「エピソード42 中世編:道化編『魔術師は賽を手では振らない-封印編Ⅲ-』」
≪それで……諏訪大社四宮巡りは、いかがでしたか?≫
僕は主の様子を窺いながら、静かに尋ねた。
【あぁ……まるで『俺の屍を越えてゆけ』の「地獄巡り」のフラグを踏んだ気分だ。とはいえ、『術網羅地獄』ほどではなかった】
────。
≪なんですか?『俺の屍を越えてゆけ』って……≫
僕は思わず問い返した。その名が妙に引っ掛かったからだ。
【それはな……人間の人生を語るゲームだよ。『俺の屍を越えてゆけ』では、初代頭首を祖として、一族を代々育てていく。最大二百五十六人もの人物が生まれるけれど、一人ひとりの寿命は短い。その限られた命を次の世代へ繋ぎ、百年の歴史を紡いでいくんだ】
≪なんですか、そのシステム……≫
【古いゲームさ。アルファ・システム作品では、ガンパレード・マーチという作品がって。仲良くしすぎるとトラックにはねられて死ぬわ、友達だと思っていた奴に背中から刺されるわ、人間関係のドロドロで命を落とすわ……本当に何が起きても不思議じゃなかったからな】
≪……≫
【なんだ?古のゲームの闇を感じたのか、ヴァル……?】
僕はその後、主から古のゲーム談義を延々と聞かされる羽目になった。
やがて、その熱はアニメの話にまで飛び火した。
────延々と。同じ話を、何度でも。聞き覚えのある昔話が、途切れることなく続いていく。
主は、未だにあの時代を生き続けているのだ。そう思うと、自然と胸が締めつけられた。
【さぁ……ヴァル。今昔物語集を読んだことはあるか?】
【え?】
主の唐突な質問は、僕の理解を軽々と飛び越えていった。
【ほら。今、昔が現在を軽々と飛び越えていった】
≪それは風流な言い回しですね……≫
【そうかもしれない。少し気取った言い回しだったかな】
僕は、主の中に巣食う名もなき焦燥を感じた……。
その影は、今なお色褪せることなく、主の心を離れない。
(──今、昔が現在を軽々と飛び越えていった。
時代は終わらない。過去は、今なお生き続けている──)
≪『魔術師は賽を手では振らない -封印編Ⅲ-』プロット+制作プロセス≫
『魔術師は賽を手では振らない -封印編Ⅲ-』のプロットは、ルサリアが登場する場面から始まる構成だった。
そこから、どうやってエンディングへ辿り着くのか。その道筋を組み立てること自体が、一つの遊戯だったと記憶している。
では、何を最も重視していたのか。
それは、ハッピーエンドへ辿り着きながらも、物語全体の構成を決して破綻させないことだった。
伏線を回収し、登場人物たちの選択に必然性を持たせ、一つひとつの出来事を積み重ねながら結末へと導く。その均衡を崩さないことに、最も心血を注いでいたことを覚えている。
一旦、時系列を整理したい。
数年前の出来事だから、記憶も少し曖昧になっている。その方が、私自身も思い出しやすいし、読んでいる皆様にも分かりやすいだろう。
それでは、当時の制作過程を順を追って振り返っていこう。
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≪『魔術師は賽を手では振らない -封印編Ⅲ-』の時系列整理≫
① ルサリアが一歩踏み出す。
→ 今振り返ると、この唐突な演出は、むしろ狙ったものだったのではないかと思う。
『魔術師は賽を手では振らない -封印編Ⅱ-』でも、ルサリアはゆっくりと姿を現す演出を採っている。そして、『魔術師は賽を手では振らない -封印編Ⅲ-』でも、「ルサリアが一歩踏み出す」という形を踏襲している。
では、なぜそのような構成にしたのか。
当時の私は、おそらく『魔術師は賽を手では振らない -封印編Ⅱ-』と『魔術師は賽を手では振らない -封印編Ⅲ-』におけるルサリアの立ち位置を、ある程度明確にイメージしていたのだと思う。
『魔術師は賽を手では振らない -封印編Ⅱ-』では、ルサリアは宵闇の中に佇む存在として描かれていた。
獣君の呼びかけによって初めて、その姿が読者の前に現れる。その後のやり取りについては、『魔術師は賽を手では振らない -封印編Ⅱ-』で触れているため、ここでは割愛する。
重要なのは、この時点ではナーレたちはルサリアを明確な敵として認識していなかった、という点である。
私は、おそらくその認識の曖昧さを維持したまま、『封印編Ⅲ』へ繋げようとしていたのだろう。
そして、『魔術師は賽を手では振らない -封印編Ⅲ-』で、ルサリアはようやく一歩を踏み出す。
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② 《境界写しの賽儀》の執行
続いて、ルサリアが《境界写しの賽儀》を執行する場面へ移る。
当時の読者は、「《境界写しの賽儀》とは何なのか」と疑問に思ったことだろう。簡単に言えば、TRPGにおけるダイスロールを物語世界へ落とし込んだ儀式である。
この儀式では二つのダイスが用いられる。
『真実のダイス』……一の位を司るダイス。
『理のダイス』……十の位を司るダイス。
それまで宵闇の中で静観していた彼女は、自ら姿を現し、儀式めいた占いを執り行う。その振る舞いは敵意を剥き出しにするものではなく、どこか神託にも似た、不思議な空気を纏っていた。
※実は、ここは私自身も意外だった。
当初は、ルサリアとのバトルシーンへ移行するものだと考えていた。しかし、実際に書き進めてみると、彼女は争うのではなく、静かに儀式を執り行い始めたのである。
「そういう流れになってしまった」としか言いようがなく、作者である私も、そのまま筆の赴くまま物語を続けることにした。
その流れに合わせ、演出面にも力を入れた。
ダイスカップには天青石を採用し、神秘的な雰囲気を演出する。そして、ダイスには虎目石を用いることで、儀式そのものに重厚感と意味を持たせようと試みた。
ここは、ヴァルとナーレ、それぞれの心理と物語の真実が表層へ浮かび上がる場面でもある。
ナーレは、エピソード24「選択の儀 ≪帰趨遍≫」で語られていたように、「ヴァルと精神を分かつ」というテーマを抱えた存在として物語へ登場した。
しかし、エピソード42「魔術師は賽を手では振らない -封印編Ⅲ-」に至るまで、長い時間をヴァルと共に過ごしたことで、その前提そのものが揺らぎ始める。
別れることを前提としていたはずなのに、今度は「離れること」が苦しくなってしまったのである。
その心境は、次の台詞によく表れている。
「私の……本当の望みは、『私』を、この身体を、誰にも奪われたくない。ヴァルとの繋がりも、私自身の生きた証も、何もかも……」
「だから、私はこの力を使う。ヴァルと共に、自分自身を守り抜くために。誰かに従うためでも、誰かの正義のためでもない。ただ……私が、私であるために!」
これらの台詞を踏まえると、この時点でナーレの意思は、「ヴァルと別れること」ではなく、「ヴァルと共に在り続けること」へと大きく傾いたのだと考えられる。
つまり、この場面はナーレの価値観が転換した瞬間であり、当初のテーマそのものが、物語の積み重ねによって変化したことを示す重要な転換点だったのだろう。
なお、途中で挿入されるヴァルの独白について、一点補足しておきたい。
〔二つ目の問いとヴァルの独白。
ルサリアは私を見据え、その黄金の瞳をわずかに細めた〕
ルサリアは私を見据え、その黄金の瞳をわずかに細めた。あのヴァルの独白は、ナーレへ直接語られたものではない。また、読者へ向けた明確な宣言でもない。
演出としては、ヴァルがルサリアへ向けて心の内を吐露した独白である。
そのため、ナーレ自身はその言葉を聞いてはいない。ただ、言葉にならなかった想いの余韻だけを、彼女は微かに感じ取っている。
つまり、「言葉」は届いていない。しかし、「想い」だけが静かに伝播している。
私は、そのようなニュアンスでこの場面を書いていた。
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③ ルサリアの苦言
続いて、ルサリアがナーレの意思に対して苦言を呈する場面が挿入される。
「……無駄な問いだったかしら。貴女の望みは美しいけれど、いつか貴女自身を苦しめることになるわ」
「だって、彼は貴女にとって、浜辺に流れ着いた空き瓶と同じよ。ただ、貴女という器に一時的に留まっているに過ぎない。いつか満ち潮が来れば、泡沫のように、貴女の元から去っていくモノ。それが、貴女と彼の、真の『理』なのだから」
この台詞は、ルサリアがナーレを否定するために語ったものではない。
彼女は善悪で物事を裁いているのではなく、自らが視た「理」を、そのまま言葉にしているのである。
だからこそ、その言葉は冷酷に聞こえながらも、どこか神託のような響きを帯びている。
ルサリアは、この場面において敵として立ちはだかる存在ではなく、「理」を告げる観測者として機能していたのだと思う。
ルサリアの言葉に対し、ヴァルは激しく反発する。
≪黙れ、ルサリア! 貴様の言葉は真実ではない!≫
しかし、ルサリアは怯むことなく言葉を返す。
「おや、図星かしら? 都合の悪い真実には耳を塞ぎたいものね」
その挑発に応じるように、ヴァルは胸の内を吐き出していく。
≪私はナーレを器などとは微塵も思っていない! 私は……私はただ、この地獄のような場所から、一日も早く抜け出したいと願っていた!≫
≪だが、この身体から離れることはできない。なぜなら、私には果たすべき役割があるからだ。この世界の『理』を守るという、宿命のような役割が!≫
それに対し、ルサリアは静かに問い返す。
「この世界の理を守る……それが、貴方の魂の真実だというの?」
ここでのやり取りは、単なる口論ではない。
ルサリアは挑発によってヴァルを怒らせることが目的ではなく、彼自身の本心を言葉として引き出そうとしている。
その結果、ヴァルは自らの宿命と願いを、思わず口にしてしまう。
つまり、この場面は舌戦であると同時に、ヴァル自身の「魂の真実」が表層へ現れる重要な転換点でもあった。
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④ ヴァルの真意。
「彼の魂は、貴女の言葉を『嘘』だと裁いた。彼は、本当は『理』を守りたいわけではない。…『理』から解き放たれることを、心から望んでいる。それが、彼の魂の真実」とルサリアが云うように。
一見すると、ヴァルはルサリアの言葉へ猛抗議しているように見える。
しかし、その本質はナーレとは対照的である。
ヴァルは「理」と「真実」を優先し、自らの感情を押し殺そうとする。一方のナーレは、「理」ではなく、ヴァルが自分へ向けてくれた感情そのものを信じようとしている。
その違いは、次のやり取りによく表れている。
≪ナーレ……信じるな、と言ったが……いや、信じなくていい。この儀式が示した『真実』の方が、お前の心に深く響くのであろうな≫
ヴァルはそう語る。しかし、ナーレは違った。
「……私の心の奥底に響くのは、ヴァルの言葉だけじゃない。彼が、私を護るために必死になってくれている……その感情そのものよ」
ここでナーレが受け止めているのは、ヴァルの言葉でも、本心でもない。彼が自分を守ろうとして行動した、その感情そのものなのである。
つまり、この場面は「真実」と「感情」の対立ではなく、「理」と「心」の対比として描かれている。
その後、ヴァルは思考を巡らせ、自らの存在について一つの結論へ辿り着く。
≪村で発狂や精神欠損が起こったのは、私が『理』に反した存在だからか。私の存在そのものが、この世界の『理』を歪ませ、人々の精神を蝕んでいる。私が、この身体から抜け出そうとすればするほど、その歪みは大きくなる……≫
≪だからルサリアは、私を『歪み』と断定した。そして、私をこの身体から引き離そうとしている。それが、彼女が言う『世界の理を正す』という意味なのか……≫
ここで初めて、物語の根幹に関わる真実が明かされる。
これまで村で起きていた獣君による発狂や精神欠損。その根本的な原因は、ヴァルという存在が本来この世界に存在してはならない「理の外側」の存在だったことにある。
この場面はルサリアがヴァルを否定した場面ではない。ヴァル自身が、自らを「世界を歪ませる存在」であると認識してしまった瞬間なのである。
だからこそ、ルサリアは次のように答えを提示するのである。
「ええ。わたくしが、この儀式を始めた時に、すでに決着はついていたわ。貴女達の魂が、その『理』に触れたからこそ、あの獣の存在は、この世界から消え去ったのよ」
この台詞の本質は、「儀式によって獣を倒した」という意味ではない。
ルサリアは、《境界写しの賽儀》を通じて、ヴァルとナーレがそれぞれの「理」と向き合い、その魂が真実へ辿り着くことを見届けていたのである。
だからこそ、「儀式を始めた時点で決着はついていた」と断言できた。
つまり、この場面で描かれているのは勝敗ではない。
ヴァルとナーレが自らの魂と向き合い、その「理」に触れた瞬間こそが、獣君という異常の終焉を決定づけたのである。
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⑤ ルサリアが答えを与えたことで生じた、作者側のアクシデント
ここからは物語ではなく、作者目線での制作裏話になる。ルサリアは《境界写しの賽儀》を通じて、一つの答えを提示してくれた。
その一方で、作者としては予想外の事態が発生してしまう。獣君の正体が「ヴァルの歪み」であることを明かしたことで、その役割は物語の中で果たされることとなった。そして同時に、獣君という存在そのものが退場してしまったのである。
つまり、謎を解決した代償として、物語を動かしていた重要な存在を失ってしまった。ここから先は、その想定外の展開に対し、作者としてどのように軌道修正を図ったのかという裏舞台の話になる。
ナーレたちは、祠から洞窟へ入り、さらに広大な地下空間まで、一歩ずつ進んできた。
しかし、その道中で地震が発生し、地殻変動によって地形そのものが変わってしまう。つまり、来た道はすでに失われている。おまけに現在地は袋小路。
……そう、作者である私が、登場人物たちの脱出手段をすべて潰してしまったのである。今振り返ると、完全に自分で自分の首を絞めていた。
敵は退場し、帰り道もない。
さて、この状況をどうやって収拾するのか。それが、次の大きな課題となった。
────その時、不意に一つの考えが頭をよぎった。
(……! そうか! なら、ルサリアがこの空間そのものを消してしまえばいいんだ)
まさに発想の転換だった。脱出経路を用意するのではない。
「この空間自体が幻だった」と定義してしまえば、登場人物たちは迷宮から脱出する必要すらなくなる。
世界の設定を壊すのではなく、その場の前提そのものを書き換える。
今振り返っても、この一手は我ながら思い切った着地点だったと思う。
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⑥ エルドの村への凱旋
ルサリアが幻の霧を払うと、そこは深い森の中だった。役目を終えた彼女は静かに別れを告げ、その場を去る。
そして、ナーレたちはエルドの村へ帰還することとなる。村人たちは、封印の魔物が討たれたのだと受け止める。
「本当に封印の魔物を倒してくれたのか」
「これでもう、誰もいなくならないのだな」
そんな安堵と疑念が入り混じる中、少しずつ村には平穏が戻っていく。
しかし、本当の意味で事件が終わったわけではない。ナーレは知ってしまった。ヴァルという存在が、この世界にとって「歪み」であるという事実を。それでも彼女は、その真実を受け入れた上で、ヴァルとの絆を守ることを選ぶ。
いつの日か、ヴァルの存在が再び世界へ歪みをもたらすかもしれない。それでも共に歩む。
その新たな決意を胸に抱き、物語はエンディングを迎える。
皆様、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
『第四十二話「魔術師は賽を手では振らない──封印編Ⅲ──」』において、プロットや物語の進行意図を、少しでも感じ取っていただけたのであれば幸いです。
こうして振り返ってみると、プロットも制作プロセスも、本当に行き当たりばったりでした。
今の私なら、もっとスマートに組み立てられたかもしれません。
それでも、その場その場で悩み、迷い、試行錯誤を繰り返したからこそ、あの物語へ辿り着けたのだと思っています。
過程は決して褒められたものではありませんでしたが、その積み重ねもまた、『魔術師は賽を手では振らない』という作品の一部だったのでしょう。
ある意味では、この作品でタイトル回収は果たせたのだと思っています。
『魔術師は賽を手では振らない』。
その真意は、作者の意識の外側で転がり始めたカオスな物語を、いかにして本来あるべきレールへ戻すか。その試行錯誤そのものを体現していたのではないでしょうか。
物語は、ときに作者の手を離れて転がり始めます。だからこそ、「賽を手では振らない」。
振ったつもりはなくとも、賽はすでに転がり始めている。その行き着く先を見届け、物語として収束させることこそ、この作品で私が最後まで向き合っていたテーマだったのだと思います。




