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第27話

翌日。


教室に入った瞬間、昨日と同じ空気があった。


ざわついているのに、静か。


人はいるのに、距離がある。


(……やっぱりか)


一番後ろ、窓際。


自分の席に座る。


視線は合わない。


声もかからない。


完全な“空気”。


昨日と同じ。


違うのは――


(……分かってるってことか)


理由を、知っている。


これは偶然じゃない。


自然でもない。


誰かが“作っている”。


そして、その誰かも分かっている。


(……神城)


教室の前方。


神城香は、いつも通りだった。


笑っている。


会話している。


誰からも好かれる“氷姫”。


こちらを気にする様子はない。


(……ほんとに、何もしてない顔だな)


苦笑が漏れそうになる。


だが。


それでも。


(……あいつがいないと)


昨日の感覚が、蘇る。


完全な孤独。


誰にも触れられない空間。


あれは。


思っていたより、ずっと重い。


授業が始まる。


教師は、俺を見ない。


指名もしない。


ノートも確認しない。


まるで最初から存在していないみたいに。


(……徹底してるな)


呆れる。


同時に。


どこかで納得している自分がいる。


昼休み。


弁当を広げる。


一人。


周りには、誰も来ない。


昨日と同じ光景。


(……これでいいんだろ)


そう思う。


思うのに。


箸が止まる。


(……なんでだよ)


味がしない。


昨日と同じ。


ただ、違うのは――


(……誰か、いないかなって思ってる)


その事実。


認めたくない。


でも。


否定できない。


ふと、顔を上げる。


教室の向こう。


神城が、誰かと笑っている。


自然に。


楽しそうに。


(……ああいうの、普通なんだよな)


胸の奥が、少しだけ痛む。


理由は分からない。


ただ。


“自分にはないもの”を見せられている気がした。


その時。


カタン、と音がした。


視線が動く。


神城が立っている。


一瞬だけ。


教室の空気が揺れる。


昨日と同じ。


でも。


今日は違う。


神城は、まっすぐこちらに歩いてくる。


止まる。


俺の席の前。


「……ねえ」


小さな声。


近い距離。


「今日も、大丈夫?」


昨日と同じ言葉。


でも。


聞き方が、少しだけ柔らかい。


「……別に」


反射的に答える。


だが。


神城は、少しだけ首を傾げる。


「ほんとに?」


一歩、近づく。


距離が詰まる。


周囲の視線が刺さる。


でも。


今はそれよりも――


(……近い)


その感覚の方が強い。


「……なんだよ」


「顔、昨日より疲れてる」


即答。


逃げ道がない。


「……気のせいだろ」


「そっか」


あっさり引く。


だが。


次の言葉は、違った。


「じゃあ、少しだけいい?」


「……何が」


神城は、少しだけ笑って。


自分の弁当を持ち上げる。


「一緒に食べよ」


空気が止まる。


教室全体が、固まる。


(……は?)


昨日までの流れを考えれば、ありえない。


なのに。


「別に、いいでしょ?」


軽い調子。


でも。


断れない。


(……断ったらどうなる)


分からない。


ただ。


今は――


「……勝手にしろ」


それが限界だった。


神城は嬉しそうに頷いて。


俺の隣に座る。


近い。


近すぎる。


さっきまで空いていた空間が、一気に埋まる。


「はい」


弁当を開く。


「これ、美味しいよ」


箸で一口分、取る。


そして。


そのまま――


「……あーん」


「自分で食える」


即答。


だが。


神城は引かない。


「今日は私があげる日」


「そんな日ねえよ」


「あるよ」


真顔で言い切る。


数秒。


沈黙。


周囲の視線が、痛い。


逃げ場がない。


「……早くしろ」


諦める。


神城は、満足そうに笑って。


「はい」


口元に運ぶ。


仕方なく、口を開ける。


食べる。


味がする。


さっきまでしなかったのに。


「……どう?」


「……普通」


「そっか」


でも、嬉しそうに笑う。


その顔を見て。


(……なんだよ)


胸の奥が、少しだけ軽くなる。


理由は分からない。


ただ。


さっきまでの“空白”が、埋まる。


それだけは、はっきりしていた。


「ねえ」


神城が、少しだけ声を落とす。


「一人の方がいい?」


問いかけ。


逃げ道はある。


あるはずなのに。


「……別に」


答えは、それだった。


神城は、少しだけ目を細める。


「そっか」


満足そうに。


そして。


「じゃあ、もう少し一緒にいよ」


その言葉。


強制じゃない。


でも。


拒否もできない。


昼休みが終わるまで。


神城は隣にいた。


特別なことはしない。


ただ、話す。


たまに笑う。


それだけ。


それだけなのに――


(……楽だな)


気づいてしまう。


一人でいるより。


ずっと。


放課後。


教室を出る。


今日は、一人じゃない。


横に、神城がいる。


「帰ろっか」


当たり前のように言う。


「……ああ」


自然に返す。


昨日までなら、考えられない。


歩きながら。


ふと、思う。


(……なんでだろうな)


昨日は、一人でいられた。


いや。


いさせられた。


でも。


今日は違う。


“選んだ”。


自分で。


その違いは、大きい。


「ねえ、恵くん」


神城が、少しだけ顔を覗き込む。


「今日、どうだった?」


昨日と同じ質問。


でも。


答えは、違う。


少しだけ迷って。


「……まあ、普通」


嘘じゃない。


神城は、少しだけ驚いた顔をして。


すぐに、笑った。


「そっか」


それだけ。


それ以上は聞かない。


でも。


その一言で分かる。


(……満足してるな)


そして。


自分も。


(……悪くなかった)


認めてしまう。


夕焼けの中。


並んで歩く。


昨日とは違う景色。


同じ道なのに。


「ねえ」


神城が、ぽつりと呟く。


「私、役に立ってる?」


不意打ち。


「……何が」


「恵くんの中で」


少しだけ、真剣な声。


考える。


答えは、すぐ出る。


「……まあな」


短く。


それだけ。


神城は、一瞬だけ目を見開いて。


次の瞬間、ふっと笑った。


「そっか」


それだけなのに。


なぜか。


嬉しそうだった。


その横顔を見ながら。


俺は、気づいてしまう。


(……これ)


もう、分かっている。


昨日の孤独。


今日のこの時間。


比べるまでもない。


「……神城」


小さく呼ぶ。


「なに?」


振り返る。


「……なんでもない」


言えない。


言ったら終わる。


でも。


もう遅い。


心の中では、はっきりしている。


――代わりがない。


その日。


飛鳥恵は初めて――


“神城香という存在を手放せなくなり始めていた”。

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