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良き友人 (5)

 

 宮正によって通された部屋の中で愛霖は俯き、卓の前に着いていた。

 扉のすぐ後ろに宮正は控えているようだったが小声で話をすれば聞こえない程度。


「琳華様……」


 入室をした琳華を目だけで見上げた愛霖の憔悴しきった瞳と弱々しい声。

 ずっと椅子に座っていたのか立つのもままならないような愛霖の姿に琳華は勝手に正面にある椅子を引き、座る。


「申し訳ありませんでした……本当に、申し訳が……」


 刑部が自分との接見を許した原因が分かったような気がした。多分、愛霖は『重要な部分について何も答えていない』のだろう。


「全て、わたくしが……勝手に、したこと……琳華様にまでご迷惑が及ぶな、ど」


 そこにあったのは可愛らしい品のある女性の姿ではなかった。青白く、何かに怯え、ただひたすらに謝ることしか出来ないでいる小柄な女性の姿。

 琳華を直視することすらもう出来ず、俯きながら「申し訳ありません」と何度も謝罪の言葉だけを繰り返す愛霖は出された膳にも手を付けていないのか、そのまま置いてあっても傷みにくい乾物や一杯の水にも口を付けていないようだった。


「愛霖様から頂いた香嚢はどうやら完全に没収されてしまったようで……あの柑橘の配合、教えて下さらないかしら。もちろん、安全な範囲で」

「え……あ、そんな」

「愛霖様の香の知識、薬学の本をお読みになって得られたのですか?わたくしはどちらかと言うと兄たちと野山を駆けまわって得た知識しか持ち合わせておりませんから……調香をしてもどうにも香りに雑さが出てしまって不評を買うのです」


 だから調合された香はお店に買いに行っている、と言う琳華に愛霖は眉を寄せ、今にも泣きそうになる感情を堪えているようだった。


「……わ、た、くし、は……罪人です。皇子様を禁制の粉末香で惑わせ、傀儡に、し……取り入ろうとしました。あの、琳華様にお渡しした香嚢の中にも、同じ物を入れ……周家のお姫様を、手中に納めて、操ってしまおうとしました」


 愛霖の言葉は重く、琳華からの対話の糸口になるような質問の回答にもなっていない。


「……小手先でチョロまかしたような言葉では駄目なようね」


 ご無礼を、と琳華は真っ直ぐに愛霖の伏した瞳を見る。


「わたくしのさじ加減で愛霖様の処遇が決まるようです」

「ですが、そんな」

「愛霖様がしてしまったこと、しようとしたことについては然るべき処分が必要だと思います。ですが何故、わたくしにまで同じことをなさったのですか?愛霖様が香嚢を下さったのはわたくしが筆頭になる前、それにわたくしなど本来ならば蹴落とすべき邪魔な存在……」


 宗駿皇子からの寵愛を賜るべく、そう仕向けようとした愛霖。

 それを琳華にも使った意味が今の回答である「手中に納めて操ってしまおうとした」ではどうにも腑に落ちなかった。愛霖とは普通に接していたつもりだし、何なら丹辰などより贔屓をしてしまっていた部分もある。

 初めて話し掛けた時に具合が悪かった印象が強く、小柄な愛霖が梢の背と重なったからずっと気になっていて。


「本当、は……琳華さ、まと……仲良く、なりたかった……」

「わたくしと?」


 もう仲が良かったように思っていたのは自分だけだったのだろうか、と琳華は訝しげな表情になりそうだったのだがそれを抑えて愛霖の“心の言葉”を聞く。


「だって、琳華様は……周琳華様は、秀女の中で一番……お家柄だって、試験などいらないくらい……でも、本当に、読み書きも出来て、優秀な方で……わたくしが持ってないものを、全部お持ちに……っ」


 だとしても、だ。伯丹辰も、その取り巻きたちも家柄は良いし皆が一様に優れた面を持っている。愛霖だって、その筈だ。


「伯丹辰様が琳華様から最初にお菓子を貰った、と得意げに皆に自慢して回って……それが、悔しくて。琳華様に一番に声を掛けて貰ったのは、わたくしなのに」

「あ、愛霖様……?」

「きっと正室になるのは琳華様だって丹辰様が言いふらして、下女たちも皆が琳華様のお噂をして……だから丹辰様は絶対に自分はその次になるんだ、ってうるさくて……琳華様は筆頭としてお忙しく、寄宿楼を空けている間にも丹辰様はずっと……琳華様は、わたくしの憧れなのに、おそばにいるのはわたくしの方が絶対にふさわしいの、に、っ」


 琳華は膝の上に重ねていた指先をぎゅっと握り込む。

 この状況、誰かに助けを求めたくなる。部屋から出れば宮正と偉明がいてくれている。けれど、これは……。


「愛霖様、人の心というものは」

「分かってる!!」


 卓を叩き、声を荒げた愛霖に本当に身じろぎをしてしまった琳華だったがすぐに部屋の扉を蹴破るように宮正が入って来て愛霖を牽制し、次いで入室した偉明は琳華を抱くように椅子から立たせ、守るように立ちはだかる。


「ご息女、もう良い。話なら聞いていた」

「ですが」


 愛霖から視線を外した偉明は「まだ引かない」の琳華の瞳を見てしまう。


「愛霖様、これらは全て愛霖様の独断での行いだったのですよね」

「そうよ……」

「誰かに強要されて」

「違う……そんな、こと」

「本当に誰からも」

「もう良い!!もう、いいの……誰も、もう……わたくし、に……あたしにかまわないで……こんな惨めな人生なんてもう」


 髪を振り乱した愛霖を拘束する宮正に偉明は渋い顔を見せる。


「本当に、わたくしは愛霖様を良き友人だと思っていました」

「え……あ、」

「香嚢を頂けて、本当に嬉しかったのです。頂いてからはずっと衝立に掛けていて、着替える時に香る柑橘の華やかな香りに愛霖様がわたくしのことを考えてくださったのだと毎日、心強く思えていました」

「あ、ああ……」


 宮正二人掛かりの拘束により、崩れ切らない愛霖の華奢な体がまるで幽霊のようにだらりと揺れる。


「隊長、診断結果が」


 騒ぎに駆けつけた雁風は「やはり衰弱著しい、と。毒を制する為に随分と無理をしていたようで」と伝える。

 今の愛霖は疲れも加わっているがやはり、初めて会った時よりも青白い。


「皆も聞いたか。劉愛霖は独断で宗駿様を(たぶら)かそうとした。これは反逆の罪にあたる。そして名門たる周家の娘にもあらぬ疑いをもたらし、厳粛なる秀女選抜の場も乱した」


 偉明の口上は「劉愛霖には非常に厳しい処遇が待つだろう」と締めくくられる。実際に量刑を言い渡すのは刑部であるが、若き親衛隊長の彼がこの後宮内でどれだけの権限を持っているのかを強く物語っていた。


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