第13章 崩れていく王都
断罪の夜、レナードはシャルネと祝杯を挙げた。
「ようやく、終わった」
グラスを持ち上げながら、レナードは言った。
「あれがいなくなれば、国もよくなる。そして、ようやく我々が結ばれた」
「本当に、よかったですわ」
シャルネが微笑んだ。
「これからは、私がこの国を守ります。ご安心ください、殿下」
「ああ。頼む」
レナードはグラスを傾けた。マリベルのことは、もう考えなかった。
合理的な判断をした。それだけだ。邪魔な駒を取り除き、真の聖女を得た。これ以上ないほど、正しい選択だと思っていた。
翌朝、シャルネは神殿に向かった。
祈りを捧げ、浄化を施した。白い光が神殿に満ちた。
廷臣たちは期待を持って見守った。
初日、日報にはこう書かれた。
「シャルネ様の浄化により、明るい兆しが見られる。今後に期待したい」
三日後。
「浄化の効果は継続中。現状維持と判断」
五日後。
「効果のほどは……調査中」
七日後。
「効果確認できず。なおかつ、穢れの進行速度が以前と比べて著しく速まっている模様」
レナードは、その報告を受けて立ち上がった。
「シャルネを呼べ!」
シャルネが執務室に入ってきた。
「どういうことだ。シャルネに支払っている予算は、マリベルの時の数倍だ。それで効果が確認できないとはどういうことか。マリベルですら、悪影響を及ぼしながらも、それなりに時間を稼いでいた。お前は一体——」
「殿下、少しお聞きください——」
「効果を出せ。それだけだ!」
レナードは扉を閉めた。
シャルネは一人で神殿に戻り、唇を噛んだ。他の聖女を数人雇った。
本当は、予算を横領し欲しいものを買う予定だった。
数人がかりで神殿に集まり、毎日祈りを捧げた。
効果は、出た。
一人よりはましだった。
しかし——それでもマリベルの時ほどの効果は出なかった。腐敗の進行は止まらなかった。
農地の腐敗は、一週間で三つの村に広がった。
廷臣の一人が、小声で呟いた。
「マリベルがいた時は、こんなことにはならなかった。あの方は確かに、目に見える効果は出ていなかったが……少なくとも、今のように一気に崩れることはなかった。
静かに……だが確実に、支えていたということか」
シャルネは、神殿の記録をさらに精査した。
マリベルが在任していた三年間。
廷臣たちが「効果なし」と記録し続けた、あの三年間。
穢れの量の推移グラフを前後と比較すると——マリベルが在任していた間だけ、増加のカーブが緩やかになっていた。
劇的な変化ではない。
でも、確実に。じわじわと、増え続ける穢れを、抑えていた。
そしてマリベルが消えた今、そのカーブは急激に上昇していた。
「……拮抗していたんだ」
シャルネは一人で呟いた。
見えなかったのは、効果がなかったからではない。
穢れの増大と、マリベルの祈りの力が、ぎりぎりのところで拮抗していたから——変化が目に見えなかっただけだ。
一人で。三年間、一人でそれをしていた。
シャルネは古記録をさらに一冊開いた。
「穢れの増大期において、特に高い浄化力を持つ聖女が一人現れることがある。その力は他の聖女数十人分に相当することもあり、古来より"大聖女"と呼ばれてきた。大聖女は百年に一度出るかどうかという稀な存在であり……」
シャルネは記録を閉じた。
百年に一度。マリベルは、そういう存在だったのかもしれない。
私は、何を切り捨てたのか。
シャルネは両手で顔を覆った。
夜の神殿は、静かだった。石床が、冷たかった。マリベルがいた頃、この床はいつも温かかったと神官たちが言っていた。
自分がしたことの重さが、ようやく、骨まで染みてきた。
神殿を出ようとして、扉の前で立ち止まった。
礎石のそばに、若い神官が一人座っていた。マリベルが毎朝祈っていた、あの礎石のそばに。
「何をしているの」と聞くと、神官は顔を上げた。
「……マリベル様が、よくここに座っておられたので」
それだけ言って、また視線を落とした。
神殿の扉を出ると、夜風が冷たかった。
でも、あの神官の姿だけが、温かかった。マリベルを覚えている人間が、ここにもいた。消えていなかった。
翌朝、シャルネは単独で神殿に向かった。
誰も連れず、侍女も連れず。
礎石の前に跪いて、目を閉じた。光を放つためではなく、ただ、手を当てた。
冷たかった。
でも、かすかに——ほんのかすかに、何かが伝わる気がした。
マリベルが三年間積み上げてきたものが、この石の中に残っているような気がした。
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