ黙々と手を動かした。

まずしろは先程濡らした小さな布で、ぼすの傷口をそっと拭った。

すると、その瞬間ぐったりしていたぼすの体が「にゃっ」と跳ねる。


「しろ、ぼすが痛いって」


「……我慢しろっつっとけ」


「うん、わかった」


俺は『いたいよう、いたいよう』と鳴くぼすの頭を撫でながら「ぼす、がまんしろって」と言った。すると、しろはそんな俺を変な顔で見ていた。

しろのこんな顔は初めて見た。


けど、すぐにしろは手当てに戻ると、背中と腹の傷をゆっくりゆっくり白の布で拭った。

白だった布が赤に染まる。

その間もずっとぼすは『いたい、いたい』と鳴いていた。

だから、俺もしろに言われた通り「がまん、がまん」と言って撫で続けた。


「しろ、傷なおる?」


「深くない。ただ、傷ついてしばらく放っておいたせいで膿って熱が出てる」


「しぬ?」


「……しなねぇよ、多分」


「よかったぁ」


しろ透明な水のようなものを、また別の白の布につけると、ソレをぼすの傷口にポンポンと塗った。

その度にぼすの耳やヒゲがピクピク動く。


「しろ。ぼすがお腹ひりひりするって」


「……お前なぁ」


また、俺がぼすの言葉をしろに伝えると、しろは今度は俺に向かってはっきりと顔を向けた。そう言えば、家に入ってからこれまでしろとは目を合せていない。

というか、同じ目線でしろの顔を間近で見た事はあまりなかったせいで、俺は体がぶわっとするのを感じた。体中のぶわぶわが止まらない。


「勝手に猫の気持を代弁すんな」


「だって、だって。ぼすはそう言ってる」


「……変なやつ」


しろは俺の顔を見てそう言うと、またぼすの傷へぽんぽんし始めた。

俺はというと、毛のぶわぶわは治まったが先程しろに言われた「変なやつ」という言葉が引っかかっていた。

猫の言葉が分かる人間なんて、確かに“変なやつ”かもしれない。

でも、こればっかりは引けない。

だって、ぼすは本当にそう言ってるのだから。

変って思われても、本当は本当なのだ。


「ぼす、お腹がひりひりするって言った」


「…………」


「本当だよ、ひりひりするって」


「わかったっつーの。じゃあ、お前はコイツに優しく話しかけてろ」


「……うん」


しろは何だか面倒臭そうに俺にそう言うと、今度は別の茶色みたいな色の水を布につけてぽんぽんし始めた。

ぼすはやっぱり『いたいよう』と鳴いている。


「よしよし、いいこ、いいこ。ぼすはいいこ」


「…………」


俺の声とカチャカチャというしろの手元にある道具が擦れる音だけが、しろの部屋に響く。

しろの周りには、ぼすの血のついた布や、色のついた水のついた布でたくさん溢れている。

そして、ひとしきりぽんぽんが終わると、ぼすの傷の部分に別の白の布を当てて、長いヒモのようなものでぐるぐるし始めた。

この辺りになると、ぼすも痛いではなく「うぅぅ、うぅぅ」と小さく唸るだけになっていた。


「おし」


白い布をぼすの体に巻き終わると、しろは小さく唸るぼすの耳にそっと触れた。

何をしているのだろう。


「やっぱ少し熱があるな」


「熱?」


俺はしろと同じように手を伸ばしてそっとぼすの耳に触れてみた。

すると、確かにぼすの耳があっつくなっていた。

熱が、あるのだろう。


「どうしたらいい?」


俺は不安になってしろを見ると、しろは既に立ち上がっていて手に何やらもって「ピッ、ピッ」と何かの音をさせた。


「なにもしなくていい。傷口が膿って熱が出てるだけだ。少し部屋をあっためる。食欲はないだろうから、何か飲むもん持ってくる」


そう言ってまたしてもしろが部屋から出ようとするので、俺は思わず立ち上がっていた。

なんだかこう言う時自分だけジッと座っておくなんて嫌だ。

しろにだけ“おしごと”をさせて、俺は何もしないのは、多分うさみさんだったら凄く怒ると思う。


「しろ、俺も何か手伝いたい」


「いい、お前はここに居ろ」


「でも、俺も何か……」


「お前が居なくなったらソイツが不安がるだろうが。猫の言葉がわかるんなら、話しかけてろ。すぐ戻る」


言うや否や、しろは俺の返事なんな聞かずに部屋から出て行ってしまった。

俺は俺とぼすだけになってしまった部屋の中で、ただ茫然としろの出て行った扉を見ていた。


しろは優しい。こうしてぼすを助けてくれている。

しろは俺に“ふれんちとーすと”を作ってくれて、撫でて、一緒に遊んでくれて、ふかふかの布団で一緒に寝てくれる。

しろは優しい。


けど、今の“人間の俺”には少しばかり冷たい。

ぜんぜん俺の顔を見てくれない。

猫の時は鼻をすりすりしてくれたりするのに。

猫の俺に話しかけたりしてくれるのに。


俺がぼすに話しかけてるのを変な顔で見ていたし「変な奴」って言ったりする。

しろは優しいのに何だかいじわるだ。

アカと一緒で、人間の俺にはちょっといじわる。


でも、こうしてぼすを助けてくれるんだから、いじわるだけど、やっぱり優しい。


俺はすとんとその場に座ると、少しだけ呼吸の整い始めたぼすに向かって手を伸ばした。

先程しろがしていたみたいに、また耳を触ってみる。

やっぱり少しだけ熱い。


「ぼす、がんばったね。良い子だったね」


しろが言ってたように話しかけるのも忘れない。

そうやって耳の後ろや、首を下を撫でていたら今まで閉じられていたぼすの目がうっすら開いた。

そして、ジッと俺の顔を見る。

こうして間近に、そして穏やかな状態でぼすの顔を見るのは初めてかもしれない。


『嫌な匂いだ……お前』


「…………」


そう、ぼすは改めて俺の顔を見て言った。

そう言えば、俺が最初に細い路地でぼすを見つけた時も、ぼすは俺に「嫌な匂いの奴」と言っていた。きっと、ぼすには俺の匂いが猫の時のキジトラの時と同じように匂うのだろう。


だから「嫌な匂い」なのだ。


けれど、匂いばかりはどうしようもない。

俺はジッと俺を見て来る弱弱しいぼすの姿になんとも言えない気持になって、顎の下を撫でながら言った。


「ごめんね、ぼす」


そう俺が言うと、それまでジッと俺を見ていたボスの片方の大きな目がパチリと瞬いた。

そして、ぼすは撫でる俺の手に鼻をくっつけると、ぺろぺろと俺の手を舐め始めた。

「にぃ、にぃ」と小さく鳴きながら。

ぼすの舐めるそこは、俺がぼすに引掻かれて傷の出来た場所だった。


「ぼす……」


あの、ぼすが。

あの、俺の事が嫌いで嫌いでたまらないと、いつも俺を追いかけまわしていたぼすが。

俺の手を舐めている。

「にぃ、にぃ」と鳴きながら。


『悪かったな』なんて、少しばかり申し訳なさそうに言いながら。


俺は余りの出来ごとにとてもとても、体中がぶわぶわしてしまって思わず俺の手をぺろぺろ舐めるボスの鼻に、自分の鼻をくっつけた。

アカが人間の姿で猫の俺にしたみたいに、きっと傍から見るとおかしいに違いない。

滑稽で仕方ないに違いない。

けれど、今ならアカの気持もわかる。


俺はぼすと親愛のごあいさつをしたくなったのだ。

これは、もう元猫の性としか言いようがないかもしれない。


そしたら、ぼすも俺の鼻にふんふんとヒゲを揺らしてくっつけてくれた。

あぁ、ぼすとこんな事が出来る日がこようとは思ってもみなかった。


そして、俺はもう一つ気付いてしまった。

自分が猫の時は、どうして人間は俺達を撫でたがるのか、抱っこしたがるのか、「かわいい、かわいい」と褒めちぎるのか。

いまいち理解できていなかった。

ただ、可愛がられるのはごはんを貰う上で好都合なので良かったなぁなんて思っていたくらいだったのだ。


しかし。


「かわいい、かわいい」


ぼすがふんふん鼻をさせる仕草や、くるりと大きな目でジッと俺を見上げてくる様に、俺は自然と「かわいい」と口に出していた。

あぁ、人間と言う生き物は猫を「かわいい」と思ってしまう生き物なのか。


俺は猫の時とは異なるちょっとした気持ちの変化に、体中がぶわぶわするのを感じた。

「かわいそう」とか「かわいい」とか。

人間とはいろんな事に胸の中をぐるぐるさせる生き物である。


そして、それは確かに今日一日俺の心をぐるぐるぶわぶわさせてきた。


「ぼす、早くげんきになってね」


「にぃ、にぃ」


そう、俺とぼすが鼻をくっつけてふんふんしていると、先程しろが出て行った扉がガチャリと音を立てて開いた。

しろだ。

またしても、しろの手には何かが握られている。


「何やってんだ、お前」


「ふふふ、あいさつ。仲良しの、あいさつだよ」


扉を閉めて俺とぼすの方に歩いてくるしろに俺はにこにこな顔でそう言った。

ぼすと仲良しになれたのが、嬉しくて仕方が無い。

ぼすは俺の鼻の上もぺろぺろしてくる。

ぼすがかわいくて仕方が無い。


「……やっぱお前、変なやつ」


「ふふふ、へんでいいよ」


俺はにこにこでしろを見ると、しろは何だか困ったような顔で俺を見ていた。

でも、その顔はいつも見慣れたしろの顔だった。


しろが猫の俺に見せる、それは。


困ったような、でも優しい笑みを、しろは浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ