第34話 第六章・2 鑑定士、姫騎士様を特訓する
ゾンビ剣士を相手にオルタの特訓が始まった。
リュークの指示に従ってゾンビを攻撃するオルタだが、相手はノーダメージで――?
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オルタをゾンビと向き合わせたまま、俺は落ち着いた足取りで、離れた位置へと移動した。
これでオルタとゾンビの一対一。さあ、思う存分戦ってもらおう。
「いいか? 剣に限らず戦いの基本は、まず相手の行動を読むこと。そして、読んだ上で相手の隙を突くことだ。剣ばかりに頼るな。相手の隙を突くためなら、持てる力は何でも使え」
「――はい!」
オルタの返事が元気よく響く。……と、今の声に反応したゾンビ剣士が、自分も負けじと大声で、オルタに向かって「うがぁ!」と吠え叫んだ。
「ひゃぁっ!」
「ビビるなオルタ。そいつが吠えたところで、あんたにダメージはない。意味のない威嚇に惑わされるな」
「は、はいっ!」
俺に叱咤され、すぐさまオルタが身を立て直す。そこへゾンビが剣を振り上げ、猛然と――とは行かず、ゾンビらしくヨタヨタと、距離を詰めてきた。
もっとも、ここは助言する必要はないはずだ。剣士という職業に就いた時点で、オルタには基礎的な剣技がすべて備わっている。駆け出しの頃は怪しかったが、経験を積んだ今なら、この攻撃を捌くぐらいは容易いはずだ。
「うがぁっ!」
ゾンビが吠え、剣を振り下ろす。単純な動きだ。オルタもすぐさま己の剣を横にし、敵の剣と十時を描くようにして、その攻撃を受け止めた。
「くっ……結構力強っ……!」
「押されそうなら横に払え。ただし隙は見せるな。相手の剣を流しつつ、自分は反対側に移る。もしくは払った剣ですぐにガードの体勢を取る」
「はいっ!」
叫び、俺の指示どおりに動くオルタ。ゾンビの剣を打ち払い、自身は素早く後退する。まあ、やや危なっかしい動きだが、幸い相手は素早さのないゾンビだ。流された剣を即座にオルタに向け直すほどの技能はなく、体ごと剣に引きずられ、ヨタヨタとよろめく。
「今だ! 斬れ!」
「てやぁぁっ!」
俺の合図に合わせて、オルタが剣を振るった。
真正面から一気に、ゾンビの顔面目がけて、斬撃が撃ち込まれる。
だが――。
「うがぁっ!」
「……え、効いてない? きゃぁっ!」
顔に亀裂を走らせながら、まったくダメージを受けた気配もなく――。ゾンビは一吠えし、容易く体勢を立て直した。
慌てて再び後退するオルタ。そこへゾンビがよたよたと迫る。オルタが逃げる。ゾンビが迫る。オルタがさらに逃げて、ゾンビがさらに迫って――。
「オルタ、逃げてばかりじゃ稽古にならないぞ?」
「そ、そうは言っても、どうすればっ?」
「言ったはずだ。相手の隙を突けってな。そうだな、全部で十回、そいつをぶった斬ってみろ。あと九回だ」
「わ、分かりました!」
ようやくオルタが攻勢に転じた。まずはさっきと同じように、相手の攻撃を剣で受け止め、横に払って流す。ゾンビが体勢を立て直し再攻撃を仕掛ける。そいつをさらにオルタが避け、一気に背後に回り込んで、背中に一撃――。
「てぇいっ! って、まだ効いてないです!」
相変わらずダメージを与えられない相手に、オルタが焦りの声を上げる。しかし俺は、そんな彼女の動きに、密かに好感を抱く。
そう、オルタは違う動きで攻めることを試みた。どうすれば敵を倒せるか。試して無理なら、別の手段を試す――。そうやって頭を使いながら戦っているのは、きちんと心に余裕をもって立ち回れている証拠だ。
俺は腕組みし、黙ってオルタを見守る。
三撃目をゾンビの胴に、四撃目を腕に叩き込み、次第に彼女の息が上がってくる。一方ゾンビに息切れはない。ゆっくりとした動きながら、的確に狙いをオルタに定め、反撃を試みようとする。
「オルタ、ゾンビに反撃させるな。やつの攻撃手段を封じろ」
「攻撃手段……? あ、剣!」
オルタがハッとする。そして次の瞬間、彼女の渾身の一撃が、ゾンビの剣に叩きつけられた。
静かな水場に、くすんだ金属音が響いた。同時に、錆びついていたゾンビの剣が、中ほどからポキリと折れた。
……さすがに叩き落すまではいかなかったか。しかし、これで相手のリーチは短くなった。
「撃ち込め、オルタ。あと六回!」
「はいっ!」
そして――オルタの剣が、連撃を放った。
五撃目、六撃目を立て続けに繰り出し、そこから七撃目を入れる。ゾンビがよろめく。しかし連撃ゆえの急激な疲労がオルタの腕を襲うと同時に、ゾンビの体勢がじわじわと戻り始める。
「オルタ、下がれ! 自分から隙を晒すな!」
「はいっ!」
息を荒げつつ、オルタが言われたとおりに下がる。直後、ゾンビが折れた剣を払い、オルタが今まで立っていた位置を、ゆるりと薙いだ。
たとえ今の一撃を食らっていたとしても、大してダメージはなかっただろう。しかしそれは、相手が所詮ゾンビだからに過ぎない。
「今のがもう少しマシなワンダーの一撃なら、命はなかったぞ。攻める時は熱くなるな。常に冷静になれ」
「はぁ、はぁ……はいっ!」
「そしてもう一つ。さっきも言ったはずだ。剣ばかりに頼るな。持てる力は何でも使え」
「何でも――?」
オルタが眉をひそめる。そして一瞬の後、目を見開く。
――いい流れだ。
俺はオルタの感情を読みながら、それを感じる。
「でぇぇぇいっ!」
オルタが叫び、ゾンビに向かって突撃した。
まずは敵の剣を、自分の剣で受け止める。次いで彼女が仕掛けたのは――足払いだ。
ゾンビの足首を勢いよく蹴り、バランスを崩させる。これが決まり、ゾンビは面白いほどあっさりと地に倒れた。
そこへもちろん、オルタの斬撃が炸裂する。八、九、そして――。
「十っ!」
敵の胴に勢いよく剣を突き立て、オルタが満足げに叫ぶ。
ふむ、ここまでは合格でいいだろう。……あくまで、ここまでは、な。
「よしオルタ、そいつから離れろ」
「はいっ。リューク、この人まだピンピンしているようですが……?」
「そうだろう。そいつは一切ダメージを受けていないからな。何しろ、アンデッドだ」
この手の死体系モンスターは、普通の物理攻撃で倒すことはできない。割と常識だと思うが……やはりオルタは気づいていなかったようだな。
「そ、そういうことは早く言ってください……」
「悪いな。何しろ、まだこいつを倒してもらっちゃ困るんでな」
俺は笑ってそう言うと、今一度オルタを下がらせた上で、ゾンビをまっすぐに見据えた。
やつはノーダメージで立ち上がりつつある。ここまで、練習台としてベストを尽くしてくれたと言っていいだろう。
さて、ここからは――いよいよ本番だ。
俺の目は、すでにゾンビを捉えている。当然やることは一つだ。
「開!」
同時に――ゾンビの身に異変が起きた。
「ぐあぁぁっ?」
苦悶の咆哮とともに、やつのフォルムが大きく変わる。まず頭部が丸みを帯び、続いて胴が肥大化して巨大な腹部となる。鎧は肉体と融合し、強固な外骨格へと転じる。さらに手足が枝分かれして伸び、目は八つに分裂し、口は巨大な鋏角で覆われ――。
「こ、これは……クモ?」
オルタが青ざめた顔で呟いた。確かに、そこにいるのは、もはやゾンビではない。オルタにとっては、むしろゾンビよりも厄介な代物だ。
「外見はゾンビ。本質はクモ――。そのアニムの顕在化度を、100パーセントに引き上げさせてもらった。そう、見てのとおりの巨大グモだ」
そしてこいつは、オルタがこれまでに二度敗れてきた、因縁の相手でもある。つまり「乗り越える壁」には打ってつけってわけだ。
俺はニヤリと笑い、オルタに新たな課題を突きつけた。
「さあ、応用編と行こうか。やることは単純だ。――このクモを倒せ。以上」
もっとも、心配はいらない。やつがアンデッドじゃない以上、今度こそきちんと倒せるはずだ。
もちろん、相応の立ち回りができれば、だけどな。
オルタの前に立ちはだかった宿敵・巨大グモ!
今度こそオルタはクモを仕留めるか。それとも再び五秒で糸玉となるか。勝負の行方は如何に!
お読みいただきありがとうございました。
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