本当の秀女選抜 (3)
人にはそれぞれ理由がある。
それでも秀女になる為の試験に愛霖も合格したのだ。
皆が一定の水準、それ以上の能力を持ち合わせている。
「えっと、琳華様にはすっきりとした香りがお似合いになるかとずっと考えていて」
部屋の扉の前にある衝立の奥に招かれた琳華はやはり自分と梢が使っているあの角部屋が布団部屋そのものだったのだと再確認しつつ、実家から持ち込んでいるらしい香を選んでくれている愛霖の細い背を見る。
梢のように彼女も華奢だったが愛隣は骨そのものが細いように見える。どちらかと言うと自分はよく体を動かしているのもあって頑丈だ。日焼けだけはしないように、と口うるさく梢から言われていたので屋敷の庭では髪を下ろして男性物のつばの広い帽子を被らされていたし、外では貴族の年頃の女子がよくやるように薄手の羽織物を頭から被っていることが多かったが正直、邪魔だと思っていた。
愛霖の首筋は白く、細い。琳華は男性視点の好み、と言うのを今まで考えた事などなかったがこうしていると何となく理解する。愛霖は繊細で、綺麗だ。それにどこか守ってあげたいような雰囲気がある。
「よろしかったら使ってください。絹袋に入れて香嚢にしてありますので」
差し出してきたのは手の平ほどの淡い黄色の絹の巾着に入った物。これなら火を焚かずとも持ち歩いたりして香りが楽しめる。もちろん、寝台に提げていても良い。
「ありがとう。大切にするわね」
競い合う秀女同士ではなく、年長者としての礼節を重んじるように軽く頭を傾げて礼を言う琳華に愛霖の方が恐縮してしまう。
「もし困ったことがあったら気兼ねなくわたくしに……少しばかりかもしれないけれど力にはなれると思う」
琳華の持つ芯のある気高さに愛霖も頷く。
きちんと整頓されている彼女の部屋を後にした琳華は豪華になった元布団部屋に戻り、出迎えてくれた梢に「劉愛霖様からいただいちゃった」と早速、小さな巾着状の香嚢を見せた。
そして梢の方も「ぐふふ」と妙な笑い方をしながら随分と豪華な仕様になった卓の上、陶の器に山盛りになった桃饅頭を主人に見せる。
「あらあら、うふふ」
部屋に入るまでは澄ました顔をしていた琳華もにやにやと口元を緩め、妙な笑い方を梢だけに見せる。
「お嬢様もよい成果がおありになったようで」
「小梢も」
「ええ、はい。それはもう……この饅頭をまた賄賂にして……ぐふふふふ」
初戦の結果にしては重畳だった、とお茶を用意しながら梢は言う。
偵察に出ていた梢は先ず初めに食事に温かい物が提供されており、主人もとても有難く思っている、と感謝の気持ちを述べてからそのお礼として琳華から持たされたのだと菓子を配った。甘い物に目が無い自分よりも更に若い下女たちは見事、それに飛びついた。
しかもその甘い物はちゃんと『周琳華からの給仕についてのお礼』として成り立っているのでちょーっとだけ後宮で噂されている世間話などを梢が聞いたりしても誰も怪訝な表情などせず――梢は手始めに寄宿楼で仕事をしている皆は誰が正室や側室として残れると思っているか、と問いかけた。軽い賄賂と琳華の猫の皮四枚を被った立ち居振る舞いのお陰で真っ先に『周琳華』と名が上がったが梢は主人以外で、と持ちかける。
ここだけの話、と言いつつもどうせここだけではない話は琳華を筆頭としながらも『伯丹辰』の名が二番目に挙げられた。行動力や愛嬌がある者は後宮で生き残りやすい。次にその丹辰の取り巻きたちの一人、楊の名が挙がる。やはり強い者に取り入る狡猾さも後宮では必要とのこと。
仕事の合間のちょっとした内緒話の最後に名前が挙がったのは意外にも『劉愛霖』だった。
それはどうしてなのか、と梢が聞いたところ「侍女も連れて来られないような下級貴族の出なのに」との回答を得た。
「多分、愛霖様は皆の憧れなのかもしれません。下働きの者の大半は男女問わず読み書きが十分ではありませんから」
小梢も一緒におやつとして食べましょう、と琳華から桃饅頭を勧められた梢はお茶を淹れ終ると椅子に座って小さな饅頭に手を伸ばし、先に毒見としてひと口食べる。
その間にも梢の話を聞いていた琳華は小さく何度も頷きながら梢の言葉を噛みしめる。そして次は自分の番、とその愛霖から自分の思いやりの行動のお礼に香嚢を貰ったのだと説明する。
「この香は愛霖様がその場で調香したのだけど私には柑橘が似合う、って。やっぱり私の性格、ちょっと見えてしまっているみたい」
「でも甘さ控えめで青く清々しい……まさにお嬢様らしい香りです。お着替えの場所に提げておきましょう」
「ええ、お願い。あ……でもあまり下女の方々に賄賂を渡してしまうと当たり前だけど減ってしまうから父上か兄上たちのどちらかにそろそろ手紙を出したいのよね。わたくしと小梢の部屋それぞれに秘蔵のお菓子入れが……」
甘味の数には限りがある。
家族は皆、琳華が引き受けた大役を知っているので出仕している父親か兄二人のいずれかに頼めば追加の持ち込みも可能なはず。
「それなのですがどうやら四日後、仮の入宮を許可された商人たちが庭に大勢やってくるそうなんです。宮殿にお仕えする皆さんの手が空く夜に……二日間ほど夜市が開く、と」
「あら本当?流石、わたくしの小梢ね。耳が早い」
えへへ、と胸を張る梢は「女官様たちも流石に気が緩む日だそうで申し出をすればお買い物に出られるかもしれません。あくまでもお嬢様たち秀女の方々はまだ後宮の客人ですし」と鈴が弾むような声音で話を進める。
「そうとなると女官様にもわたくしから進言をした方が良いかしら。切磋琢磨をしている束の間、と」
「お立場を考えるとお嬢様からの進言は効果が大きいかと思います。どうやらお嬢様、噂によると女官様たちの間でも評価がとても良いとのこと」
「わたくしが?」
「んもぅ、お嬢様は何も特別しなくても素晴らしい方なんですから」
そしてそんな主人に仕えている自分も鼻高々、とまで梢は言わなかったが表情が物語っていた。
そんな侍女に琳華は話を続ける。
「秀女と言っても愛霖様のように侍女を持たない方は他にもいらっしゃる。それこそ都で商いが出来る程度の商家で頭脳明晰であった方……父上からは大半が貴族の娘だと聞いてはいたけれどお家柄は本当に様々なようね」
「はい。私もまだ今日は聞く段階ではないと思ったので軽くお話を、だったのですが秀女の方お一人ずつの正確な情報が欲しいところですね」
「ええ、本来ならばわたくしに情報を寄越して下さる筈の父上から手紙の一つも来ない。検閲があるでしょうから迂闊なやり取りは避けるべきだとしても……」
ひとつ進むとまたひとつ詰まってしまうことに「ふう」と軽く溜め息をつく琳華も梢が毒見をしてくれた桃饅頭を大きく食み、とりあえずいつ何が起きてもいいように鋭気を養う。




