第29話
朝。
教室に入る。
もう、違和感はない。
誰も近づかない。
誰も話しかけない。
それが普通になった。
(……静かだな)
席に座る。
窓の外を見る。
風が吹く。
何も変わらないはずの風景。
でも。
(……減ってるな)
気づいている。
人との距離。
関係。
全部。
少しずつ、消えている。
「飛鳥くん」
声。
振り向く。
神城香。
いつもの位置。
いつもの距離。
「おはよう」
「……ああ」
短く返す。
それだけで、十分だった。
昼休み。
隣に座る。
当たり前のように。
会話も、自然に続く。
もう違和感はない。
(……楽だな)
それが本音だった。
放課後。
帰り道。
並んで歩く。
沈黙でも気まずくない。
「ねえ」
神城が言う。
「最近さ」
「なんだよ」
「誰とも話してないよね」
核心。
でも。
驚きはない。
「……まあな」
事実だ。
「それでいいの?」
問いかけ。
少しだけ考える。
そして。
「……別に困ってない」
答えは、すぐ出た。
神城は、少しだけ目を細める。
「そっか」
満足そうに。
その反応を見て。
(……ああ)
理解する。
これが望まれている形。
そして。
自分も、それを受け入れている。
その時。
前方に、人影。
立ち止まる。
沢渡結衣。
(……まだいたのか)
正直な感想だった。
結衣は、こちらを見る。
少しだけ震えている。
「……恵」
名前を呼ぶ。
久しぶりに。
「……何だよ」
距離を保ったまま、返す。
結衣は一歩、近づく。
「話、いい?」
沈黙。
少しだけ考える。
でも。
(……必要ないな)
結論は、すぐ出る。
「……悪い」
短く言う。
「今、無理だ」
それだけ。
結衣の顔が止まる。
「……なんで」
小さな声。
「少しくらい――」
「今、神城といる」
被せるように言う。
それが理由だった。
それで十分だった。
沈黙。
結衣の目が揺れる。
「……そっか」
それだけ。
笑おうとして。
失敗する。
「……もういい」
小さく言って、背を向ける。
去っていく。
その背中を――
もう、追おうとは思わなかった。
(……終わりか)
そう思う。
感情は、動かない。
それが答えだった。
隣で。
神城が、静かに見ている。
何も言わない。
ただ。
わずかに、手が触れる。
そして――
指が、絡む。
(……ああ)
拒否しない。
拒否する理由がない。
そのまま、握る。
「……帰ろっか」
神城が言う。
「ああ」
並んで歩く。
もう、振り返らない。




