第3話「大切な思い出」
「うん、おいしい!」
ねむぱんはそう言って、目の前のサンドイッチを大きな口で頬張った。
あれから——。
四人とのタイピングバトルに勝利したあなたは、ねむぱんに引っ張られるようにしながら、彼女たちの通う学校に連れていかれた。
そこでたくさんの子どもたちに囲まれて、タッチタイピングを教えたのだった。
そして授業が終わった後。
校長の計らいで、あなたは子どもたちと一緒に給食を食べていた。
「先生、すごーい!」
「タイピングはやかったねー!」
子どもたちの羨望の眼差しを受けたあなたは、
(日頃の社畜スキルが、こんなところで役に立つとはね……)
と思いながらも、ちょっと誇らしい気持ちになっていた。
そして——。
こんな世界で暮らすのも悪くないと、少しずつ思い始めていた。
「ところで、覚えてる?」
みっちゃんが話しかけてきた。
「ん?」
「勝負に勝ったら、とってもいいものをあげるってお話」
「ああ……そういえばそうだったね」
けれど、あなたにとってそんな約束はもうどうでもよくなっていた。
なぜなら、四人と過ごした今日という一日は、すでに忘れることのできない大切な思い出になっていたのだから。
「あのね」
ねむぱんが、つんつんとあなたの服を引っ張った。
「女王が、あなたにいいものをあげるんだって」
見ると、小さな女王は少し離れた場所からチラチラとあなたのことを見ている。
今朝のタイピングバトルが終わってからというもの、なぜか女王はあなたと目が合うたびに顔を赤くし、すぐに視線を逸らしてしまう。
負けたことを、まだ気にしているのだろうか。
「女王、何をくれるの?」
けれど、女王は俯いたまま答えなかった。
にむしはこっちを見て、サンドイッチをほおばりながら意味ありげに微笑んで見せた。
……一体なんだろう。
* * *
給食を食べ終えたあとも、あなたは子どもたちや四人と楽しい時間を過ごした。
校舎を出ると、あたりはすっかり夕暮れに染まっていた。
「では、まいりましょう。あなたに、素敵なものを差し上げますわ」
「素敵なものって、何?」
「それは——」
女王は答えかけて、いたずらっぽく笑った。
「着いてからのお楽しみですわ」
そう言うと、女王はあなたの手を取った。
小さくて、柔らかな手だった。
「さあ、行きますわよ!」
「えっ、今から?」
「もちろんですわ!」
女王はあなたの返事も待たず、ぐいぐいと手を引いて歩き始めた。
「私たちは、もうお家に帰るね!」
振り返ると、ねむぱんが大きく手を振っていた。
「女王たちも、気をつけて行ってきてね」
みっちゃんが、暮れ始めた空を見上げて微笑んだ。
その隣で、にむしが意味ありげに目を細めた。
「ふっ……束の間の逢瀬を楽しむがよい」
「お、逢瀬!?」
思わず声が裏返った。
女王はそんなあなたを見上げ、きょとんとしている。
「にむしちゃん、余計なこと言わないの!」
みっちゃんに背中を押されて、にむしは家路へと続く道を歩いていった。
ねむぱんは最後まで手を振りながら、二人のあとに続いていく。
三人の姿が小さくなっていくのを見送ると、あなたは隣の女王へ目を向けた。
「では、行きますわよ」
女王はそう言って、あなたの手を握り直した。
その横顔は、先ほどまでと変わらず明るく見えた。
しかし、夕暮れの光のせいだろうか。
女王の微笑みが少し寂しそうに見えたことを、あなたはなぜか忘れられなかった。




