第35話 第六章・3 鑑定士、姫騎士様をさらに特訓する
今度のオルタの相手は巨大グモ!
因縁の宿敵を前に、オルタが見せる秘策とは?
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いよいよ始まった、オルタとクモの戦いだが――。
あいにくオルタは、防戦一方だった。
ゾンビと違って剣を持たないクモは、しかし鋏角と呼ばれるその牙に、毒を帯びている。鋏角はリーチこそ短いが、そこを補うのが、強靭な脚力によるスピードと粘着性の糸だ。これらで相手を追い詰め、的確に毒を撃ち込むのが、クモの戦い方ってわけだ。
さらに、口の両脇に生えた一対の小さな脚――触肢もまた、鋏角の短いリーチを補うためのサブウェポンとなる。
こんな、ゾンビとはまったく違う戦法を取る相手を前に、オルタが苦戦するのは当然と言えるだろう。しかし――。
……あいにく、俺のアドバイスは変わらない。
「戦いの基本は、何が相手であれ同じだ。動きを読み、隙を突いて反撃する。以上だ」
「はいっ! ……って言われましてもっ!」
正面から迫る二本の触肢を剣で弾き返しながら、オルタが叫んだ。
彼女は今、柱に背中を押しつけ、すっかり追い詰められた形でいる。すぐ目の前にはクモの巨大な顔――。もっとも剣によるカウンターが幸いして、クモもまた攻めあぐね、鋏角を届かせるには至っていない。
とは言え、ここからオルタがどう反撃に繋げるかは、まだ見えていない状況だ。
距離を取ろうにも、スピードはクモの方が上。力で押し返そうにも、これまた巨体を持つクモに分がある。さて――そうだな、ここで一つ助言と行くか。
「ゾンビ戦を思い出せ。相手の攻撃を剣で流したら、次の動きは?」
「さらにガード、もしくは避けて……あ、回り込む?」
オルタが気づいた刹那、触肢が振るわれた。オルタはとっさに剣で弾くと、素早く前転の要領で転がり、クモの脚下を潜り抜けて、その側面へと回り込む。
立ち上がる。そこへクモが振り向こうとする。
しかし――すでにオルタは理解していたようだ。クモの攻撃範囲が、正面のみであるということを。
そう、振り向かれたら状況は元どおり。だからそれよりも速く、こちらから仕掛けるのが最適解――。
「でえぃっ!」
掛け声も勇ましく、彼女は剣を、クモの脚に叩きつけた。ちょうど右側の第一脚に鋼の刃が食い込み、メキリ、と音を立てて外骨格を砕き断つ。
クモが声にならない悲鳴を上げた。怯み、暴れる。その隙を突いてオルタがさらに剣を振るい、続く第二脚をも、きれいに叩き折る。
敵の「スピード」という攻撃手段を封じる――。そう、これもまたゾンビ戦と同じだ。
しかしクモとて、黙って脚を折られるばかりではない。残る脚を駆使して体をグイッと折り曲げると、無理やりオルタの方に顔を向ける。そしてその触肢を伸ばし――。
「きゃぁっ!」
悲鳴を上げながら、オルタが後ろに転倒した。今の触肢をとっさに躱したのは上出来だが、回避が間に合ったとも言い難い。今のミスは、熱く攻めすぎていたのが原因だな。
「隙を晒すな。常に冷静に」
「は、はいっ!」
幸い脚の折れたクモは、すぐに追撃を繰り出すことができずにいる。オルタは急いで体勢を立て直し、後退して距離を取る。
しかし――まだ油断はできない。なぜならクモには、もう一つの武器があるからだ。
オルタがそれに気づいたのは、クモがその巨大な腹部を持ち上げ、先端を彼女に向けた瞬間だった。
……そう、オルタがクモの同族と初めて戦った時、ものの五秒で彼女を行動不能に追い込んだ、あの技――。糸だ。
刹那、腹部の先端から大量の糸の塊が、オルタに向かって撃ち出された。
「――っ!」
オルタが避ける。直撃を免れたのは、彼女がそれなりに成長している証だ。
ただし重要なのはここから。もし俺がオルタなら、この状況を好機と捉えるところだが――彼女は気づいてくれるだろうか。
当のオルタは、クモの糸を避けるのに必死になっている。次々と繰り出される糸の塊から逃げ回り、狙いを外した糸が彼女の後ろに飛んで、辺りの床を白く染め上げていく。
この糸は当然粘着性。オルタが誤って引っかかれば、そこで勝負は完全についてしまうだろう。
「ど、どうしましょう!」
さすがにそれが分かっているのだろう。オルタの焦る声が響く。
……だが俺は、その焦りを軽く笑い飛ばした。
そして告げた。ゾンビ戦の時と同じアドバイスを。
しかし意味さえ理解できれば「決め手」となる、とても重要な一言を。
「――持てる力は何でも使え。以上だ」
「持てる力……?」
額に汗を滲ませ、オルタが俺の言葉を繰り返す。同時にクモの腹部が大きく膨らみ、特大の糸玉が射出されようとする。
――こいつは明確な「隙」だ。クモは今、オルタが離れた位置にいることを前提に、狙いを定めた。しかしその前提を崩すことができれば、クモは直後のオルタからの反撃に、一切抵抗できない。
そして、すでにそのためのお膳立ては整っている。あとは、オルタが気づくかどうかのみ。
もし気づかなければ、残念だが、このクモは俺が倒すことになるだろう。だが――。
「――っ! そういうことですか!」
……ほお、気づいたか。
俺はニヤリと笑った。刹那、クモの腹部から大量の糸が、奔流の如く噴き出した。
まず手前の床を撃ち、そこから射角を一気に上げ、地に白い直線を描きながらオルタの方へ――。そしてその直線の先端が、今まさにオルタの足に着弾しようとした時。
「今だオルタ!」
「はいっ!」
俺の掛け声に合わせて、オルタが跳んだ。
一気に、前へ。
糸の軌跡が床に描いた、真っ白な直線に向かって。
ひとたび獲物を捕らえれば二度と離さない、強力な粘着質の塊の、その真上へ。
……しかし、今のオルタがその糸の上に足をつけることは、決してない。
なぜなら――彼女には、あるパッシブスキルが備わっているからだ。
そう、仕掛けられたあらゆる「罠」を回避する、とても便利なやつがな。
「――罠回避!」
叫び、オルタは宙を舞った。
今彼女が回避の対象としているのは、この床中に広がったクモの糸、そのすべてだ。
そして今、オルタとクモの間には、巨大な糸の直線が引かれている。
反発する磁石のようにオルタを舞い上げ、瞬時の接近を許す――クモにとっては最悪の誘導路が。
オルタが宙で剣を構える。向かうは誘導路の終着点。即ち、クモの真正面。
「――勝負あったな」
俺が低く呟くのと、オルタの剣がクモの顔面を捉えるのと、同時だった。
剣が力強く撃ち込まれる。姫騎士の一撃がクモの顔を割り、鋏角を砕き、頭胸部を丸ごときれいに叩き潰す。
断末魔は響かなかった。
渾身の一撃を食らったクモは、瞬く間に床に崩れ落ちて息絶え、ただ未練がましく脚をヒクヒクと痙攣させるのみだった。
戦いを終えた直後、オルタは呆然としていた。
自分の成し遂げたことが分からずポカンとし、それから痙攣するクモを眺め、しばし考え――。
「……や、やりました?」
「ああ。見てのとおりだ」
俺が頷く。その声を聞いて、ようやくオルタの表情に、じわじわと歓喜の色が広がる。
「やりました……。やりましたっ!」
そして彼女の興奮が一気に爆発する様を、俺は微笑ましく眺めた。
強くなる――。そう宣言したとおり、オルタは自分の成長を、ここに示したのだ。こいつは喜ぶべきだし、誇るべきだ。
「やったなオルタ。今の戦いを忘れるなよ?」
「はいっ!」
元気よく叫び、オルタが俺に駆け寄る。そして、感極まって両腕を広げ、俺の胸に飛び込もうとする。
……やれやれ、こいつは暖かく受け入れておくべき、なのか?
苦笑しながら、俺はオルタの喜びの突進を、されるがままに食らってみた。
「やりました! 私やりましたよ、リューク!」
「ああ、頑張ったな」
俺に抱きついて、懸命に胸に頬を擦りつけてくるオルタに、ひとまず労いの言葉を送る。
ただ――あまり呑気に喜び合っていられるわけじゃない。そろそろ、「本来の任務」に戻らないとな。
「よし、剣の稽古はここまでだ」
俺はそう言ってオルタの身を離した。オルタが少し残念そうに、「はい」と頷く。
……その時だ。
ふと周囲に、夥しい数の咆哮が轟き始めたのは。
遺跡が騒めく。周辺に潜むワンダーどもがいっせいに動き出したのを、肌で感じる。
「始まったか。……行くぞ、オルタ」
俺は低く呟き、オルタを促した。
どうやら――エルマンの作戦が、始まったようだ。
突如大移動を始めたロストワンダーの大群。
やつらとともに墓地へ辿り着いたリュークとオルタが見たものとは――?
お読みいただきありがとうございました。
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