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本当の秀女選抜 (2)

 

 朝食の膳が運ばれる時間になる。

 相変わらず琳華の部屋の前は賑やかだった。最年長の年増、と言われもしたがその落ち着いた立ち居振る舞いや美しさに取り入ろうと下心を隠せないでいる年若い下女たち。そんな思惑が透けて見えていても琳華は配膳の感謝の気持ちとして用意をしてくれる者には花が咲いたようににこっと笑いかける。

 計算された笑顔ではあるがこれも全ては宗駿皇子の為であった。


「……下女の方々がこの様子だと例の賄賂、役に立ちそうね」

「お嬢様が研究に研究を重ねて作った美味しい甘味ですからひとたび口にしてしまえば……うふふふ」

「別に変な混ぜ物はしてないのだけど年々、技術は向上しているから」

「糖蜜の煮詰め方、火加減もしっかりと帳面につけられていますし」

「二人でちょっとした商いを始めても良いくらいよね。後宮で働く女性たち御用達の甘味問屋とか」


 冗談交じりに笑う琳華だったが周家の利益についての教えに則ればそう言った考えも自然と浮かぶ。

 とにかく琳華と梢は小さな頃から色々と生きてゆく術を『周家の教え』や『家訓』として両親からことあるごとに躾けられてきていたのだ。


「それにしても調理場が近いからかしら。しっかりと温かい物が食べられるなんて」

「話に聞くところ、どうしても炊事などの場所から離れている宮の方は時期によってはすっかり冷めてしまうみたいですね」

「女性が、特に皇帝陛下や皇子様の御寵愛を賜る身を冷やすのは良くないと思うのだけど、なかなか事情は厳しいようね」


 二人ともが琳華の母親から「体を冷やさないように」と口うるさく言われていた。なんとなく距離を置いていた琳華ですら寒くなる前には新しい綿が詰められた羽織や布団が与えられ、別に傷んだりなどしていない綺麗なお下がりはそのまま梢に与えられたり通いの使用人にも冬支度のための俸禄(ボーナス)として配られていた。


「わたくしたちも有難く頂かないと……とは言え」


 耳を澄まさずとも、朝食も無しに出て行かされる秀女の声が聞こえる。それからの二人は黙々と食事を済ませ、梢は琳華の最終的な支度を手伝うと座学の為に二階部分に向かう主人を見送った。


 ・・・


 午前中は作法、礼儀についての座学と実践をみっちりと女官によって教えられる。当初十二人いた秀女は十人に減っていた。

 あまり前面にしゃしゃり出るのも、と琳華の定位置は後方の席だったのだが反対に積極的な丹辰は一番前の席で熱心に講義を聞いている。

 座学の合間、小休止の時間が与えられれば秀女たちは真っ直ぐに伸ばしていた姿勢を崩し、それぞれに小さな溜め息をつく。流石に今日は遅く起きた琳華も深呼吸をして隣の席の劉愛霖の様子を伺った。


「愛霖様、お加減はどうですか?」

「ひぇ、あ……はい。お陰さまでなんとか持ち直しました」

「そう。それなら良かった」


 気軽に話し掛けられた愛霖は頬を赤らめて恥ずかしそうにしているが琳華は梢が作ってくれた甘味の紙包みの一つを差し出した。


「少しですが、どうぞ」


 甘い物よ、と中身を教えながらにこっと笑う琳華に愛霖の表情がたちまち明るいものに変わる。


「適度な甘い物は心も体も元気にしてくれますからね」

「琳華様……っ」


 うるうると瞳を潤ませる愛霖が喜んでくれているようで琳華も一先ず安心する頃、梢も同じように下女たちにちょっとした賄賂をばら撒いていた。


 小休止の最中も前列にいる伯丹辰とその仲間たちの(ヤン)(ユン)(ヨウ)の三人は話をしているようだが家に帰されてしまった秀女と仲が良かったらしい一部の者は少し孤立している。

 別に無理に仲良しになる必要もない。これは女同士の下剋上、真剣勝負の戦いなのだと思えば一人でいたとしても何も不自然さはない。

 琳華は考える。自分を抜かした残り九名の中にまだ黒い思惑を持った者が潜んでいるとして……。


(それならすべての方をわたくしが掌握してしまえばいい。ここにいる全員とわたくしが仲良しになってしまえば自在に操れ、)


「……さま、琳華様」


 愛霖に呼ばれた琳華の意識が切り替わる。

 今、まるでぐつぐつと煮えたぎるように一瞬で沸いて溢れた感情は何だったのだろうか。

 いくら尊い命令を受けて行動をしているとは言え人を、人の心をどうこうするつもりなんて無かったはずなのに。


「あの、もし琳華様がよろしかったらなのですが……座学が終わったらわたくしの部屋に少しお寄り頂いてもよろしいですか?最初からずっと気に掛けてくださって、わたくし何もお礼をしていなくて」

「そんな、逆にわたくしの方が気を遣わせてしまったかしら」


 琳華は最年長だから、と言う手前もあるがほとんど自然と面倒を見ただけで体の調子があまりすぐれないような者を無視して放っておけるような冷淡な性格もしていない。

 そんな後席での小さな会話に誰しもが聞き耳を立て始めているがちょうど小休止が終わり、担当の女官が入室する。


 終わる頃には皆がへとへとになっていたがそれでも部屋に入るまで姿勢を正して廊下をゆく。そんな意地を背すじに通した華やかな一団は今日はこのあと予定が無いのでどうするか、と言う話をしていた。ある者は気晴らしに散策へ、ある者は部屋で横になりたい、と一番後ろを歩いていた琳華と愛霖の耳にも聞こえて来る。


「あの、琳華様の好みに合うか分からないのですが」


 劉愛霖、と札が提げられている扉の前。部屋の中にも通してくれる愛霖の後ろで彼女について来た琳華はすぐに部屋の中が甘くいい匂いになっているのを感じる。


「わたくし、香などを集めるのがちょっとした趣味で」

「そうだったのですね。だからいつも愛霖様から甘い香りが……どちらの香をお使いになっているか伺いたかったの」

「ほ、本当ですか?!」

「ええ。でもあまりずけずけと聞いてしまうのも失礼ですから」

「そんな……親しくしてくださるのは琳華様だけです。秀女として競い合う仲だからでしょうか。生まれや家柄などをしきりに聞いて回る方もいて」


 少し俯く愛霖は侍女を持っていない。

 つまり彼女の家柄はそこまで、と言うことだ。実家には使用人がいるのかもしれないが後宮に連れて来られるような作法などが身についていないなら愛霖は単身でやって来るしかない。



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