第2話「タイピングバトル!」
ねむぱんに手を引かれ、あなたは草原の中を走っていた。
少し先を走るねむぱんのしっぽは、ぴょこぴょこと楽しそうに揺れている。
「ねむぱんちゃん、そんなに急いだら危ないよ!」
後ろから、みっちゃんの声が聞こえた。
「大丈夫、大丈夫! ほら、もう見えてきたよ!」
ねむぱんが指さした先には、石造りの舞台があった。
円形に敷き詰められた白い石。
その周囲には、月明かりの中で色とりどりの花が咲き乱れていた。
舞台の中央には、向かい合うように二つの台が置かれている。
「ここで何をするの?」
「もちろん、タイピングバトルだよ!」
ねむぱんはあなたの手を離すと、舞台へ駆け上がった。
そして片方の台の前に立ち、元気よく手招きする。
「早く、早く!」
促されるまま、あなたも反対側の台へ向かった。
台の上には、見慣れた形のキーボードが置かれていた。
「異世界にもキーボードがあるんだ……」
思わず呟くと、隣に立ったみっちゃんが首を傾げた。
「いせかい?」
「いや、なんでもないよ」
あらためて周囲を見回す。
広々とした草原。
遠くに見える、街の明かり。
ここには、会社も、満員電車も、鳴り続ける電話もない。
でも目の前には、なぜかキーボードがある。
……やはり、これは夢なのだろうか。
けれど頬を撫でる風も、草花の匂いも、夢とは思えないほど鮮明だった。
「準備はいい?」
ねむぱんの声に、あなたは意識を目の前へ戻した。
「えーっと、何をすればいいの?」
「ルールは簡単だよ。空中にお題が出てくるから、それと同じ言葉を打つの!」
ねむぱんが頭上を指さした。
その瞬間、何もなかった空間に光が集まり、青く透き通った画面が浮かび上がった。
「制限時間内に、早く正確に打てたほうが勝ちだからね!」
「なるほど」
仕事で毎日のようにパソコンを使っているあなたは、タイピングにはそれなりの自信があった。
「それじゃあ、最初は私が相手だよ!」
ねむぱんが小さな両手をキーボードへ置く。
「いっくよー!」
ねむぱんがキーボードに触れると、最初の言葉が画面に表示された。
『STOCK』
「え? すとっく……?」
「知らないのか? 『株式』のことだ。投資用語の基礎の基礎だろう?」
にむしが、さも当然とばかりに言った。
「ここは『株クラ』の世界ですもの!」
女王も、この光景を当たり前のように眺めている。
「私たちは、こうやって小さい頃から投資用語を勉強するんだよ!」
みっちゃんはにっこりと微笑むと、優しく教えてくれた。
「そ、そうか……よし!」
あなたは反射的に指を動かした。
一問、二問、三問。
使い慣れたキーボードの配列は、手が自然に覚えていた。
しかし、ねむぱんも速い。
「よーし、どんどんいくよ!」
楽しそうな声とともに、向かい側から軽快な打鍵音が聞こえてきた。
この世界の住人たちは、こうやって日頃からタイピングの腕を競っているのだろうか。
少しでも気を抜けば、たちまち置いていかれそうな速さでキーを叩いている。
「くっ……負けられない!」
思えば、仕事以外でこれほど真剣にキーボードを叩いたことがあっただろうか。
出てくるお題に合わせて、必死にキーを打つ。
ただそれだけのことなのに、いつの間にかあなたは夢中になっていた。
やがて終了を告げるメッセージとともに、画面に結果が表示された。
勝者は——あなた。
「わあ、すごい!」
ねむぱんは負けたにもかかわらず、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「あなた、とっても速いね!」
「ねむぱんも速かったよ。危うく負けるところだった」
「えへへ。次は負けないよ!」
褒められたねむぱんは、得意そうに胸を張った。
そのとき——。
ねむぱんのアホ毛がキラリと輝いた。
「夜が……明けたね」
みっちゃんが、遠くの山々に目をやった。
山の稜線から顔を出した朝日が、大地を金色に染め始めていた。
「夜明けに気を取られるとは笑止千万……!
次に控えしは、この我——魔王にむしであるぞ!」
にむしは朝日を背負い、舞台の上で大仰に腕を広げた。
「にむし、魔王だったの?」
「今さら気づいたか、境界を越えし者よ!」
「さっきまで普通に『にむし』って呼ばれてたよね?」
「あ……あれは世を忍ぶ仮の姿だ!」
トイプードルの着ぐるみをまとった魔王は、動揺を隠すように、威勢よく胸を張った。
* * *
にむしは大仰な詠唱を繰り返しては入力を間違え、みっちゃんは驚くほど正確なタイピングであなたを苦しめた。
それでも、あなたは二人との勝負をどうにか勝ち抜いた。
そして、最後に残ったのは——。
「ようやく、私の出番ですわね!」
小さな女王が、待ちかねたように舞台へ上がった。
先ほどまでのどこか抜けた雰囲気は消えている。
女王は胸元に片手を添えると、あなたをまっすぐに見つめた。
「エレノア・ド・フィナンシア、まいりますわ!」
女王のタイピングは、四人の中で誰よりも速かった。
抜いて、抜かれて、また追いつく。
最後まで勝敗の分からない接戦の末、あなたはわずかな差で勝利した。
「ま、負けましたの……?」
ガックリと膝をついた女王の大きな瞳に、みるみる涙が浮かんでいく。
「悔しいですわ〜!」
「女王が負けた姿、初めて見たね……」
「あなた、本当にタイピング上手だね!」
みっちゃんとねむぱんも、顔を見合わせて驚いている。
こうしてあなたは、四人全員とのタイピングバトルに勝利した。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!
このお話の続きは、
9/11(金)第3話・第4話 20:30公開
9/12(土)第5話・第6話(完結)20:00公開
を予定しております。
いよいよ明日は、少女たちがくれる「とってもいいもの」の正体が明らかに……?
どうぞお楽しみに、ですわ!




