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第25話

夜。


自室の天井を、ただ見上げていた。


電気は消している。


部屋は暗い。


なのに、頭の中だけが妙にうるさい。


(……選べって、なんだよ)


神城の言葉が、何度も繰り返される。


――私と、他の人。


――どっちを選ぶか。


「……意味わかんねえ」


小さく呟く。


答えは出ない。


出るはずがない。


(普通に考えたら、おかしいだろ)


誰か一人を選べ、なんて。


そんな関係じゃない。


まだ何も始まっていないのに。


なのに。


(……なんで、あんな顔するんだよ)


思い出す。


神城の表情。


笑っていた。


優しく。


でも――


逃がさない、って顔だった。


「……はぁ」


深く息を吐く。


目を閉じる。


考えたくない。


でも。


考えないと、いけない気がする。


(……俺はどうしたいんだ)


自分に問いかける。


答えは、すぐに出る。


(……一人でいたい)


それが一番楽だ。


誰にも関わらない。


誰にも踏み込まれない。


傷つかない。


――そのはずなのに。


(……ほんとか?)


疑問が浮かぶ。


完全に一人だった頃。


あの時。


本当に、楽だったか?


思い出す。


誰にも見られない日々。


誰にも必要とされない時間。


(……楽、ではあったな)


でも。


それだけだった。


胸の奥に、何かが残る。


言葉にできない、何か。


「……面倒くせえな」


思考を切る。


結論は出ない。


今日は、もういい。


そう思った、その時。


カチ、と音がした。


ドアが開く。


(……来たな)


予想通り。


足音は、ない。


でも、気配で分かる。


神城香。


ゆっくりと、ベッドの横に立つ。


「……起きてるでしょ」


小さな声。


「……ああ」


隠す意味もない。


目を開ける。


暗闇の中でも、神城の輪郭は分かる。


「ちょっといい?」


「……なんだよ」


体を起こす。


神城は、少しだけ距離を保ったまま立っている。


昼間と同じ。


触れてこない。


でも――


(……近いな)


空気が近い。


逃げられない感じがする。


「考えてくれた?」


「……何を」


分かっているのに、とぼける。


神城は、少しだけ笑った。


「ひどいな」


「……まだ決められるわけねえだろ」


正直に言う。


神城は、少しだけ目を細めた。


「そっか」


それだけ。


怒らない。


責めない。


でも。


「じゃあさ」


一歩、近づく。


「一つだけ、いい?」


嫌な予感。


だが、断れない。


「……なんだ」


「選ぶまででいいから」


静かな声。


「他の人と、あんまり関わらないで」


その言葉。


昼間と同じ。


でも、少しだけ違う。


「……それ、ほぼ選んでるのと同じだろ」


思わず言い返す。


神城は、少しだけ首を傾げて。


「そうかな?」


本気で分かっていない顔。


「だって、恵くん」


一歩、さらに近づく。


距離が縮まる。


「迷ってるんでしょ?」


図星。


言葉が詰まる。


「なら」


優しく。


ゆっくりと。


「余計なもの、減らした方がいいよね」


理屈としては、通っている。


でも。


(……なんか違う)


感覚が拒否する。


「……それは違うだろ」


やっと出た言葉。


「選ぶために、切るのはおかしい」


神城は、じっとこちらを見る。


数秒。


静かな時間。


そして――


「そっか」


あっさり引いた。


拍子抜けするくらい、あっさり。


「じゃあ、それはやめるね」


「……ああ」


安心する。


そのはずなのに。


(……なんだ?)


違和感が消えない。


神城は、少しだけ微笑んで。


「代わりにさ」


嫌な予感。


「ちゃんと見ててね」


「……何を」


「私のこと」


即答。


「選ぶ材料、必要でしょ?」


その言葉。


逃げ道がない。


「……勝手にしろよ」


投げるように言う。


それが限界だった。


神城は、満足そうに頷いた。


「うん、そうする」


そして。


ゆっくりと、手を伸ばす。


今度は、止めない。


頬に触れる。


指先が、冷たい。


「ちゃんと、分からせてあげる」


その声は。


優しくて。


でも――


決定的だった。


数秒後、手は離れる。


神城は、そのままドアへ向かう。


「おやすみ、恵くん」


振り返らずに言う。


ドアが閉まる。


静寂。


(……なんだよ、今の)


ベッドに倒れ込む。


天井を見る。


何も変わっていないはずなのに。


はっきりと分かる。


(……逃げられねえな)


選ぶかどうかじゃない。


もうすでに。


選ばされる側にいる。


目を閉じる。


意識が沈む。


その直前。


ポケットの中のスマホが震えた。


取り出す。


画面。


神城香。


『明日、楽しみだね』


短いメッセージ。


それだけ。


それだけなのに――


なぜか。


“予告”に見えた。

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