第41話 騎士の背信
帝都第一区「光輪地区」の北端に構える帝都警備隊中央本部。その重厚な花崗岩の回廊には、夜更けになっても絶え間なく軍靴の冷たい足音が反響していた。
普段ならば、夜間警邏の報告書を抱えた衛兵や当直将校が行き交うだけの規則正しい静けさがあるはずの庁舎。だが今夜、第三小隊作戦会議室の前に漂っていたのは、張り詰めた硝煙の匂いにも似た、不穏極まりない殺気だった。
会議室の中央、磨き上げられた黒樫の作戦机の上に、一枚の血染めのような赤い封印が施された特命指令書が叩きつけられていた。
『――緊急治安執行命令。
対象:第四区煙突街所在、未認可音響物資密造工房ならびに背教扇動分子潜伏拠点。
主目標:首謀者レア・ヴィット、ならびにその共犯者一同の身柄完全拘束。
指揮:警備隊第3小隊長ユーグ・アルマン子爵。
査察監督官:聖歌庁典礼査察局特使』
羊皮紙の最下段には、警備隊総司令官の署名と並んで、聖歌庁筆頭審問官マクシミリアン・ド・ランカスター伯爵の巨大な私印が押されていた。
それは、通常の治安維持任務の範疇を完全に逸脱した、教会主導の「一斉強制検挙命令」だった。
「……命令は以上だ、アルマン小隊長」
卓の向かい側、黒い法衣の上に漆黒の外套を羽織った男――聖歌庁典礼査察局の監査官が、爬虫類のように冷え切った目でユーグを見据えた。
その男の背後には、銃剣付きマスケット銃を直立不動で構えた典礼憲兵が四名、抜き身の威圧感を放って控えている。
「今夜二時、貴隊の小隊員三十名を先鋒とし、我が典礼憲兵隊の主力四十名が後続として煙突街の地下工房を完全包囲する。抵抗する者はその場で射殺して構わん。首謀者の女は、四肢を砕いてでも生かして大聖堂の地下牢へ連行せよ。……万が一にも逃亡を許した場合は、指揮官たる貴公の首が飛ぶものと心得よ」
「……はっ」
ユーグ・アルマンは、机の上の指令書を手に取り、寸分の狂いもない動作で挙手の敬礼を返した。
紺青の詰襟軍服には銀の飾緒が涼やかに垂れ、腰には名門アルマン子爵家に代々受け継がれてきた儀礼刀が佩かれている。
姿勢に乱れはない。ヘーゼル色の双眸にも、一切の動揺の影は見えない。
名門軍人貴族の次男として帝国騎士学校を首席で卒業し、規律と秩序を神聖視してきた「模範的な若き騎士」そのものの佇まい。
査察官が冷笑を浮かべ、憲兵たちを引き連れて部屋を出ていく。
バタン、と重い樫の木の扉が閉まり、会議室に静寂が戻った。
一人残されたユーグは、机の上に両手をつき、深く、深く息を吐き出した。
机の上の指令書を睨みつける。
彼の右手の指先が、白くなるほど強く拳を握りしめていた。
(……ついに、牙を剥いたか)
ユーグは軍服の胸元に手を滑り込ませた。
内ポケットの奥底。そこには、数日前に歓楽街の裏路地でギルバート・ヴァレンヌから極秘裏に手渡された、暗号化された連絡メモが収められていた。
そして――あの地下闘技場〈アリーナ・ノワール〉と、独立劇場〈ルージュ座〉の最前列で、自らの魂を根こそぎ撃ち抜かれた、あの夜の記憶。
あの日。
風紀を取り締まる側の人間として潜入した薄暗い酒場で、作業着を着て震えながら聴いた、レア・ヴァーミリオンの最初の絶叫。
あの歌を浴びた瞬間、ユーグが生まれてから積み上げてきた二十数年間の「完璧な騎士」としての矜持は、跡形もなく粉々に打ち砕かれていたのだ。
感情を殺し、親の期待に従い、国家と教会の命じるままに民衆に銃剣を向けるだけの機械。
そんな自分を縛り付けていた冷たい鎖を、彼女の喉から放たれた野生のブルースが、生々しい血の熱量をもって焼き切ってくれた。
涙を流し、銀貨を投げ入れ、自らの意志で彼女の「共犯者」となったあの夜。
(家名か。軍歴か。……それとも)
ユーグは目を伏せ、唇を固く引き結んだ。
もし今夜の作戦を失敗させれば、軍法会議は免れない。
アルマン子爵家の名誉は地に堕ち、自身は反逆罪で階級を剥奪され、極刑に処される可能性すらある。
軍人にとって、命令違反とは魂を売り渡すことと同義だ。
だが――ユーグの心に、迷いなど欠片も存在しなかった。
(あの歌を奪い、あの喉を切り裂く世界に……守るべき正義など、一寸たりとも存在しない)
教会の狂信者どもが守ろうとしている「神の調和」の正体を、彼はすでに知っていた。
それは、生身の人間の苦しみや叫びを力づくで押し殺し、都合の良い人形として飼い慣らすための、薄汚れた欺瞞に過ぎない。
そんな偽善の番犬として生き延びるくらいなら、すべてを擲ち、あの真紅の歌姫の盾となって泥水に塗れるほうが、何千倍も誇らしい。
ユーグは引き出しから細い万年筆を取り出すと、白紙の便箋に極小の文字で作戦の正確な決行時刻、憲兵隊の突入規模、そして包囲網の予定配置図を速記で書き殴った。
便箋を小さく折り畳み、蝋で封じる。
そして、部屋の隅の暗がりへと視線を向けた。
「……いるか」
壁の影から、音もなく姿を現したのは、小柄な平民の身なりをした少年だった。
ヴァレンヌ公爵令嬢クラリスの手引きで、ギルバートが手配した下町の俊足の密使。
「これを、ヴァレンヌ邸のクラリス様に届けろ。……三十分以内に、煙突街の地下工房へ転送させろ。『予定通り、ネズミ捕りは二時に仕掛けられる』と伝えろ」
「へい、隊長さん」
少年はメモを素早く靴底の隠しポケットに滑り込ませると、夜風のように軽やかに窓から抜け出し、闇の中へと消え去っていった。
ユーグは軍服の襟元を正し、儀礼刀の柄を強く握りしめた。
騎士としての死線。
自らの信じる真実のために、彼は国家の犬であることを、完全に決別したのだ。
◇
深夜一時四十五分。
第四区煙突街の境界線。
降りしきる冷たい夜雨が、石炭の煤煙を溶かしてアスファルトのような黒い泥水へと変え、狭い路地を川のように流れていた。
街灯の灯火はことごとく落とされ、頭上を覆う重油の雲が、月の光すら遮断している。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……。
泥水を踏み締める重厚な足音が、密集する長屋の壁に低く反響していた。
警備隊第3小隊の兵士三十名。雨除けの黒い油布コートを羽織り、装填されたライフル銃を低く構えて進軍している。
その先頭に立つのは、抜刀した指揮刀の切っ先を地面に向けたユーグ・アルマンだった。
そして――その後方三十メートル。
黒い法衣の上に胸甲を纏った典礼憲兵隊四十名が、大型盾と銃剣を擦り合わせながら、息を潜めて追従してくる。査察官の男が、馬の背の上から鋭い監視の目を光らせていた。
「小隊長殿」
ユーグのすぐ背後を進む、腹心の軍曹が小声で耳打ちした。
「この先は、煙突街の東第十二区画……廃工房のある第六区画とは、方角が真逆であります。大通りを直進すべきでは?」
軍曹の疑問は当然だった。
目的の廃工房へ至る最短ルートは、幅四間の舗装された幹線道路を西へ抜ける道だった。
だが、ユーグが部隊を誘導したのは、建物の軒先が触れ合うほどに狭く、複雑怪奇に入り組んだ「迷宮」と呼ばれるスラムの路地裏だった。
「黙って従え」
ユーグの声は、雨音に掻き消されそうなほど低く、しかし絶対的な軍律の重みを持っていた。
「大通りには敵の見張りが潜んでいる。背教分子に気取られぬよう、死角となる裏路地を迂回し、工房の真裏から奇襲をかけるのが兵法の定石だ。……文句があるなら貴様が指揮を執るか?」
「め、滅相もございません!」
軍曹が気圧されて口を噤む。
ユーグの足取りには、一片の迷いもなかった。
彼はわざと、煙突街で最も足場の悪い、最も曲がり角の多い路地へと部隊を深く引きずり込んでいた。
左へ曲がり、崩れかけたレンガ塀の隙間を抜け、右へ折れる。
道幅は次第に狭まり、大人二人が肩を並べて通るのがやっとの隘路へと変わっていく。
頭上には、住民たちが干したままの濡れた洗濯物が幾重にも垂れ下がり、兵士たちの視界を容赦なく塞ぐ。
「おい! 警備隊長!」
後方から、泥水に馬の脚を取られた査察官が、苛立ちに満ちた怒声を飛ばしてきた。
「何をしている! なぜこのような不潔な泥濘を進むのだ! 進軍速度が落ちているぞ!」
「静粛に!」
ユーグは身を翻し、冷徹な眼光で査察官を一喝した。
「ここは煙突街の最深部、泥棒や密輸人の縄張りです。大声を出せば、鐘を鳴らされてアジトに逃げ込まれますぞ。……安全を確保しつつ前進しております、口を挟まれますな!」
大義名分を盾にした、完璧な反論。
査察官は忌々しそうに舌打ちし、馬の手綱を引き絞るしかなかった。
だが――ユーグの仕掛けた「罠」は、それだけでは終わらなかった。
部隊が、三方を高いレンガ壁に囲まれた、袋小路のようなクランク状の路地に差し掛かった、その瞬間。
ガラガラガラッッ!! ドスンッ!
闇を切り裂くような轟音とともに、先頭を行くユーグの頭上――長屋の二階の物干し台から、巨大な石炭運搬用の大八車と、何十本もの古い角材が、土砂降りのように路地の中央へと崩落してきたのだ。
「うわっ!?」「敵襲かッ!?」
警備兵たちが悲鳴を上げ、泥水の中へと飛び退く。
狭い路地は、一瞬にして瓦礫と木材のバリケードによって完全に塞がれた。
「何事だ!?」
後方の査察官が叫ぶ。
「……足場が崩落したようだ!」
ユーグはいち早く指揮刀を構え、部隊に向かって叫んだ。
「長屋の老朽化による事故か、あるいは待ち伏せだ! 総員、迎撃隊形! 周囲の屋根を警戒せよ!」
意図的な大混乱。
角材を落としたのは、事前にユーグからのリークを受け取っていたマルゴの手下――煙突街のゴロツキたちだった。
だが、ユーグはそれを「敵の奇襲」と見做し、部隊に厳戒態勢を敷かせることで、進軍を完全に停止させたのだ。
「瓦礫を撤去せよ! 早く道を開けろ!」
査察官が馬上で狂ったように喚き散らす。
「急がねば、奴らに逃げられるぞ!」
「焦っては部隊が各個撃破されます!」
ユーグは平然と言い放ち、兵士たちにゆっくりと角材を一本ずつ運ばせた。
「慎重に安全を確保しながら排除する! 命を粗末にするな!」
時計の針が、非情に刻まれていく。
二時十分。
二時二十分。
二時三十分――。
本来ならば五分で到達できるはずだった距離を、ユーグの巧みな「サボタージュ」と「誤導」によって、部隊は三十分以上も泥濘の中で足止めを食らっていた。
兵士たちの体力は冷たい雨によって奪われ、マスケット銃の火縄や火薬は湿気に晒され、部隊の士気は底まで落ち込んでいた。
そして――。
ようやくバリケードが取り払われた時、作戦開始から四十分が経過していた。
「前進! 前進せよォッ!!」
査察官が泥まみれの馬に鞭を入れ、先頭へと躍り出た。
路地を抜けた先。
暗闇の中に佇む、目標の廃工房の頑丈な鉄扉が、ようやく彼らの眼前に姿を現した。
◇
ドカァァンッッ!!
典礼憲兵の破城槌が、廃工房の正面扉を力任せに打ち破った。
蝶番が弾け飛び、鉄扉が泥水の中へと倒れ込む。
「突入! 抵抗する者は射殺せよッ!!」
査察官の号令とともに、数十名の憲兵と警備兵が、銃剣を構えて雪崩を打って地下室へと突入していった。
松明の赤い炎が、地下の階段を照らし出す。
鉄靴の地鳴り、抜刀の音、怒号。
だが――。
「…………なっ!?」
地下室の中央へと雪崩れ込んだ憲兵たちの動きが、一斉に止まった。
静寂だった。
銃撃の音もなければ、悲鳴も怒号もない。
松明の光が照らし出した地下廃工房の光景に、突入した兵士たち全員が、呆然と息を呑んで立ち尽くしていた。
もぬけの殻。
部屋の中央に据え付けられていたはずの、あの巨大な蓄音機も、魔導レコードのプレス機械も、音響石の原盤も、何一つ残されていなかった。
工作道具も、楽譜も、衣装の端切れすらもない。
あるのは、長年放置されていたかのように埃を被った、壊れた古い旋盤の残骸と、空っぽの木箱だけ。
「ば……馬鹿な……!」
査察官が階段を駆け下りてきて、狂乱の形相で地下室を見回した。
「どこだ!? あの女はどこへ行った!? 機械はどうしたのだ!?」
兵士たちが壁を叩き、床板を剥がすが、秘密の抜け穴すら跡形もなくセメントで埋め戻されていた。
煙突街の地下道を知り尽くしたマルゴと、下町の仲間たちの手によって、ユーグが稼いだ四十分の猶予のあいだに、すべての機材と人員は、遥か彼方の安全なセーフハウスへと完全に撤収を完了していたのだ。
その部屋の隅。
冷え切った暖炉の前に歩み寄ったユーグの視線が、灰の中に残された「あるもの」を捉えた。
暖炉の冷たい灰の上に、一枚の紙片が、燃え残った真鍮の留め針で止められていた。
それは、ジュディットがデザインした、あの魔導レコードの紙ジャケットの切れ端だった。
鮮烈な真紅の唇。
そして、その口元を縛っていたはずの白銀の鎖が、無残に引きちぎられている絵柄。
その紙片の裏側に、炭で殴り書きされた、短く挑発的なメッセージ。
『――遅かったわね、教会の犬たち。次は、大聖堂でお会いしましょう。 レア・ヴァーミリオン』
「…………」
ユーグの口元に、誰にも気づかれないわずかな角度で、誇らしげな笑みが浮かんだ。
勝った。
自らの軍歴と命を賭けた背信の賭けは、完璧な勝利を収めたのだ。
だが――直後。
「……アルマン小隊長ッッ!!」
地獄の底から響くような、激怒の咆哮が地下室に轟いた。
振り返ると、そこには泥にまみれ、額に青筋を激しく浮き上がらせた査察官が、血走った目でユーグへと詰め寄ってくるところだった。
「貴様……貴様ッ!! 貴様のあの無能極まりない誘導のせいで、奴らは逃げ失せたのだぞ! なぜあのような隘路を選んだ! なぜ瓦礫の撤去に三十分もかけたのだッ!!」
査察官の指先が、ユーグの胸元を突き刺すように震えている。
露骨な手落ち。
どれほど軍規を盾に言い逃れをしようと、現場にいた者であれば、誰の目にも明らかな「不自然な遅滞工作」。
だが、ユーグ・アルマンは、一歩も引かなかった。
彼は冷徹なヘーゼル色の瞳で査察官を見下ろし、直立不動のまま、氷のように滑らかな声で言い放った。
「部下の命を守るため、安全な迂回路を選択し、落石の危険を排除したのは指揮官としての正当な判断です。……煙突街の地理に不案内な貴殿にとやかく言われる筋合いはありませんな」
「貴様ッ……! 言い逃れを……!」
「不服がおありなら、警備隊総司令部へ正式に告発されよ」
ユーグは指揮刀を鞘へと収め、ガチャンと冷たい金属音を響かせた。
「我がアルマン家は、いかなる査問委員会にも堂々と出頭いたします。……総員、撤収! この場に捜索すべきものは何もない!」
ユーグは査察官に背を向け、大股で階段を上がっていった。
その堂々たる態度に、査察官は言葉を失い、ただ屈辱と憎悪に震えながらその背中を睨みつけることしかできなかった。
◇
数時間後。夜明け前の中央大聖堂、最上階。
聖歌庁筆頭審問官執務室。
ガシャァァァンッッ!!
最高級のボヘミアン・クリスタルのデキャンタが、大理石の暖炉に叩きつけられ、深紅の葡萄酒とともに粉々に砕け散った。
「……無能どもがァッ!!」
マクシミリアン・ド・ランカスター伯爵の絶叫が、冷え切った執務室を激震させた。
純白の典礼服の胸元を乱し、白皙の顔を憤怒で醜く歪めた伯爵の足元には、先ほど査察官が持ち帰ったばかりの作戦失敗の報告書が散らばっていた。
そして――あの暖炉の灰の中に残されていた、真紅の唇の紙片。
「正規の憲兵隊を四十名も動かしながら、ドブネズミ一匹捕まえられぬとは何事だ! 警備隊の小隊長ごときに手玉に取られ、もぬけの殻の穴倉を掘り返して帰ってきただと!?」
机の前に平伏する査察官が、震えながら声を絞り出した。
「も、申し訳ございません、閣下……! ですが、あのアルマン小隊長の動きは明らかに不自然でした! 奴は……奴は間違いなく、あの背教者どもと内通しております!」
「言われずとも分かっておるわッ!」
マクシミリアンは机を力任せに叩いた。
屈辱だった。
ルージュ座の鉄鎖は、ギルバートの手によって「公爵家の治外法権」という法の盾で骨抜きにされ。
街中には魔導レコードが何千枚とばら撒かれて民衆を狂乱させ。
そして今夜は、自らの膝元である警備部隊のエリート騎士までもが、あの下賤な小娘のために公然と背信を働いたのだ。
帝国の秩序が、法が、軍が、音を立てて内側から腐り落ち、あの泥水に咲いた毒花の手の平の上で転がされている。
「……もはや、通常の官憲など信用せん」
マクシミリアンは激しく上下していた肩を静め、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳の奥から、怒りの炎が消え去り――代わりに、絶対零度の狂気と殺意が宿っていた。
「警備隊も、通常の憲兵もすべて外せ。……アルマン小隊長は即刻職務停止とし、軍事法廷へ送れ」
マクシミリアンは紫檀の机の奥、隠し金庫の鍵を開けた。
中から引き出されたのは、教皇庁の極秘印章が押された、漆黒の特命書。
「動かせ。……聖歌庁直属、第零特務班『沈黙の鉄槌』を」
「……っ!? 特務班を、でございますか……!?」
平伏していた査察官が、恐怖に顔色を白く濁らせた。
沈黙の鉄槌。
法も、裁判も、貴族特権すらも介さず、神の敵と見なされた者を闇から闇へと暗殺・処分するためだけに存在する、教会の影の処刑部隊。
「あの小娘の首を、生かして捕らえる必要はない」
マクシミリアンは窓の外――夜明けの薄明かりに沈む帝都を見下ろし、呪詛のように呟いた。
「喉を切り裂け。……二度と音を立てられぬよう、その首を刎ねて、大聖堂の門前に晒してやる」
体制側の最後の仮面が剥ぎ取られた。
法を捨て、秩序を捨て、狂気の牙を剥き出しにしたマクシミリアン。
だが、その破滅的な包囲網のただ中で――帝都の世論と民衆の怒りは、いまや教会そのものを呑み干す巨大な津波となって、臨界点を迎えようとしていた。




