第12章 届く報せ、変わる日々
十日が経った頃、辺境にも報せが届いた。
辺境の地では、情報はいつも遅れてやってくる。
王都の話が流れてくるのは、起きてから数日後、時には一週間後になることも珍しくなかった。
カイルが受け取ってきた定期の文書を、私は隣でのぞき込んだ。
そこには、こう書かれていた。
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王都にて、聖女マリベルが悪魔であったことが判明。
公開断罪の後、聖女シャルネの光の魔法によって消滅した。
これにより、長年の王都の衰退は悪魔の仕業であったことが明らかになった。
新たな聖女シャルネが任命され、レナード王太子殿下との婚約も宣言された。国民は新時代の到来を祝った。
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私は、文書を読み終えてから、手をそっと膝の上に置いた。
分かっていた。分かっていたことだ。あの広場で見た光景は、自分の目で見た。
それなのに。文字にされると、それが確かな事実として固まったような気がして、胸の奥に重いものが沈んでいった。
悪魔。
長年の衰退は悪魔の仕業。
三年間、夜明け前から祈り続けた。国の穢れを食い止めるために。
この国の人々のために。それが、この一文に収まっていた。
「……マリベル」
カイルが隣に座った。文書を見ていた。
「読んだか」
「はい」
「大丈夫か」
「……分かっていたことです。でも」
言葉が続かなかった。カイルは何も言わなかった。
ただ、隣に座ったまま、同じ方向を向いていた。
急かさなかった。
慰めの言葉も、かけなかった。ただ、そこにいた。それで、充分だった。
◆
翌日から、私は変わらず祈り続けた。
朝、礎石に手を当てて、目を閉じる。この土地に届ける。この人々を守るために。その気持ちは、王都でもここでも変わらない。
午後は村の手伝いをした。子供たちが私の周りに集まってきた。最初は珍しそうに見ていた子供たちが、今では「マリベル姉ちゃん」と呼ぶようになっていた。老人たちが、久しぶりに笑顔を見せてくれた。
「井戸の水が増えた」
「昨日より、土の色が違う」
「今年は、何かが違う気がする」
そういう声が、少しずつ聞こえてくるようになった。目に見える変化が、ここにはある。
これが嬉しかった。王都では見えなかった変化が、ここでは確かに届いている。
一ヶ月が経った頃のことだった。
夕食の後、カイルが珍しく、帳簿も地図も出さずに座っていた。
私が食器を片付けようとすると、「少し待ってくれ」と言われた。
「……話がある」
「はい」
「あなたは、王都に戻れる。戻る手筈を整えることはできる」
「……」
「あの文書には、マリベルが消滅したと書かれていた。だから今なら、誰も追ってこない。王都に戻って、名前を変えれば、どこでもやり直せる」
「カイル様は……私に、出ていってほしいんですか」
「そういう訳ではない……」
カイルは静かに言った。
「俺は——ここにいてほしい。この土地が変わっていく。村の人間の顔が変わっていく。マリベルが来てから、希望というものを、久しぶりに見た気がする。だから——俺個人としても、ここにいてほしいと思っている」
「個人として……」
「ああ」
私は、カイルの横顔を見た。決して饒舌ではない人だった。感情をぱっと表に出す人ではなかった。
それでも、「俺個人として」という言葉を選んで言った。その言葉の重さを、私は静かに受け取った。
「……少し、話してもいいですか」
「どうぞ」
「捨てられた、という感覚が、まだここにあります。王都に戻れると聞いても……正直、戻りたくないと思ってしまう。でも——それだけじゃないんです」
「続けてくれ」
「ここに来て、初めて祈りが届くのを、自分の目で見ました。村の方々が笑顔になるのを見ました。それが……嬉しくて。ここにいたいです。ここで祈り続けたいです。この土地のために、この村の方々のために」
「……そうか」
カイルの声が、わずかに柔らかくなった。
「ありがとう」
その返答に、私は思わず微笑んだ。
◆
その夜、また報せが届いた。
今度の文書は、先日のものより切迫した内容だった。
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王都周辺にて、穢れの増大が著しく進行中。
農地の大規模な腐敗が複数の地域で確認される。
シャルネ聖女の浄化では対処しきれず、国土の崩壊が懸念される。
マリベルの所在を知る者は、速やかに王都まで報告されたし。
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私はその文書を、しばらく見つめていた。
——マリベルの所在を知る者は、速やかに王都まで報告されたし
カイルが隣で読んでいた。
「……どうしますか」
私が聞くと、カイルは文書を静かに折りたたんだ。
「今日のところは、何もしなくていい。急ぐことはない。まず、あなたがどうしたいかを、ちゃんと考えてほしい」
私は頷いた。
胸の中で、何かが静かに揺れ始めていた。
その夜、私は窓の外を見た。暗い大地に、草が揺れていた。
ここには、私の祈りが届く。
それだけを信じて、変わらずに、また明日も祈ろうと思った。
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