「エピソード54 賢闘士編:『常命なる者よ鬨が来た!-ノルンが調べを掻き鳴らす!!-』」
≪それで、またここに還ってきたと≫
【あぁ……うん。この編って説明すんのキッツいからぁ……】
彼は何時も通り、右頬を右手で支えていた。そして、どこから説明したら良いのか視線が泳ぎだす。
【結局説明も何もって……って思うと思想系になってしまうんだよな。僕にとっては少女アニメであり。ファンタジーであり、冒険譚なんだよね……】
それから、手を左右にふらっふらっと揺らした。彼の顔には、また「しゃーない状態になったなぁ」という顔が滲んでいる。
≪説明してくれますよね?≫
ヴァルが私にアイスティーを勧めてくる。
(9月にもなって……)
【アールグレイだよな?】
≪ダージリンですよ。あなたはアッザムでも、チャイでも好んで飲むじゃないですか≫
【そうだけどさぁ? 季節によって飲みたい茶葉とかあるでしょ?】
≪……話を戻しても?≫
【? 何時、切り出すのか様子見してたわ。好きなタイミングで入って来てくれ】
どうも、この人の悪い癖なんだろうと僕は思った。彼は自分自身の話をしたくて。引っ張る癖があるんだと。僕は段々と気づき始めた……。
≪話してくれますか?≫
彼は視線を左右に揺らしている。
【僕は制御できないんだ、それでも構わないかな?】
その瞬間に彼の視線が一点に鋭くなる……。彼は紅茶を飲み始めた。『さて、どこから説明しようか?』そんな雰囲気が漂い始めた。
【今回はアヴェーラとフィーネの思想、概念を弁論する回だ。だから、君もきちんと聞いておくれ】
作者は分厚い、設定資料集をリュックサックから引っ張りだして、机に置く。それからパラパラと頁を捲った。
【現時点から説明するには膨大過ぎると思うんだ。大丈夫かい? 58万文字のデータベースから、一砂を握る占める覚悟はあるかな?】
≪……一握りだけ、ですか?≫
僕は質問した。その後に彼が口にした言葉が僕の胸に突き刺さった。
【君は珈琲を好むね? どの種類かは君が教えてくれた気がする。然し、君について良くは理解してない。それは君自身を作り出す一要因を片手で掴んだだけに過ぎない……それで? ――君を知り得たと思うのは烏滸がましいとは思わないかい?】
気が付けば、紅茶がグラスから綺麗に無くなっていた。
【長い、御伽噺だったね? ヴァル……。君の御伽噺を聞かせてくれないか。時間は余り余っているのだから……】
彼は、真っ白のノートを背中越しから取り出して机越しに手渡してきた。
―――もう。遊戯は始まっている。
≪「常命なる者よ鬨が来た!-ノルンが調べを掻き鳴らす!!-」プロットとプロセスについて≫
作者である私は先にリヴァナとアストレアの対立について『プロメテウスは告げる、自らを擬製にして-エピメテウスは世を憂う-』」の部分で明示して来た。今度は、少しづつ階層を下げる必要があった。
貴族と尤も低い民衆との激論、それは互いの境界で波をお互いに発生させて打ち消している状態だった。
レオニウス司教が「皆、落ち着きたまえ……」といった理由は其処に或る。
中世に於いてこの思想は現代にも通ずる所がある。リベラル派と保守派みたいなものだ。それは言うなれば、タカ派であり、ハト派であり。共産主義と資本主義といった。思想の境界線なのかもしれない。人々には認知の境界がある。それは自分自身の意味として捉える者も居れば、その話の連続性として捉える者も居る。どちらも誤ってはいない観点なのかもしれない。
(一旦、君達の認識レベルを下げよう、話がズレてきたなとは思うが、結局、人間の認論は其処に行きつく。それを否定したり、過ちであると指摘する度に溝は大きくなる。だから、認知デバイスを修正するというは凄く難しいことなのだ……。では、話を戻そう)
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≪「常命なる者よ鬨が来た!-ノルンが調べを掻き鳴らす!!-」について≫
レオニウス司教がは次の弁論者を引き立てよ!の場面からストーリーは進む。此処でやっとルキウスがどんな人物なのかを後出しとした。
本編中では、突如、一人の貴族が身を乗り出した。深紅のマントを帯び、眉をひそめて叫ぶ。
「諸君、聞いて欲しい!」
その声は高く鋭く、聖堂の静寂を切り裂いた。
ルキウス――その名は、貴族の間で評判となっていた。何しろ、この御曹司は名家の誇りを身に纏いながらも、それを憚ることなく弁論に立つ。弁論者を輩出する名門、『プラウディウス家』の御子息なのだ。
ここで初めて、ルキウスがどのような人物なのかを明示した。
コロッセオに到着した時点で、読者が知っていたのは、彼が貴族であるということくらいだった。常に二人の貴族が連れ立っているため、名のある人物なのだろうという予測はできる。しかし、それ以上の詳細については明かしていない。
だからこそ、ここでルキウスの家柄や、貴族の間での評判を後から提示した。
何故、後出しにしたのかというと、ルキウス自身というよりも、『プラウディウス家』に由来している。
御曹司とは言っているが、彼は弁論だけを担う人物ではない。弁論に立つ一方で、実際に前線へ赴き、剣を揮う人物として配置してある。彼にとって、弁論と武勲こそが誇りなのだ。だからこそ、深紅のマントを帯びている。
≪『プラウディウス家』――その家訓は「剣と口」。ルキウスは、その殿堂を颯爽と邁進していたのである≫と、本編では説明している。
此処は敢えて、説明した。読者もどうせ理解しきれないだろうなと私が思った次第だ。
「確かに修道女達の言葉は美しい、理屈も立っている。だがしかし……核心が見えぬ。なぜ誰も、はっきりと宣言しないのだ?」
「この場に居る者達も、そうであろう!?」
ルキウスはそう圧を掛けてくる。その後のコロッセオ内は貴族、修道士達もざわついている。その後に貴族と修道士はアウレリウス司教の低い声が、聖堂の空気を切り裂いた。「次なる剣闘士を! 次なるものを!」その言葉によって、ストーリーが進んでいく。
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≪フィーネとアヴェーラの弁論について≫
フィーネとアヴェーラの属性と立場については、≪「エピソード51 賢闘士編:『疾き(時)に”選別”は死角(視覚)-眸界外より控えて-」(In.Ⅰ)』」≫にて既に説明している。そのため、このプロットとプロセスでは一切説明しない。必要に応じて、過去の内容を参照して下さい。
フィーネとアヴェーラが話している内容は……。
此処ですべてを明かすと、皆から「クソ長ぇよ、早く巻けよ!」という声が聞こえてきそうなので、箇条書きにしていきます。
【フィーネの内容】
・契約も理も、力ある者によって形づくられる。しかし、力が正しさを保証するわけではない。
・商の営みは流れを操ることはできても、農や庶民の日々の働きがなければ成り立たない。契約も理も、人々の生活の上に成立している。
・「腹が満たされねば理は続かぬ」という考えから、強き者と弱き者が共に一つの流れを支える必要がある。
【アヴェーラの内容】
・その均衡は、男女の別にも通じる。性別や立場によって理を傾ければ、いずれ均衡そのものが崩れる。
・身分や性、立場の違いは人の世に存在する。しかし、農や商の営みにおいて、男か女かという理由だけで土の実りや帳簿の数字が変わるわけではない。
・ならば、なぜ弁論の場においてのみ、性や立場の違いが重く扱われるのか。
・神の御前では、誰もが等しく「人」である。ならば、言葉に耳を傾ける時もまた、等しくあるべきではないか。
フィーネが示した庶民の視点を、アヴェーラが性別や立場の問題へと広げている。つまり、この二人が話しているのは単純な「男女平等」の話ではない。人が生きるための営み、契約、理、身分、性別、それらを一つの均衡としてどう捉えるのか。
そこを二人は、それぞれの立場から弁論している。
※初案では、フィーネとアヴェーラが弁論する内容は真逆であった。本編を執筆する中で筆が滑り過ぎた結果、当初想定していたものとは正反対の内容になってしまったのである。そこで敢えて、二人がお互いの言葉を理解し、補い合っている形として描写することで、物語上の整合性を調整した。
最終的に二人は互いに視線を交わし、友としての絆と、共に戦う覚悟を確認し合った。その後、二人は弁論壇から引き下がる場面へと移っていく。
此処から、ネル先生の思惑や、アウレリウス司教の「次なる賢闘士を! 次なるものを!」という催促の場面が入り乱れていく。
ネル先生は修道女達の弁論に可能性を見出し、その行く末を願っている。一方、アウレリウス司教は、貴族や修道士達が互いに相談する時間を与えないよう、次なる賢闘士へと話を巻いていく。
最終的に、主人公であるナーレが弁論壇へと移動していく。
貴族達の囁きが一瞬止まり、修道士達の鵞筆が再び動き出す。レオニウス司教は穏やかに頷き、カリスト司教は唇を引き締め、アウレリウス司教は静かに目を細める。
※作者として、此処は一番悩んでいた。裕福な農家という設定上、ナーレに何を言わせるべきなのか。一時間ほど悩んだのは言うまでもない。色々と考えた結果、農家の娘としての解答を並べることにしたのだ。
捻り出した回答が、「我々は土を耕し、種を蒔き、実りを待つ者です」彼女の声は低く、しかし力強く、聖堂の石壁に反響した。「貴族の契約も、商人の帳簿も、司教の教えも、畑の実りなくしては成り立ちません。神の御前において、人の手で耕された土の価値は、誰の手であろうと同じです」
そして、「力ある者が理を定めるならば、その理は土を耕す者の手によって支えられねばなりません。さもなければ、理は空虚なものとなるでしょう」というものであった。
……今振り返っても、ここまで捻り出すのに頭を悩ませたのは言うまでもない。
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≪ルキウスの再登場≫
ナーレの弁論の後、コロッセオ内はしばし静寂に包まれる。貴族も修道士も、ナーレの言葉について考えたのだ。『自分たちが議論していた“理”は、実際には何によって支えられているのか?』というのを頭の中で思案している。
「待った!!――」と。ここぞとばかりに、ルキウスが登場する。ストーリー本編では、「熱情の海に、一人立つ影。『徒に海に身を投げた者』――それが、ルキウスだった」と描写している。
※『徒に海に身を投げた者』と明記しているが、これはアウレリウス司教が口にしていた「我が手足を捕らえ、海へ投げ入れるがよい。そうすれば、『海』は穏やかになる」という一文に掛かっている。
ルキウスが登場すると、貴族も修道士も、何が気に入らなかったのか、彼に文句を投げつける。しかし、ルキウスはナーレに対して、「ならば、修道女よ――貴公は、人を殺める覚悟があるのか。その土に塗れた手に血を塗る覚悟、できるのか?」
「さも平等を口の端に乗せるが、貴公にはできまい? 私ならできるぞ。手が土に塗れることなど、朝飯前だ」と問い掛ける。
これは、ナーレの弁論そのものを否定しているのではない。ルキウス自身が持つ「誇り」に対する価値観から、ナーレが語った言葉を問い直しているのである。
彼は、自らの誇りを示すように、ナーレへ両手を開いて見せた。両手のひらには、剣と鵞筆によって作られたタコが刻まれている。そして右手の中指は、不自然な方向へと曲がっていた。彼が指を広げようと踏ん張るたび、その中指は不自然にカクカクと動く。
真っすぐに伸びない指先は、まるで宙を這うかのように揺れていた。その手には、弁論と剣。そして、その二つを誇りとして生きてきた男の傷跡が残されていた。
※ここでは、ルキウスが実際に戦地へ赴いていたことを示すため、手に刻まれたタコと、折れてしまった中指を見せている。彼にとっての「誇り」が如何様なものなのかを、言葉ではなく身体そのもので説明するシーンである。
彼は最後に、ナーレへ向き直った。
「さぁ――。弁論を聞こうではないか、修道女様。私めにお慈悲を――」
そう言うと、ルキウスは恭しく一礼する。
片足を後ろへ引き、腰を折る。まるで舞台上の貴族がするような、優雅な所作だった。
※此処でのお辞儀は、片足を引いて腰を折る、一般的な貴族の礼を想定している。
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≪次回展開の幕引き≫
次回展開への幕引きとして、ナーレとルキウスの視線が絡み合う。ルキウスは先に弁論を終えているため、ここからはナーレが彼の問いに答えなければならない。
シーン上では、ルキウスが具体的にどの位置に立っているのかまでは、あえて正確に描いてはいない。ただし構図としては、弁論壇の前に立ち、群衆から良く見える位置でパフォーマンスをしている。
彼はナーレだけに問い掛けているのではない。群衆の視線を集めながら、あえてナーレへと弁論の場を譲っているのである。つまり、ルキウスが先に弁論し、ナーレがそれに答える。
※このシーンは、作者である私自身は剣道の「間合い」をイメージしている。つまり、二人の間に生じる視線の隙間である。
相手の言葉が途切れた瞬間、どこから自分の言葉を差し込むのか。
あるいは、相手が作った空隙へ、自分は飛び込むことができるのか。
その感覚を、弁論の場に置き換えている。本編中では、「孔隙の空――互いの剣と剣で織り成すスペースに、私は飛び込めるのか――」として表現している。
其処から先は私の詩的表現になっているの。それについて一旦、分断して解答しよう。
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≪作者の詩的表現≫
ストーリの最後では、私の也の表現が入った。それを一旦、全文出してしまおうと思う。
静かに、しかし虚しくも空虚が訪れる。
女神達もその運命を知りつつ、私に天啓を与えなかった。
役者は揃った。
横に並ぶ運命の糸に、針を通すように。
そして、最後の縦糸を通すために、糸を針に通す。
縒り上げる――その瞬間が、訪れた。
≪ならば、機智で以て受け流してみせよう!≫
ヴァルの声が、私の胸を貫き、心を疾走させた――。
―――次の弁論が始まる。
ヴァルの声が、既に告げられた瞬間だった。
※此処では、比喩表現の飛躍が連発している。神話 → 舞台 → 織物 → 剣 → 格闘技の順番だ。
先程申した通り、ナーレは自らが話すタイミングを狙っている。孔隙の空を見定めているのだ。つまり、口撃によって生じた隙間を狙っている。
ただし、単純にその「孔」へ飛び込むという意味ではない。相手の言葉によって生じた空隙を見極め、その空隙を利用して、自らの意図を通すのである。
結論的に言えば、ナーレが狙っているのは「孔に入る」ことではない。孔を通して、自分の意図を相手へ届かせることなのだ。
だから途中で、織物の比喩が登場する。そして、それに付随する形で女神達も登場する。彼女達は運命を司る女神達であり、運命を糸として織り上げ、それを掻き鳴らしている。
もう、ご理解いただけたと思う。タイトルである『常命なる者よ鬨が来た!-ノルンが調べを掻き鳴らす!!-』という言葉の意味は、此処に由来している。
運命を司るノルンが運命を織り上げ、それを調べとして掻き鳴らす。そして、役者が揃い、運命の糸が織り上げられた瞬間、次なる弁論が始まる。
つまり、此処までの流れを追うことで、タイトルにある「ノルンが調べを掻き鳴らす!!」という意味が、ようやく見えてくる仕組みになっていたのである。
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これで、『常命なる者よ鬨が来た!-ノルンが調べを掻き鳴らす!!-』のプロットとプロセスについての説明が終わったと思う。とても長い説明になってしまい、申し訳ございません。
賢闘士編については、残すところ後一話で説明が完了する。
五十五話≪「治世は騙りき、処女は語る」-叡智はカタルシス、世情はオシリス。汝、片割れなる者-≫では、ナーレが現状に行き詰まり、ヴァルに助けを乞うシーンが入る。
――そこで、ヴァルへとバトンタッチする。ヴァルとナーレの精神がバトンタッチし、弁論会は最終章へと移っていく。『ヴァルの声が、私の胸を貫き、心を疾走させた――』と本文中に明記していたが、あれは正に、ヴァルからナーレへと精神的なバトンが渡されることを示唆していたのである……。
「エピソード54 賢闘士編:『常命なる者よ鬨が来た!-ノルンが調べを掻き鳴らす!!-』」
皆様、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
『第五十四話「常命なる者よ鬨が来た!-ノルンが調べを掻き鳴らす!!」』において、プロットや物語の進行意図を、少しでも感じ取っていただけたのであれば幸いです。
結構、ボリューム感があったと思います。
【賢闘士編については、後一話です。それから先は、皆様もご存じ。躰道する基軸編に入ります】
躰道する基軸編は、作者が賢闘士編を完遂した後のストーリーを全く組んでいなかった為、かなりグダグダしているストーリー群になります。該当話数は、五十六話~七十四話になります。
作者が『城下町の市場調査』だよ、とタイトルで誤魔化していますが、実際には最高にグダグダしている山場である。
色々な要素や設定を散らし、皆様の意識をストーリーそのものから逸らしている。手品師が次々と別の場所へ視線を誘導するように、作者が手品をしていると思って下さい。
【巡礼編の序章としては、七十五話「家政婦体験篇Ⅰ」から突入していく。此処から先は、作者自身も未知の領域へ侵犯している状態です。地図すらありません】
それについては、全て私からきちんと説明致します……。




