第04章 祈りの手ごたえが、消えた
冬が来たとき、何かが変わった。
正確には、変わったのではなく——消えた。
「目に見える奇跡」が、消えた。
枯れた泉が蘇ることも、難病の子が立ち上がることも、不作の畑が一夜で実ることも——全てが、ぴたりと止まった。
泉は枯れていない。病人が急に増えたわけでもない。作物が腐ったわけでもない。
ただ、目に見える「事象」が起きなくなった。
私には、手ごたえがあった。
祈るたびに、石床は温かくなる。何かに届いている感触がある。
それは確かだった。確かなのに、何も証明できなかった。
なぜ効果が見えなくなったのか、自分でも分からなかった。力が弱まった感じはない。
むしろ、以前より深く広く届いているような気さえする。でも、目に見えない。証明できない。
最初の「効果なし」という記録を侍女のリナから見せてもらったのは、冬の初めのことだった。
廷臣が毎日記録する日報に、たった七文字。
「効果確認できず」
それが毎日、毎日、続いた。
リナは青ざめて謝り続けたが、私は首を振った。責めることなど、できなかった。見えないのは、事実なのだから。
老神官に相談した。
神殿に何十年も仕えてきた白髪の老人で、祈りについて最も詳しいとされている人だった。
彼は私の話を最後まで聞いてから、眉根を寄せて、しばらく黙った。
「……聖女様。これは、私にも断言はできないのですが」
「はい」
「国土の穢れというものは、蓄積されるものでございます。清め続けても、外から新たな穢れが流れ込み続ける。それが一定の量を超えると……祈りの効果が、目に見えにくくなることがあると、古い文献には記されております」
「つまり……私の力が弱いのではなく?」
老神官の目が、わずかに揺れた。
「それは……私には何とも申し上げられません。ただ……もし穢れの増大が原因であるならば、聖女様は力が弱くなったのではなく、むしろ崩壊を食い止めるために全力を注いでいる、ということになりますが……それを確かめる方法が、私には」
「ないのですね」
「……はい。申し訳ございません」
私は胸の中で、静かに整理した。
この国の"穢れ"の増大が原因かもしれない。
でも確かめられない。それならば、続けるしかない。
続けながら、殿下に話すしかない。
執務室の前で、私は殿下に声をかけた。
「少しだけお時間をいただけますか。祈りの効果について、ご説明したいことがあって」
殿下が振り向いた。
「どうぞ」
私は老神官の話を伝えた。国土の穢れが増大している可能性のこと。
それが原因で目に見える効果が薄れているかもしれないこと。でも手ごたえはあること。石床が温かくなっていること。
殿下は最後まで黙って聞いていた。私が話し終えると、少し間があった。
「マリベル」
「はい」
「それは、あなた自身の感覚の話だ」
「……はい」
「感覚には、証拠がない」
「でも、老神官も——」
「老神官も確認できないと言ったのだろう」
「結果で示してくれ」
それだけだった。
殿下は書類に視線を戻した。部屋を出ると、扉が静かに閉まった。廊下に一人残されて、私は動けなかった。
殿下の部屋を出た後、廷臣の一人に廊下で声をかけられた。
殿下の側近として長く仕えている人物だった。
「マリベル様。……殿下は、結果を重んじられるお方です。どうか、ご無理なさらず」
その「ご無理なさらず」が、励ましなのか、別の意味なのか、私には判断がつかなかった。
ただ丁寧に頭を下げて、礼を言った。廷臣は何か言いかけて、やめた。それからただ「失礼いたします」と言って去っていった。
——この人は何か知っている。
でも確かめる術がなかった。ただ疲れていた。弁明して、一蹴されて、廊下で立ち尽くして。そのことに、じわじわと疲れていた。
神殿に戻る途中、古い書架から文書が飛び出していた。
引き抜くと、神殿の古い記録だった。ぱらぱらとめくると、あるページで指が止まった。
「聖女が去れば、大地は嘆く。その嘆きは静かで、気づかぬまま広がり、やがて取り返しのつかぬ渇きとなる」
——静かで、気づかれない。私の祈りと、同じだ。
本を棚に戻してから、私は祭壇の前に戻った。
跪いて、目を閉じた。石床が温かかった。祭壇の前で、私は長い時間跪いていた。
石床が膝に冷たかったが、それを感じながらいると、逆に石床の温もりがよく分かった。
いつもの、あの感触。届いている。ここには届いている。王宮の廊下でも、廷臣の日報でも、殿下の言葉でも、この温もりだけは変わらなかった。
大丈夫。
届いている。
そう言い聞かせながら、唇を動かした。
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