良き友人 (4)
とりあえず梢は琳華の身支度を手伝い、このあとどうするかを聞く。時刻は既に昼を回っていて、後宮内での行動について残されている時間はごく限られていた。
「小梢、なるべく日のある内に接見出来るかどうかを聞いて欲しいの」
「承知致しました」
危害を加えた本人と直接会うことを王宮殿、後宮が望んでいるのなら。
何も出来なかった自分が最後に何かを為せるのなら。
一応、まだ秀女としてある自分の白い衣裳の上に薄桃色の羽織を着こむ。顔を丁寧に洗い、化粧は薄く。
身支度の最後、琳華は自らの手で白い組紐飾りを帯に提げた。
(この飾りを使うのもこれが最後、かしらね)
いつでも案内を受けても良いように椅子に座って待っていた琳華とその合間にも帰り支度をしていた梢。本当は自分も手伝いたいくらいではあるがじっと我慢をする。二度ほど梢が外に控えてくれている宮女とやり取りをした後、三度目に呼ばれた時には警備兵では無く……偉明と雁風が迎えに来てくれていた。
刑部の兵かと思いきや意外なような、意外ではないような。
部屋に入った偉明は官給品の衣裳だけで、別の物は羽織っていなかった。
「宗駿様からのご命令により嫌疑のある者は刑部、秀女たちについては引き続き親衛隊に任せる、とのことで我々が周琳華様をお連れ致しますゆえ……ご息女、よく眠れたか?」
途中までは澄ました口上をしていた偉明だったが結局は琳華にとって親しみのある軽い口調に変わる。
「このお部屋を手配してくださったのは……」
「宗駿様だ。周家のご息女は謀略を起こすようなチンケな娘ではない、とお話しをされてな」
「チ……?!じゃなくて、あの、こちらを。手入れをしておらず、申し訳ないのですが」
本当にその言葉、皇子が言ったのだろうか。
それとも偉明による冗談だったのか。しかしそのお陰か、慌てて衣桁から偉明の長羽織を下ろして手渡す琳華の気配が少し変わる。受け取った偉明は何も気にも留めずにそのままそれを着こみ――偉明も琳華も二人ともが初めて会った時の衣裳になる。
「ご息女、聞き出して欲しい事が一つだけある」
す、と一歩を踏み出した偉明が琳華に小さく耳打ちをした。それは梢にも聞こえない低く、密やかな声。それに対し、琳華も小さく頷いて宮から出る。偉明を先頭に一行が歩き出して暫く、どこをどう歩いたのかも分からなかったが向かった先は王宮殿の敷地の中でも随分と辺鄙な場所だと言うのは分かった。手入れはされているがそれまでであり、人の気配もない。
何より、宿泊していた寄宿楼ですらぱたぱたと下女が行き交っていたのに琳華たちが辿り着いたのは古い楼で、警備の為に周囲を宮正と思しき女性たちが立ち番をしているだけだった。
そんな場所で偉明のような涼やかな美貌の男と侍女を従えた秀女、琳華の姿はよく目立つ。
既に話が通っているようで先に立った雁風が宮正に断りを入れるとすぐに琳華と偉明に入室の許可が下りた。
「小梢殿は私とここで留守番を預かりましょう」
歩みを進めた琳華が少し心配したように振り向いた事に気がついた雁風が気の利いた言葉をはっきりと、楼の中へゆく二人に聞こえるように言う。それなら安心だ、と琳華は偉明に付き添われるようにして劉愛霖が置かれているらしい部屋へと向かった。
その僅かな道すがらに偉明は「劉家は、あの娘の事などどうでも良かったのかもしれんな」と呟くように言う。
なぜ、と視線だけを向ける琳華はまた緊張した面持ちになっていた。
「どんな手を使ってでも朱王家に取り入ろうとした。しかし手の内が露見した今、彼女の養父は知らぬ存ぜぬを突き通している。今までもそうやって掻い潜って来た。聴取をした下男も主人ではなく娘に頼まれて禁制品の粉香を仕入れた、と言っている。だからこれは全て娘の独断であり、もとより彼らはあの娘を」
「……捨て駒にするつもりだった」
足を止めてしまった琳華に偉明は目をきつく細める。
周家の直系の娘たるもの、と日頃から色々な感情を押し殺していることくらい分かっていた。彼女の持つ侍女もまた、元は下級ながらも貴族の子女。訳あって、運よく周家にやって来ただけの不安定な立場だった。
「周琳華、大役を頼めるか」
名を呼ばれた琳華は二人の宮正が立つ扉の向こうを見る。
「この接見ひとつで劉愛霖の全ての処遇が決まると言って良い。ご息女の進言には力がある」
私はここまでだ、と偉明は足を止めた場所で琳華を見送る事を決めたようで濃紺の長羽織を翻すように廊下の端に体を除け、次に薄桃色の衣裳が揺れた。
「行って参ります」
「ああ、武運を」
音も無く、上等な薄桃色と簡素に結われ、流されている琳華の長い髪が揺れる。緊張と不安で強張る身だとしても、振り向くことをしないその細くも真っ直ぐな背を偉明はじっと見つめていた。




