第07章 それでも、祈る
夏が終わっても、秋が来ても、私は毎朝、夜明け前に神殿へ向かった。
その頃には、私の日常からほとんどの色が消えていた。
令嬢たちの輪に入ることは完全に諦めた。
廊下で誰かに声をかけることも、宴に積極的に参加することも、やめた。
殿下に話しかけようとして断られる経験を何度かした後、私から声をかけることもなくなった。
何かを言うたびに一蹴される。
その繰り返しが、私の口を閉じさせた。
——ただ、祈ることだけは続けた。
夜明け前の神殿が、唯一ここが自分の場所だと思える時間だった。
誰もいない。
誰の視線もない。
廷臣の日報もない。
私と石床と、祈りだけがある。
ある夜、眠れなくて書架の文書を読んでいると、また見覚えのある記述に目が留まった。
「大地の穢れが積もれば、聖女の浄化もまた、目に見えにくくなる。これは聖女の力の弱まりではなく、穢れの深さの証である。しかしそれを証明する術を、人は未だ持たない」
もう一冊、別の文書を開いた。
「歴史上、穢れの増大期に聖女がいなくなった国は、急速な衰退を辿る。その衰退は静かに始まり、取り返しがつかなくなるまで気づかれないことが多い」
——聖女がいなくなった国は、急速な衰退を辿る。
その一文が、喉に刺さるように残った。
だから私は、どれだけ惨くても、ここを離れてはいけないと思っていた。
婚約者に冷たくされても、令嬢たちに無視されても、廷臣に陰口を叩かれても。
この国の土地の下では、穢れが静かに積もり続けている。私がいなければ、誰がそれを食い止めるのか。
それが——私が耐え続けた理由だった。
誰かに褒められたかったわけではない。
認められたかったわけではない。
ただ、この国が壊れてほしくなかった。真面目すぎる、と後から思う。
でも、そうでなければ続けられなかった。
◆
その頃、殿下とシャルネ嬢が会う頻度が、さらに増えていた。
宴の席でシャルネ嬢の隣に殿下が座り、楽しそうに話しているのを、私は部屋の端から見ていた。
シャルネ嬢は美しかった。
光の魔法を使えば場が華やいだ。
笑えば周りも笑った。
私には、何もなかった。目に見える奇跡はない。誰の目にも届かない祈りがあるだけだ。
——負けた、と思ったわけではない。
でも、終わりが近いと思った。
眠れない夜が続いた。
夜中に目が覚めて、天井を見つめて、また目を閉じて、それを繰り返しても眠れないとき、私は起き上がって窓際に座った。
王宮の窓から見える夜の街が、静かに広がっていた。
灯りが点在していた。
あの灯りの下で、誰かが眠っている。誰かが起きている。誰かが笑っていて、誰かが泣いている。
私はその街のために祈ってきた。
その事実だけは、誰にも取り消せない。
「効果なし」と日報に書かれても、廷臣に陰口を叩かれても——私が祈った、という事実だけは消えない。
石床の温もりを感じながら届けた祈りは、確かにどこかに届いた。
それだけで、いいと思った。
認められなくても、見えなくても、続けてきた。
その時間は、誰にも奪えない。
夜明けが近くなると、空が白み始めた。私は立ち上がって、神殿への支度を始めた。
眠れなかった夜の翌朝も、祈りに行く。
廊下を歩きながら、また唇が動いていた。
——今日も、届けさせてください。
神殿の扉を押すと、冷えた空気が流れ出てきた。
石床に跪いて、目を閉じた。
胸の奥から、じわりと広がる感覚がある。
届いている。
今日も、届いている。
その温もりだけが、私が正しいということの、唯一の証明だった。
誰も認めてくれなくても、この温もりだけが「届いている」と教えてくれた。
神殿を出るとき、空が白み始めていた。
鳥の声が一つ、聞こえた。
それだけで、また今日も生きようと思えた。神殿の石床に跪いて、目を閉じた。
その温もりの中に、私はいた。それだけで充分だと、毎日言い聞かせながら。
だが、そんな日々も終わりを迎えようとしていた。
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