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「エピソード22 中世編:転写/転社/天赦──。『 明白なカンバスに転写されしモノ』」

彼女の誕生日は、

決して祝福されるようなものではなかった。


「自身の幼少の話」

「悪魔付き」

「選別の儀」


それらは、彼女の知り得ぬところ。

全て、既に決まっていたことだったからだ。


【全て、今──

 既に決まっていたことだったからだ】


昨年の出来事が、

深く心に残っていたのだろう。


不安に駆られ、

畑と倉庫の確認へと出かけたきり、

お父さんは、未だに帰ってこなかった。


雷鳴を孕んだ黒雲は、

いまだ空に繋がれたまま。

まるで、動く気などないかのようだ。


木々たちは突風に煽られ、

身を寄せ合いながら、

この時をやり過ごそうとしていた。


──いや、それはまるで、

「その時」が来ないようにと、

風の中で見悶え、乱舞しているかのようにも見えた。


窓はたびたび、

「明白なカンバス」となって、

外の情景を焼き付けてゆく──。


湿った空気は、

いまだ明確な答えを与えぬまま、

傍らに、ただ在った。


年を経て、

苔むしるほどの“モノ”が、

来るのを静かに待ち侘びているように。


誰もがその姿を目にしているはずなのに、

宵闇に鎮座する“それ”が、

ようやく重い腰を上げた。


【さてと……エントリーシートは準備OK?

 希望動機は書いた?

 弊社の貢献度について述べたかい?】


≪……そう、

 “選ばれる側”が、何を考えようとも。

 準備など、とっくに終わっている≫


【準備など、とっくに終わっている?

 莫迦な事を──

 『エントリー』が済んだだけじゃないか!

 何が『終わっている』んだよ。

 ……意味が分からん】


≪“選ばれる側”が、何を考えようとも。

 『エントリー』は、とっくに済んでいる。

 後は、神の“採否”次第ではないか≫


【“採否”しているのか? 神が──?

 それは、君の解釈に過ぎまい。

 “採否”を決めているのは、いったい誰だ】


【ヒトさ、ヒトが“採否”するのさ。


 『God knows man.

  Man knows better than God.』


 ――神を知る人間は、神よりもよく“選ぶ”】

私は自室のいつもの場所に椅子を引っ張り出し、

静かに腰を下ろした。


南と西にある四つの窓は、

外の情景を映し出す、唯一の窓で──


≪ッパ──‼ ッパ──‼

 ッパ──‼ ッパ──‼≫


雷鳴が、引っ切りなしに移り変わる風景を切り取り、

私の心に、転写し続けていた。


(この雷と共に……

 早く、止まないかしら)


外の景色は、刻々と激しさを増してゆく。


私はそのカンバスを、

じっと見つめ続けていた。


(ふぅ……ずっと見てても変わらない。

 ……どうしようかしら)


そんなことを考えていると、一瞬──

西の窓に、人の影が映った。


西の窓の向こうには、

小麦畑と風車たちが広がっている。


確かに、ある。

お父さんが、そちら側から戻ってくる可能性は……。


【ねぇ? 寒いんだよ。

 ちょっとだけでいいから……開けてくれない?】


窓の外に、作者が居た。

正確には、窓に張り付いていたと言うべきだろう。


【君のお父さんが、玄関を内側から閂を掛けていてね。

 入れないんだ。

 頼むから……開けてくれんかね?】


だけど、妙な違和感があった。


そもそも、父が西側の窓に来るなんて、滅多にない。

この家の西側には何もなく、

ただ大地と空が広がるばかりなのだ。


ましてや、わざわざ窓越しに、

私に会いに来る理由などない。


それでも、

胸の奥底が、警鐘を鳴らしていた。


“そこにいてはいけないもの”がいる──

背筋を、冷たいものが這い上がる。

そんな、確かな確信だった。


【そこにいてはいけないもの!?

 うぅん──

 確かに、それは……そうなんですけど……。】

 

一瞬の空虚に闖入して、吐息が溢れた。


【しゃぁーねぇ……玄関から、再度だ。

 トライしてみるか。

 ノックしたら……誰か出てくれるかなぁ~


作者は、泥道をぐちゃぐちゃと踏みしめながら、

ナーレの家の玄関へ辿り着き、ノックした。


『おーい! シャイマー、俺だ!

 開けてくれ! 閂が、勝手に閉まったんだ!』


「あら? あなた、もう帰ったの?

 どうだったのかしら、様子は?」


『様子? ああ、普通だったよ。

 なんの問題もない。』


『だから、閂を抜いて――扉を開けてくれまいか。

 頼む……シャイマー』


「分かったわ。今、開けるわ」


シャイマーが、扉を開けるために閂を抜いた瞬間――

強風が、家の中へなだれ込み、

窓という窓が、悲鳴を上げた。


そして──


【あぁ……マダム。

 大変、失礼しました。心中、悼み入ります。

 また、玄関を汚してしまいましたね。

 ナーレに用がありまして。

 失礼しますよ、マダム】


突然、「ぐちゃ……ぐちゃ……」と、

濡れた足音が聞こえた。


瞬間、心臓がひとつ、大きく跳ねる。


「ぐちゃ……」


音は、すぐ近くだ。

私の部屋の、すぐそこから聞こえる。


その直後、家の中が――妙に静まり返った。


廊下でもない。

今、確かに――

この床板のすぐ上を……誰かが歩いている。


≪ヴァ~~っ!≫

ベッドの下、闇の奥で――

濡れた指先が、こちらに向かってひらひらと振られた。


「ベッド下からこんにちは!」


【やぁ! ナーレ!

 元気にしているぅ~?

 お祝いに来たんだ。】


【今からプレゼンテーションを行うんだよ。

 すっごーく、ワクワクしてきたね!!】


「ぴた、ぽたっ……」

水滴が滴る音。


(何なの……なにが起きてるの……?)

その音が耳に届いた瞬間、私は凍りついた。


「ぎゅぅ……」床が軋んだ

重たく、湿り気を帯びた音だった。


喉の奥が焼けつくように乾き、声にならない。

身体がこわばって、動けない。

まるで、意識だけが切り離されたみたいだった。


【もう! そんなに窓ばかり見てないで!

 こっちだって。ほら、こっちだよ?】


「ぎゅぅ……」「ぎゅぅ……」

また床が軋む。


重たく、湿り気を帯びた音が、

――ゆっくりと、近づいてくる。


(なに……? なにが、来てるの……?)

恐怖に全身が支配される。手足の感覚が鈍くなり、指先が痺れていく。


【ねぇねぇ? なんで、そっちを見るの?

 そんなに窓ばかり見たって。

 映ってるのは、君だけだよ】


(――今、すぐ後ろに。

 誰かが、いる……。)


私は恐る恐る振り返った──

何かが、そこに“いる”気配が、部屋中に満ちていた。


“ありえない事象”を引き起こしている「何か」を見極めるために。


わざわざ濡れた衣服のまま家に上がり込んできた、その“誰かさん”を──。


しかし、戸口には誰の姿もない。


【うーん! 残念。

 僕は見えないよ。すまんね。】


作者は彼女の顔の数ミリ手前まで近づき、

両手をぶらぶらと揺らした。


視線を再び窓に向けると──

そこに、異様な光景が広がっていた。

音もなく、窓が開いていた。


内側から、しっかりと閉めていたはずなのに。

外の音も、不思議なことに何ひとつ聞こえてこなかった。


【ほーら。ゲストがお入りだ。

 歓迎しな、お嬢さん】


作者は、闖入者を**“エントリー”させるために**、

わざと時間を稼いだ。


(誰!? 誰か、いるの!?)

【君の目の前に、いるだろう?】


音もなく開いたその窓の外から、

黒い闇と風が、部屋を侵食してくる。

それは、ただの風ではなかった。


何かを“運んできている”風だと、

肌が理解していた。


突風が、開いた窓から部屋へと勢いよく吹き込む。

部屋中の蝋燭の灯りが、一瞬で消えた。


【おぉ─怖っ。

 戸締まりしよっか?

 いやぁ、ここは家の中だったわ。

 しかも、君の自室だったわ!】


空間の感触まで、変わっていた。

なじんだはずの部屋が、

知らない場所へと、変わっていく。


そのまま、私は膠着していた。

視界の隅で、何かが這うような気配がする。

「誰かさん」は、なぜか一向に動こうとしない。


「……いい加減、姿を現したら?

 もしかして、怖いの?」


【だってよ? 友よ。

 なんか言ったら?】


≪────≫


返ってきたのは、声だった。

人ではない、“何か”の声。


それは、耳で聞いたのではなく、

頭の奥に、直接届いた。

誰かのものではない。

なのに、確かに――自分に語りかけてきた。


「ぎゅぅ……」

床を踏みしめる音がする。

でも──姿は、見えない。


【お初だから、恥ずかしいんだって!

 ほら、若いモノ同士、もっと近寄ったら?】


そのとき、外で雷鳴が轟いた。

白い閃光が、部屋の情景を一瞬だけ顕現させる。


(……なに?)


稲光とともに、部屋中の物が――

それも含めて、踊り出す。


その光の中で――

私は、“それ”を見た。


黒く、異様に細長い人影が、

自分の部屋に立っていた。

顔は、なかった。

ただ、そこに“視線”だけが、存在していた。


「……何なの、あなたは──?」


【コレ?

 これはねぇ。ヴァルだよ】


私の頭の中で、

さっきの“声”が、繰り返し反響していた。

それが、今の状況を言い表しているように、感じられたからだ。


「あなたは、悪魔なの?

 それとも……違うの?」


【聞いたか、ヴァル?

 “悪魔”だってさ(笑)

 ギャハハハ。これは傑作!

 君は守護神なのにねぇ!(笑)】


私は、そこにいる「誰か」に語りかけながら、

――自分が壊れてしまったのではないか、

という恐怖が、胸をよぎった。


「……あなたは、誰?」

私はじっと待った。


沈黙だけが、返ってきた。

けれど確かに、“そこ”にいた。


【君にはまだ、まっくろくろすけなんだろうな。

 しばらく、そのままだ。ヴァル】


作者だけは、

きちんとヴァルの容姿が視えていた。


短髪の、

白いカンヴァスのような頭髪――


そして、そこから先は、

私には、どうしても捉えられなかった。


彼の沈黙が、また返ってきた。

けれど確かに――

“ここ”に、いた。

皆様、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

『第二十二話「明白なカンバスに転写されしモノ」』につきましては、

そのプロットや物語進行の意図を、少しでも感じ取っていただけていれば幸いです。


今回の話でやっとこさ、もう一人のキーマンを配置すること。

それだけが、今回のプロットの核です。


ちなみに、今回の物語で登場したいくつかの“謎”について、軽く裏話をしておきます。


西の窓に映った人影や物音は、基本的に作者が寒さに震えて家に入りたかっただけです(笑)。


黒く異様な人影・ヴァルの存在は、ナーレの視点ではまだ“まっくろくろすけ”。

これは今後、ナーレが見る条件を満たすまで意図的に曖昧にしてあります。


雷や風が運んできた“異変”は、読者の想像力を刺激するための演出。

実際には、作者とヴァルの心理的なやり取りを物理現象に重ねて表現しています。


そして、ヴァルがナーレに“お立ち台”を譲らなかった件。

これは、守護神としての彼の優しさと、ナーレへの配慮を示す伏線です。


※余談ですが、

今回の“影”や“キャンバス”のイメージは、

前話・前々話で出てきた「白く塗り潰される世界」と対になる概念として置いています。


見えないものが、やっと輪郭を持ち始める――

そんな地点が、この第二十二話の立ち位置でした。


こうして振り返ると、今回の章は“物語世界の仕組みとキャラクターの距離感”を描くことが主眼でした。

読者の皆様には、ナーレの恐怖と驚き、そして作者のちょっとした悪ふざけを楽しんでいただけていれば幸いです。


次回、第二十三話

「選択の儀 ≪動顛どうてん遍≫」


通常会です。

不穏な日の“翌日”の、いかにも平穏そうな静けさ。


けれど、昨日は確かに“在った”出来事で、

何もなかったふりをしても、日々は繋がっている。


【あるアニメでも言っていましたね。

 今日の為に、明日があるならば、

 明日は昨日の為に有る】


難しい話だな。

昨日、あったことが今日という日に、何を堕とすというんだい?


――そうだな。

影が堕ちるんだよ。


大地というカンヴァスに、君という影が、堕ちるんだ。

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