第19章 帰る場所
断罪から三日後、王都の空気が少しだけ変わった。
重苦しく張り詰めていたものが、わずかにほどけ始めていた。
市場に人が戻り始めた。
井戸水の色が、明らかに澄んできた。子供たちの笑い声が、久しぶりに聞こえた。
終わったのではなかった。ただ、持ち直し始めた。
「マリベル様」
声がした。
振り返ると、シャルネが立っていた。
礼服には疲れた皺があり、髪もいつもほど丁寧には整えられていなかった。
でも、その目は、以前より静かだった。
「……座ってもいいですか」
「どうぞ」
シャルネが、隣の礎石に腰を下ろした。しばらく、二人とも黙っていた。
「……謝罪を、させてください」
シャルネが口を開いた。
「言い訳はしません。私は、あなたを信じなかった。あなたの力を、見ようとしなかった。そして——婚約という対価のために、あなたを消すことに加担した」
その言葉は、感情的ではなかった。淡々としていた。でも、だからこそ重かった。
「その結果、多くの民が苦しんだ。農地が枯れ、水が濁り、子供が病に倒れた。全部、私が止めることのできた被害でした。どう償えばよいのか、正直、分かりません。でも——目を背けたくなかった。だから、ここに来ました」
私は少し間を置いてから、答えた。
「皆が選んだ結果でした」
「え?」
「あなただけの責任ではありません。殿下も、廷臣も、私を信じなかった令嬢たちも。そして——証明できなかった私も、含めて」
「でも、私は積極的に——」
「そうです」
私は頷いた。
「あなたは確かに、共謀した。それは事実です。でも、私が言いたいのは、あなた一人を責めることに、もう意味がないということです。これからどうするかの方が、大切な気がします」
シャルネは、長い間黙っていた。
「……あなたは、本当に、怒らないんですか」
「怒りがないわけじゃないです。でも、怒りより先に——疲れました。三年間、ずっと証明しようとして、できなくて。でも事実が、最後に証明してくれた。それでいいと思っています」
「シャルネさん」
「はい」
「届けることを、試してみてください。光を放つのではなく、届けることを」
シャルネは礎石に手を当てた。
「……少し、分かる気がします」
「よかった」
「それでも——どうか、この国に残ってほしい、と思っています。命令でも義務でもありません。ただ、お願いです」
私は少し間を置いた。
外の景色を見た。雨上がりの空は、澄んでいた。
王都での日々が、よぎった。
夜明け前の神殿。石床の温もり。
そして。
花畑が、よぎった。
礎石の前で土に触れた、あの朝のことを思った。スープの湯気のことを思った。
「よく生きていた」という言葉のことを思った。あの声のことを思った。
「申し訳ありませんが」
私は、静かに首を振った。
「私には、行くべき場所があります」
シャルネは、何も言わなかった。
ただ、頷いた。
「……そうですか」
「この国は、きっと大丈夫です。穢れの上昇速度は落ちています。あなたたちが続けてくれれば、時間をかけて回復できる。私がいなくても」
「……はい」
私は立ち上がった。
城門を出ると、王都の空気とは違う風が吹いた。ほんのわずか、軽かった。肩の力が、自然に抜けていくような感覚があった。
少し先に、人影があった。
カイルが、城門の外に立っていた。馬の傍に、当たり前のように、そこにいた。
私は足を止めた。
「……なぜ、ここに」
「お前が帰る場所はあそこだろう」
カイルは言った。
まっすぐに、当たり前のように。
「だから迎えに来ただけだ」
「……いつから、ここで」
「それなりに」
「教えてください、それなりに、って」
「お前が城門を出てくるまで」
私は、思わず笑った。
「ずっと待っていたんですか」
「待っていたというほどでもない。ただ、いた」
カイルが近づいてきた。私の顔を、上から下まで見た。
「……顔色が悪い」
「そうですか?」
「無理をした」
「……少し、かもしれません」
「少し、じゃない」
カイルの声が、わずかに低くなった。
「王都に来てから、ちゃんと寝たか。飯を食ったか」
「……食べました。寝るのは、少し短かったかもしれないですが」
「それを無理をした、という」
「……すみません」
「謝る必要はない。ただ」
カイルは、私の肩に手を置いた。重みがあった。温かかった。
「もう少し、自分を大事にしろ」
その言葉が、静かに胸に落ちた。
「……心配してくださるのですか」
「当たり前だ」
カイルは短く答えた。それだけだった。
でも、その言葉の中に、どれだけのものが詰まっているか——私には、感じ取れた。
「……行きましょう」
「ああ」
二人で、並んで歩き出した。
王都が、後ろに遠ざかっていった。
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