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本当の秀女選抜 (1)

 

 夜が明け、再び泣いている秀女の声に皆が早々に起きて淡々と支度を済ませる朝。

 寄宿楼の端っこの角部屋にも朝陽が差し込む。昨日よりもふかふかの布団にくるまれていた主人は珍しく起床が遅く、様子を見ていた梢は「疲れていたのかな」と自身の身支度を整える。

 琳華はいつも使用人と同じくらいに早起きなので遅く起きようとも予定的には何も問題はない。屋敷に居る時も朝早く起きた琳華は勝手に屋敷内の庭木を弄ったり散歩をしたりしている。三日に一回くらいは「健康のために」と兄たちから教わった演武の型の練習もしていた。


「んー……っ」


 流石にもうそろそろ起きるだろうと桶に水を汲みに行ってしまった梢とほんの僅かな時間差で起きた琳華。屋敷での寝起きとはまるで違う、忙しなく行き交う人の気配を感じ取る。

 窓辺に寄り、少しだけ空気を入れ替えるために開けた時だった。


「周琳華様のお部屋ですね」

「っは、い。そうです」

「そのままで構いません。こちら、隊長からの文で御座います」


 二人分の影が窓越しにあるが中は覗かず……寝起きの女人の為にす、と窓枠に細く折りたたまれた紙が差し込まれる。その二つの人の影はすぐに立ち去っていった。起き抜けの琳華の頭は外廊下も兵が巡回していて、その中に偉明の息が掛かった隊が混じっている事を思い出す。


(頭が全然回ってない。わたくし、もしかして自分が思っている以上に疲れている……?)


 でもまあ環境も違うし致し方ない、と割り切ることが出来る琳華は寝間着のまま渡された文を開く。そこに書かれていた筆文字はまるで偉明の人柄を表すように細く繊細で、寝ぼけ眼も冴えてしまうくらい今まで受け取ったすべての文の中で一番美しかった。

 将軍の次の位あたり、皇子の側近として務まるほどのもはや最上級とも言える武官だと言うのにこんなにも細く、美しく――力強い字を書くなんて。


(父上も武官としての一線から退いた後は事務作業が多くて嫌になる、と嘆いていらっしゃったけれど偉明様もよく書をしたためられるのかしら)


 日頃から筆をとり、結構な量の文書を書いているのかもしれないと推測する琳華は『今日の予定は無い。また、夜に』のたったの二行でも心がなぜだかどきりと揺れてしまう。しかもまた『夜に』会って偉明自身は本当に大丈夫なのだろうか。


「あ、お嬢様。おはようございます」

「おはよう、小梢……寝過ごしちゃったみたいね」

「冷たいお水で顔を洗いますか?」

「ええ、そうする」

「私もお水で洗ってきました」


 えへへ、と笑う梢は朝の支度を始めてくれる。

 水桶など用意さえしておけば琳華は全てを自分一人でやってくれるので着替えの時くらいしか梢は手伝わない。極力、琳華からもそうして欲しいと言われてきていた。梢もそれが普通ではないと知っているが周家自体、なかなか型破りな家なのですっかり馴染んでしまっている。


「薄化粧の方が楽ね」


 朝食の膳などの為に人の出入りが始まる前に琳華はすっかり一人で身支度を整えてしまう。今しがた偉明から手紙が来たと梢にも見せ、今日の皇子はお忍びでも現れることはないらしいので地味な色合いの羽織を着る。髪もゆるく軽くまとめる程度にしたいが気を抜き過ぎるわけにもいかない。


「お嬢さまぁ~本日も昨日の紅にしましょうよぉ~」


 今日も渋い色合い……赤みを少し帯びた紫色の羽織を琳華は選ぶが確かにこれを纏うなら昨日の紅ともよく合う。衣裳と化粧品に関しては大体色味を二色に絞ってきていたので薄い桃色の口紅は今日の羽織には控え目過ぎると梢は判断したようだった。


「小梢は色の感覚が人より優れているのかもしれないわね。刺繍も上手だし」

「そ~んなぁ~褒めてくださっても私からは何も出ませんよぅ」


 口調も表情も満更ではない梢が可愛くて笑みをこぼす琳華だったが今日の座学は侍女たちが付かない。その間に梢には単独で動いて貰うわけなのだが……。


「ねえ小梢、頼んでしまっているこちらが言うのも……その、どうか今日は気を付けて」

「はい。賄賂はたんまりと用意しましたから大丈夫ですよ」

「ふふっ……わたくしも一つくらい袖の下に持っていようかしら」


 後宮内での甘いお菓子は貴重だった。

 働いているのは皆が年頃の女性たちで、育ちざかりでもある。時に甘い物も欲しくなるのだがなかなか手に入りにくい。

 昨晩、どうやら梢は夜なべをしてお菓子の紙包みを作っていたようで卓の上に置いてあった小さなつづらの蓋を開けると一つを手にとって開き、中身を琳華に見せる。


 紙包みの中には琳華が持ち込んだ糖蜜漬けの甘い干し果物の上物がごろりと三粒、入っていた。ちょっとした噂話や内情を喋らせるには十分な質のブツだった。


「小梢の準備は万端。わたくしも午前中いっぱいはお作法のお稽古だから気は抜けないわね。座学を担当されている女官様は一から丁寧にお話をしてくださるけれど」


 秀女たちの座学全般を教えるその女官は怒る事が無い人物だった。

 しかし周家で厳しく、勇猛果敢に育てられた琳華にはそれがとても恐ろしいことなのだと悟られていた。丁寧に教えはするが全く怒らないし、手違いに対する助言すら無いと言うことはその時点で『見限られている』のだ。所詮はその程度、と。

 健全に気位の高い琳華は物事の真意を見つけるのが上手い。だからこそ表向きは優しくともその実、あまりにも冷酷な面を持つ女官によるこの座学の時間がいささか苦手だった。


 自分が間違った部分は自分で見つけ、理解し、直さなければ本当に『所詮は甘やかされて育った根性なしの貴族の娘』の烙印を押されてしまう。

 所作などは日々の積み重ねが物を言うがこの後宮では(むご)いくらいに直さなくてはならない期間が短い。それに秀女の段階ですら第三者から求められる物事の数も多かった。

 ひょんなことから皇子や皇帝から寵愛を賜ったとしてもその重責に耐えられなくなった女性もきっと少なからずいるだろう、と想像するだけで胸が痛むくらいには厳しい環境だった。



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