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第22話

朝。


目が覚めた瞬間、違和感が残っていた。


夢は見ていない。


なのに――


(……なんだ、今の)


何かを言われた気がする。


耳元で。


はっきりと。


だが、思い出せない。


「……気のせいか」


そう呟いて、体を起こす。


リビングへ向かうと、すでに朝食の準備ができていた。


「おはよう、恵くん」


「……おはよう」


いつも通りの光景。


いつも通りの笑顔。


(……ほんとか?)


昨日の違和感が、消えない。


むしろ、強くなっている。


席に座る。


「はい、これ」


当たり前のように、皿が差し出される。


「……ありがと」


礼を言いながらも、どこかぎこちない。


神城は、それに気づいているはずなのに――何も言わない。


ただ、じっとこちらを見ている。


「……なに?」


思わず聞いてしまう。


「別に?」


即答。


でも。


その視線は外れない。


(……やめろよ、それ)


落ち着かない。


逃げ場がないような感覚。


朝食が終わる頃には、妙に疲れていた。


登校。


並んで歩く。


腕は――掴まれていない。


それだけで、少しだけ息がしやすい。


(……これくらいが普通だよな)


そう思った瞬間。


「ねぇ」


横から声。


「今日、なんか変だよ?」


図星だった。


「……別に変じゃねえよ」


「嘘」


即答。


「分かるもん」


足が止まる。


俺も、つられて止まる。


「何があったの?」


真正面から見られる。


逃げられない。


(……言うか?)


少し迷って――


口を開いた。


「……ちょっと、距離近すぎるんだよ」


言ってしまった。


空気が、止まる。


神城の表情が、わずかに固まる。


「……距離?」


「そう」


一度言ってしまえば、止まらなかった。


「学校でも、家でも、ちょっとやりすぎだろ」


言葉を選んでいるつもりだった。


でも。


どこか刺々しくなっているのは分かる。


「俺、普通に過ごしたいだけなんだよ」


沈黙。


神城は、何も言わない。


ただ、こちらを見ている。


その目が――読めない。


「……普通って何?」


ぽつりと。


静かな声。


「は?」


「恵くんにとっての“普通”って何?」


質問。


でも、それは確認じゃない。


試すような響き。


「……一人でいることだよ」


正直に答える。


「誰とも深く関わらないで、目立たないで、それで――」


「それで?」


被せてくる。


一歩、距離を詰められる。


「それで、何?」


言葉に詰まる。


(……なんでこんなこと聞くんだ)


「……それが楽だからだよ」


絞り出す。


すると。


神城は、ゆっくりと目を細めた。


「楽、ね」


その言い方。


どこか、引っかかる。


「……何が言いたいんだよ」


少しだけ、苛立つ。


すると。


神城は――


ふっと笑った。


「別に?」


またそれだ。


でも。


次の瞬間。


「じゃあさ」


一歩、さらに近づく。


逃げ場がなくなる。


「私といるのは、楽じゃない?」


心臓が、跳ねる。


「……それは」


否定できない。


助けられてる。


守られてる。


それは事実だ。


でも――


「……違うだろ」


やっと出た言葉。


「楽とかじゃなくて、これは……」


うまく言えない。


言葉にできない。


そのもどかしさに、苛立つ。


神城は、それをじっと見ていた。


そして。


小さく、笑う。


「そっか」


あっさりと。


拍子抜けするくらい、あっさりと。


「じゃあ、やめるね」


「……え?」


思わず聞き返す。


「距離、取る」


その言葉。


予想外すぎて、反応が遅れる。


「恵くんがそうしたいなら」


にこりと笑う。


いつもの、柔らかい笑顔。


――のはずなのに。


(……なんだ、この違和感)


安心するはずなのに。


なぜか、不安になる。


「……ほんとにいいのか?」


思わず聞いてしまう。


神城は、少しだけ首を傾げて。


「うん」


優しく頷いた。


「その方が、いいんでしょ?」


正論。


何も間違っていない。


なのに。


「……ああ」


そう答えた瞬間。


何かを、間違えた気がした。


教室。


いつも通り、一番後ろの席へ向かう。


誰も近づかない。


誰も話しかけない。


完璧な“空気”。


(……これでいい)


そう思う。


思うのに。


「……」


視線が気になる。


教室の前方。


神城は、いつも通りの“氷姫”として座っている。


こちらを見ない。


一度も。


(……こんなもんだろ)


これが普通。


これが望んだ形。


なのに。


胸の奥が、少しだけざわついた。


昼休み。


声はかからない。


ノートも来ない。


話しかけられない。


完全な距離。


(……静かだな)


昨日までとは、別の意味で。


放課後。


帰ろうと立ち上がる。


その時。


視線を感じた。


振り向く。


神城と、目が合う。


一瞬だけ。


本当に一瞬だけ。


すぐに、逸らされる。


それだけ。


(……なんだよ、それ)


分からない。


でも。


分かってしまう。


距離は、確かにできた。


――でも。


それで終わりじゃない。


夜。


自室。


ベッドに横になる。


静かだ。


誰も来ない。


ドアも開かない。


(……当たり前か)


自分で望んだことだ。


なのに。


やけに、静かすぎる。


目を閉じる。


意識が沈む。


――その時。


カチ、と小さな音。


ドアが、わずかに開く。


気配。


足音はない。


ただ。


そこに“いる”。


暗闇の中。


声だけが、落ちてきた。


「……ねぇ、恵くん」


眠ったふりをする。


動かない。


息を潜める。


「普通ってさ」


静かな声。


昼間とは違う。


もっと、低い。


「誰もいないことじゃないよ?」


足音。


近づく。


ベッドの横。


「選ばないこと、でしょ?」


心臓がうるさい。


バレるんじゃないかと思うくらいに。


「でも、それって」


少しだけ、間があって。


「逃げてるだけだよね」


耳元。


すぐ近く。


「大丈夫」


囁き。


優しくて。


でも――


逃げ場がない。


「そのうち、分かるよ」


指先が、髪に触れる。


ほんの一瞬。


すぐに離れる。


気配が、遠ざかる。


ドアが閉まる。


静寂。


(……なんだよ、それ)


目を開ける。


暗い天井。


何も変わっていない。


なのに。


はっきりと分かる。


――距離は、取れていない。


むしろ。


もっと深いところで、捕まっている

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