第33話 第六章・1 鑑定士、姫騎士様の水浴びを無視する
レイラと別れ、リューク達はさらにエルマンを追う。
そんな中、水場を見つけた二人は……?
第六章スタート!
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レイラが目を覚ましたのは、それからすぐのことだった。
「あれ、ここは……って、何でお姫様と鑑定士さんがいるの?」
しかも自分は一人で毛布にくるまって――と、分からないことずくめで、さぞ混乱したに違いない。レイラは寝惚けた頭を何度か振って、無理やりすっきりさせると、今一度俺達に訊ねた。
「……で、何で二人とも高ぶってるわけ?」
「いや、べつに高ぶってはいないが?」
「そう? なんか顔赤いし、つい今まで二人揃って興奮状態でした~みたいな感じなんだけど。ね、お姫様?」
「わ、わ、私は、べつにそんなに興奮してないですっ!」
おそらく俺の秘密を守るため、オルタが懸命に否定する。いや、確かにそこまで頑なに否定すれば、俺の秘密は守れるだろうが――むしろ違う方向に誤解されるパターンだな、これは。
「え~、二人ってもしかして、そういうアレ……?」
「そうだな。そういうアレってことにしておいてくれていい。それよりレイラ、実は今、大変なことになっていてな――」
レイラの邪推は面倒なのでそのまま受け入れ、俺はようやく本題に入った。
そう、邪神のアクセサリーを巡る一連の騒動についてだ。調査隊のメンバー五人が邪神に心を支配され、そのうち三人までが元に戻った。レイラはその三人目だ。
残るメンバーは――《狂月の狼》グロウと、《仮面の聖女》ハル。一方その二人を「退治」という名目で抹殺するため、《魔眼の騎士王》エルマンが動いている。なかなかに面倒な状況だ。
……俺がこの話を聞かせると、レイラは真っ青になって、すぐに協力を申し出てきた。もっとも、俺の方も余計な同行者は増やしたくないわけで――。
「そいつは助かる……と言いたいところだが、レイラ、あんたはキクノ達と合流して、他の冒険者を守っていてほしい。心配するな。こっちには、最強の姫騎士ことオルタ様がいるからな」
横目でオルタの赤面具合を確かめつつ、俺はレイラにそう提案した。
レイラは一瞬躊躇する様子を見せたが、幸い食い下がるほどではなかった。オルタを信頼しているから――というのもあるが、「早く仲間達に無事を報せたい」という想いも強かったはずだ。
「分かった。言われたとおりにする。……でも、せめて役には立たせて?」
そう言って彼女は、自分のアイテムポーチから木製のボードを取り出し、表面を素早く指でなぞってから、オルタに手渡した。
お馴染みのマッピングボードだ。そう言えば俺達の分は、ロミィに渡してそのままになっていたな。
「これ……この辺の地図が全部載ってますね!」
オルタがボードを覗き込み、嬉しそうに叫ぶ。確かにそこには、大雑把ながら、周辺の通路と部屋の形がきちんと描かれている。もちろん、邪神に改造された後のものが。
「なるほど、《オートマップ》のスキルか」
俺は納得して頷いた。こいつは探索用のスキルで、周辺の地形を自動的に把握することができる。それをマッピングボードと併用することで、瞬時に辺りの地図を描き出したってわけだ。
「助かります! きっとグロウとハルを無事送り届けますからね!」
「よろしくね、お姫様。あと――鑑定士さんも」
そう言って立ち去ろうとするレイラ。その背中に、俺はふと声をかけた。
「なあ、一つ訊きたい。……ハルの能力についてだ」
あの白魔術師の娘だけが、いまだにどんな力を持っているのか分からないままだ。
俺の声に、レイラが振り返る。困った顔がそこにある。こいつは――知らないようだな。
「ごめん。あたしがあの子と組んだのは、この調査隊が初めてでさ。あの子がレリックの力を使ったとこ、まだ見たことないんだよね」
「ハルはあんた達の推薦で調査隊に入った――ってことだったが?」
「正確には、推薦したのはグロウ一人ね。まあ、ゴリ押しとも言うけど……。なんか、以前組んでたことがあったみたい。『こいつと俺が組めば無敵だ!』って、得意げに言ってたから。……ああ、あと噂でチラッと聞いたんだけど――」
そう言ってレイラは声を落とし、こう付け加えた。
「ハルってさ、たまにマスターから依頼を受けて、不良冒険者の取り締まりみたいなことをやってたみたい」
「……ほぉ?」
そいつは面白い話だ。マスターからの依頼で取り締まりってことは、何かレリック絡みで問題が起きた場合だろうな。
通常、マスターは冒険者の違法行為を取り締まらない。国際組織である以上、各国の司法には介入しないというルールを設けているからだ。にもかかわらず、敢えてマスターが動いた――となれば、おそらく目的は「レリックの保護」だろう。
要するに、レリックの窃盗団とか、レリックを使ったテロリストとかがいて、そういう連中を「レリックの保護」の名のもとにぶっ倒すのはOKってわけだ。……で、そんな依頼を、あのハルが引き受けていた、と。
「なるほど――。いや、こいつはなかなか貴重な情報だ。ありがとうな」
俺はレイラに礼を言って手を振った。レイラは少し怪訝な顔をしながらも、俺とキクノに笑顔で別れを告げ、廃都で待つ仲間達のもとへ向けて、急いで去っていった。
「リューク、今の話で何か分かったのですか?」
ふと、オルタが不思議そうに訊ねてきた。俺はニヤリと笑い、答えた。
「ハルの真価は、対人戦で発揮される――。そういうことだな」
「なるほど。って、さっぱり分かりません!」
そんなオルタの叫びを聞きながら――俺は密かにほくそ笑む。
……どうやら見えてきたようだ。ハルがどんな力を持っているのか、が。
俺はオルタを促し、先へと進むことにした。
レイラの残してくれた地図を見る限り、エルマンの居所の候補は二つあった。
一つは、近くの水場だ。遺跡内を走る水路の集合地点のようで、ちょっとした湖ほどの広さがある。休憩場所にはもってこいだろう。
ちなみに水路と言っても、この遺跡に上水や下水の設備があるわけじゃない。旧冒険者時代のダンジョンでは、雨水や地下水を排出したり、水を用いたトラップに利用するために、こうした水路がよく設けられていたという。それを形だけ忠実に再現したのが、この遺跡の水路――ってわけだ。
……そしてもう一つの候補は、墓地を模したロストサークル。こちらは適度に見晴らしがよく、適度に入り組んでいる。敵と戦うには都合のいい場所だ。
俺達は勘を頼りに、まずは水場へ向かった。
そして――この勘は、あっさりと的中した。
「……いたぞ」
遠目にエルマン達の姿を見止めるや、俺達はとっさに身を低くして、近くの柱の陰に潜り込んだ。
向こうは案の定、休憩の真っ最中だったらしい。全員で座り込み、思い思いにくつろいでいる……ってほど気楽そうには見えないな、あいにく。
俺は目を凝らす。例によって「視」が自然と発動し、エルマン達の感情を伝えてくる。
――意気込んでいるのはエルマン一人だけだ。残りのメンバーは、どいつもこいつも不安や恐怖に苛まれている。休憩中にもかかわらずこの状況ってことは……おそらく、「本番」が近いようだな。
「なるほど。休憩が終わり次第、『邪神』に挑むつもりか」
「そう都合よく、ハルやグロウが来るでしょうか」
「おびき寄せることは可能だろうな。何しろ二人とも、冒険者の魂を奪いたくてウズウズしてるんだ」
小声で囁きながら、俺は視線を巡らせる。
ドーリスを見つけた。水路の傍らで、真っ青な顔でしゃがみ込んでいる。
見た限り、相当な重圧を覚えているようだ。……さては、エルマンから何かを命じられたな?
内容は――そう、あいつの二つ名を思えば、予想はつく。
「……オルタ、ドーリスの二つ名を覚えているか?」
「ええと……パンの兄ちゃん、でしたっけ?」
「その答えは、個人的には二重丸だがな」
俺達がそんなやり取りをしていると、不意にエルマンが立ち上がった。どうやら移動を始めるようだ。
おそらく連中は、目立つ道に沿って進むはず。そのまま行けば、やがて例の墓地に行き着く。エルマンはそこを戦いに打ってつけの場所と判断し、作戦に取りかかるだろう。
俺は改めて、地図を確かめた。
……墓地へ向かうルートが、他にもう一つある。目立たない細道だが、そちらの方が着くのは早い。
「近道ができるな。先回りして妨害するか、もしくは――」
「もしくは?」
「連中が行くのを待って、ここでのんびり水浴びでもしてから追いかける……って手もある」
俺はそう言って、ニヤリと笑った。
途端にオルタの顔が赤くなる。……いや、まったく変なつもりで言ったわけじゃないんだけどな。
「……そ、その水浴びを採用します!」
「そうか。じゃあ、ゆっくり浴びてくるといい」
「あ、あのっ、リュークは……?」
「俺は必要ない」
「何なら一緒でも……」
「いや、ここで見張っている」
「分かりました! しっかり(私を)見張ってて下さい!」
オルタが真っ赤になりながら叫んだ。……いや、これも変なつもりで言ったわけじゃないんだけどな。
というわけで――。
エルマン一行がいなくなるのを待って、オルタの水浴びが始まった。
物陰に入って鎧と服を脱ぐ音をさせた後、「ひゃぁ!」とか「冷たいです!」とか、いちいち賑やかに騒ぎ立てている。俺はそんな光景には特に興味がないので、ただ彼女に背を向けて座り、退屈そうに周りの様子を眺めていた。
「リューク、とっても気持ちいいですよ? リュークも入ったらいいのに」
「俺は遺跡の水路より、城の大浴場の方がいいな」
「確かにうちのお風呂も気持ちいいですね。では、今度一緒に――」
「入らないぞ?」
「ちぇっ、です」
……やれやれ、どんな反応なんだか。
俺は苦笑しつつ――ふと視界の端に「それ」を見つけ、ゆっくりと立ち上がった。
ふむ、どうやらちょっとだけ、仕事ができたようだな。
「ふぅ、いいお水でした。……って、リューク、何ですかそれはっ?」
「ようオルタ、上がったか? よし、ちゃんと防具も着けているな?」
ようやく戻ってきたオルタに声をかけられ、俺はごく普通に振り返った。
水浴びを終えて全身をしっとりさせたオルタが、俺を見て目を丸くしている。理由は――そうだな。俺が何の前触れもなく、ゾンビを一体、組み伏せているからかな。
ゾンビと言っても腐っちゃいない。せいぜい干からびて、ミイラみたいになっているだけだ。服装は、簡素な皮鎧と剣――。典型的な戦士の慣れの果てってところか。
いや、もちろん現代の冒険者が変わり果てた姿じゃない。こいつもまたロストワンダー。要は、過去に存在していたモンスターが再現されたものに過ぎないってことだ。
「ちょっとそこを通りかかったみたいでな。あんたの水浴びに気づいて覗こうとしてたんで、せっかくだから捕まえてみた」
「覗こうと、って……。ええと、不届き者を成敗してくださるのはありがたいのですが……ゾンビなど生け捕りにして、どうするのです?」
「決まってるだろ? 時間はまだあるんだ。約束どおり、始めようじゃないか」
そう言って――俺は組み伏せていた腕を解き、ゾンビを自由にしてやった。
ゾンビはのろのろと立ち上がるや、俺達に敵意を向け、その錆びついた剣を、腰からザリザリと抜く。
「ひゃっ、き、来ますよ?」
「そうだな。オルタも剣を抜け。そのために、こいつを捕まえたんだ」
その言葉に――オルタがハッとして俺を見た。
ああ、ようやく思い出してくれたようだな。昨日……いや、もう日付けも変わったろうから、一昨日か。一昨日交わした「あの約束」を。
「剣の稽古、ですね?」
「そうだ。壊れてない方の剣があるな? 構えろ」
「はいっ!」
一転して表情を引き締め、オルタが剣を抜く。
相手はとろいゾンビだ。決して負けることはないはずだが――もちろん俺が稽古をつける以上、そう楽に勝たせるつもりはない。
さて、オルタがどれだけ頑張ってくれるか――。
こいつは、なかなか見ものだな。
強くなるには実践訓練あるのみ!
次回、オルタの前に因縁の宿敵(?)が立ちはだかる!
お読みいただきありがとうございました。
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