第28話
朝。
教室に入る。
もう、違和感はない。
昨日と同じ空気。
人はいるのに、距離がある。
誰も近づかない。
誰も話しかけない。
(……慣れたな)
一番後ろ、窓際。
席に座る。
視線を上げる。
教室の前方。
神城香がいる。
それだけで。
(……まあ、いいか)
そう思える。
昨日までとは、違う。
孤独じゃない。
少なくとも――
“完全な一人”じゃない。
授業が始まる。
変わらない。
誰にも当てられない。
存在しないみたいな扱い。
でも。
もう気にならない。
理由は、はっきりしている。
(……あいつが来る)
それだけで、十分だった。
昼休み。
弁当を出す。
昨日と同じ。
隣は空いている。
だが。
「飛鳥くん」
声。
振り向かなくても分かる。
「……来ると思ってた」
「そっか」
神城は、自然に隣に座る。
昨日と同じ距離。
同じ空気。
でも。
違うのは――
(……待ってたな、俺)
自覚する。
少しだけ苦笑する。
神城は気づかないふりをして。
「今日はね」
弁当を開く。
「こっちも美味しいよ」
箸を持つ。
「……またか」
「まただよ」
即答。
少しだけ楽しそうに。
「はい」
「……」
一瞬、迷う。
でも。
結局、口を開ける。
自然に。
昨日よりも、迷いがない。
食べる。
味がする。
ちゃんと。
「……どう?」
「……普通にうまい」
正直に答える。
神城は、嬉しそうに笑う。
「よかった」
それだけ。
それだけなのに。
(……十分だな)
思ってしまう。
その時。
横から声が入る。
「……ねえ」
聞き覚えのある声。
体がわずかに強張る。
沢渡結衣。
隣の席の外側に立っている。
距離を取ったまま。
「ちょっといい?」
俺に向けて。
神城ではなく。
(……なんだよ、今さら)
少しだけ、面倒だと思う。
でも。
無視するわけにもいかない。
「……何だよ」
最低限の返事。
結衣は一瞬、言葉に詰まって。
「少し、話があるんだけど」
視線が揺れる。
前みたいな強さがない。
(……変わったな)
そう思う。
でも。
それ以上に。
(……今じゃない)
そう思っている自分がいる。
「……後でいいか」
気づけば、そう言っていた。
結衣の表情が止まる。
「……え?」
「今、飯食ってる」
それだけ。
理由としては十分。
でも。
それだけじゃない。
(……今、邪魔されたくない)
はっきりと、そう思っている。
神城との時間を。
結衣は、少しだけ何か言いかけて。
やめた。
「……そう」
小さく頷く。
「じゃあ、いい」
それだけ言って、離れていく。
背中が遠ざかる。
(……あっさりだな)
昔なら、もっと食い下がってきたはずだ。
でも。
今は違う。
少しだけ――
寂しそうだった。
「……いいの?」
神城が、ぽつりと聞く。
「何が」
「話」
箸を止めている。
少しだけ、こちらを見ている。
「……別に」
即答。
迷いはない。
「急ぎじゃなさそうだし」
それが本音。
神城は、少しだけ目を細めて。
「そっか」
それ以上は何も言わない。
ただ。
ほんの少しだけ――
距離が近くなる。
さっきよりも。
わずかに。
(……分かりやすいな)
苦笑する。
でも。
嫌じゃない。
むしろ。
(……安心する)
そう感じている自分がいる。
昼休みが終わる。
結衣は戻ってこなかった。
それでも。
気にならない。
(……もう、いいか)
そう思っている時点で。
答えは出ている。
放課後。
教室を出る。
自然に、隣に神城がいる。
「帰ろっか」
いつもの言葉。
「……ああ」
自然に返す。
歩きながら。
ふと、思う。
(……選んだのか?)
昨日の言葉。
“選べ”。
でも。
今日は、違う。
選んだ感覚はない。
ただ。
自然に、そうなっている。
「ねえ」
神城が、少しだけこちらを見る。
「今日、どうだった?」
昨日と同じ質問。
少しだけ考えて。
「……悪くなかった」
正直に答える。
神城は、一瞬だけ驚いて。
すぐに、笑った。
「そっか」
満足そうに。
その顔を見て。
確信する。
(……ああ)
これは。
選ばされているんじゃない。
もう。
“選んでる”。
夕焼けの中。
並んで歩く。
その距離は。
昨日よりも、少しだけ近かった。
その日。
飛鳥恵は――
“自分の意思で、神城香を選び始めていた”。




