↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染に全否定された陰キャ、空気になるはずだった俺をなぜか最上位美少女に執着されています。  作者: ろんどんべると


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/30

第12話

放課後。


校舎の奥へと続く廊下は、人の気配がほとんどなかった。


部活に向かう足音も、教室に残るざわめきも、ここまでは届かない。


静かすぎる。


その静けさの中で――


「よう、飛鳥」


背後から声がかかった。


振り返るまでもない。


「……何の用だよ」


阿久津昂冴。


壁にもたれかかりながら、薄く笑っている。


その周囲には、見慣れた取り巻きが数人。


逃げ道は、ない。


(……来たな)


予感は、外れなかった。


「ちょっと付き合えよ」


軽い口調。


だが、拒否権がないのは分かっている。


「……断ったら?」


「断らせると思うか?」


間髪入れずに返される。


沈黙。


答えは最初から決まっていた。


「……分かったよ」


そう言うしかなかった。


◇


連れてこられたのは、旧校舎側の空き教室だった。


人気はない。


窓から差し込む西日だけが、やけに明るい。


ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。


――閉じ込められた。


「で?」


俺は壁際に立ったまま、阿久津を見る。


「何がしたいんだよ」


「簡単だろ」


一歩、近づいてくる。


靴音が床に響く。


「お前さ、調子乗ってんだよ」


(……やっぱそれか)


予想通りだった。


「神城とベタベタしてさ」


さらに距離が詰まる。


「自分が何者かになったつもりか?」


「……そんなつもりはない」


本音だった。


でも。


「そう見えてんだよ」


即座に否定される。


周囲で、取り巻きがクスクスと笑う。


「見ててムカつくんだよな」


阿久津の目が、明らかに変わる。


軽さが消える。


代わりに、濁った感情が浮かび上がる。


「だからさ」


肩を掴まれる。


強く。


逃げられない。


「一回、分からせてやるよ」


次の瞬間。


腹に衝撃が走った。


「がっ……!」


息が一気に抜ける。


体が折れる。


膝が床につく。


「おら、立てよ」


髪を掴まれる。


無理やり引き上げられる。


視界が揺れる。


(……やっぱ、こうなるか)


分かっていた。


関われば、こうなる。


だから避けていた。


でも――


「ほら、どうした?」


もう一発。


頬に拳が入る。


視界が白く弾ける。


(……抵抗、するか?)


一瞬だけ、考える。


でも。


すぐに消えた。


(……意味ない)


勝てるわけがない。


ここで何かしたところで、状況は悪くなるだけだ。


だったら――


「……」


黙る。


受ける。


それで終わるなら、それでいい。


「はっ、つまんねえな」


阿久津が吐き捨てる。


「少しはやり返してみろよ」


「……無理だろ」


かすれた声で答える。


それが、さらに気に障ったらしい。


「マジでゴミだな」


その言葉と同時に――


足が振り上げられる。


(……次で、終わりか)


そう思った、その瞬間。


「――そこで何してるの?」


静かな声が、教室の空気を切り裂いた。


全員の動きが止まる。


振り返る。


ドアの前。


逆光の中に立っていたのは――


神城香だった。


◇


空気が、変わる。


さっきまでの重さとは違う。


冷たい。


息が詰まるような圧。


「……神城」


阿久津が舌打ちする。


だが、その声には、さっきまでの余裕がない。


香はゆっくりと教室に入ってくる。


視線は――まっすぐ、こちら。


いや。


正確には。


俺に向けられていた。


「……大丈夫?」


しゃがみ込む。


俺の顔を覗き込む。


その声は、信じられないくらい柔らかい。


「……ああ」


短く答える。


それを確認して。


香は、ゆっくりと立ち上がった。


そして。


振り返る。


阿久津たちの方へ。


「ねぇ」


微笑む。


だが。


目は一切笑っていない。


「今、何してたの?」


誰も答えない。


答えられない。


沈黙。


それ自体が、答えだった。


「そっか」


小さく頷く。


「じゃあ、確認だけど」


一歩、近づく。


「恵くんに手を出した、ってことでいいのよね?」


空気が凍る。


「……別に、大したことじゃねえだろ」


阿久津が言い返す。


無理やり強がるように。


「遊びだよ」


「遊び?」


香が首を傾げる。


その仕草だけ見れば、ただの疑問。


でも。


次の瞬間。


「ふざけないで」


温度が消えた。


完全に。


「それが“遊び”に見えるなら、感覚おかしいんじゃない?」


一歩。


さらに距離を詰める。


阿久津が、無意識に一歩下がる。


「……調子乗るなよ」


声が、少しだけ揺れている。


香は止まらない。


「勘違いしてるみたいだから、教えてあげる」


視線が刺さる。


逃げ場がない。


「恵くんは、あんたたちが踏んでいい人間じゃない」


静かに。


はっきりと。


言い切る。


沈黙。


空気が張り詰める。


「……チッ」


阿久津が舌打ちする。


「だから何だよ」


強がり。


でも。


その裏にある焦りは隠せていない。


その時だった。


香のスマホが、軽く持ち上がる。


「ちなみに」


画面を見せる。


「これ、全部録音してるから」


一瞬で、空気が変わった。


「……は?」


「さっきの暴力も、言葉も、全部」


淡々と続ける。


「先生にも、部にも、必要なら外にも出すけど」


逃げ道を、完全に塞ぐ言葉。


「……っ」


阿久津の顔色が変わる。


初めて、明確な“焦り”が浮かぶ。


「特待生、だっけ?」


香が軽く首を傾げる。


「大事にした方がいいと思うよ?」


それは脅しではなかった。


ただの事実だった。


だからこそ――重い。


沈黙。


数秒。


そして。


「……チッ」


阿久津が目を逸らす。


「今日は……ここまでにしとく」


負けを認めた声だった。


取り巻きたちも何も言えない。


そのまま、ドアへ向かう。


すれ違いざま。


「覚えとけよ」


吐き捨てるように言って、出ていった。


◇


静寂が戻る。


さっきまでの暴力が嘘みたいに。


俺はその場に立ったまま、息を整える。


「……立てる?」


香が手を差し出す。


迷わず、それを取る。


しっかりと。


強く握られる。


「……帰ろ、恵くん」


そのまま、引き上げられる。


支えるように。


離さない。


教室を出る。


廊下を歩く。


誰もいないはずなのに、妙に視線を感じる気がした。


「……なあ」


歩きながら、声をかける。


「なんで来た」


香は少しだけ考えてから、


「たまたま」


と答えた。


「……嘘だろ」


「うん、嘘」


あっさり認める。


そして。


ほんの少しだけ笑った。


「でも、来てよかったでしょ?」


「……まあな」


否定はできなかった。


そのまま、しばらく無言で歩く。


夕焼けが、廊下を赤く染めている。


「ねぇ、恵くん」


ぽつりと、香が言う。


「怖かった?」


「……少しな」


正直に答える。


嘘をつく意味がなかった。


「そっか」


小さく頷く。


そして。


握る手に、少しだけ力がこもる。


「もう、大丈夫だよ」


優しい声。


安心させるような言い方。


でも。


その奥に。


何かが沈んでいる。


「だって」


一瞬だけ、間を置いて。


「ちゃんと排除したから」


――その言葉に。


わずかな違和感が残った。


理由は分からない。


でも。


胸の奥に、引っかかる。


「……帰ろ」


香は何事もなかったかのように言う。


その横顔は、いつもの柔らかいものに戻っていた。


だけど。


さっきの一言だけが。


妙に、頭から離れなかった。


――踏み越えたのは、どちらだったのか。


その答えは、まだ分からないままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。