「エピソード21 中世編:雷鳥と来りて、馳せ案じる──来聴。『雷兆と共に来りて』」
ッパ‼ ッパ‼ ッパ‼ ッパ‼
ッパ‼ ッパ‼ ッパ‼ ッパ‼
【もう十分だろ?
もう、其処まで明滅を繰り返すな。】
ッパ‼ ッパ‼ ッパ‼ ッパ‼
ッパ‼ ッパ‼ ッパ‼ ッパ‼
【自棄になったのか、
それとも焼きが回ったのか──】
白い余白が余りに早く、ずっと、ずっと、ずっと──
黒が蠢き、その隙間でアイツの戯画が笑う。
苦しげな仮面の裏に張り付いた愉悦。
剥がれた表情が、チラッ、チラッ、チラッ、チラッ──
視界の隅から、絶え間なく刺さる。
ッパ‼ ッパ‼ ッパ‼ ッパ‼
光が神経を揺さぶり、脳裏を白と黒の嵐が支配する。
一瞬、世界が稲光に切り取られ、
土砂降りに濡れた“モノたち”の輪郭が、
白銀のカンバスに描かれた幻のように浮かび上がる。
――世界はほんの数秒だけ、異界の時間に囚われた。
嘲笑う存在として、私の視界と心を同時に貫く。
嘲笑にまみれ、絶叫する神が、
世界の片隅を掴み取ろうと手を伸ばす。
その瞬間だけでも、永遠に閉じ込めてやろうと、
無理矢理にでも時間をねじ曲げ、存在を引き留める。
ッパッパッパッパッパッパッパッパッ‼
光と影、雷鳴と雨、神の絶叫、アイツの笑み──
全てが混濁し、私の感覚は白と黒の狂気に溶けていく。
【Happybirthday To You──】
何度も見た──。
【Happybirthday To You──】
何度も聴いた──。
【Happybirthday To You──】
──何度も、来るのを、待ちを望んだ。
【Happybirthday……
Dear Náire──】
──おめでとう。
【Happybirthday To You……】
おめでとう──。
余りに低く、死んだような声が、静寂を貫いて胸に震えを刻む。
祝福ではなく呪詛。世界の時間ごと、心ごと押し潰す声。
光の暴力が脳を刺し、影の渦が視界を引き裂き、
アイツの戯画が笑い、神が絶叫する――
全てが、同時に、逃げ場なく、襲い来る。
現実か幻か、時間か空間か、
境界は溶け、ねじれ、崩れ落ちる。
私はただ、狂気の渦の底で、
視覚と聴覚と心理のすべてを極限まで圧迫され、沈み込むしかなかった。
『Happybirthday……
Dear Náire──』
────来聴と来りて、馳せ参じる。
雷兆と共に来りて、雷鳥が飛び立った。
見果てぬ夢、未視の島に向かって────
ナーレとアリフが掃除に追われている頃――
雨に湿った大気が、どこか不穏な兆しを帯びはじめていた。
窓ガラスに打ち付ける雨粒の音が、何処かリズムを狂わせるように感じられる。
ナーレはほうきを握りながら、ふと視線を窓の隅に落とした。
──チラリ。
影が、ほんの一瞬、雨粒の後ろで揺れたような気がした。
【どうしたものかな?
どうしても、こうでないとダメなのだろうか……】
アリフは黙々と雑巾を絞りながら、何かをちらりと見た気がして首を傾げる。
「……気のせい、かな?」
だが、雨に濡れた床の上、濃淡の影はほんの少し、ほんの少しだけ、ナーレの足元をなぞった。
意識の端で、あの戯画の笑みと、雷鳥の鋭い眼光の残像が、ちらちらと引っかかる。
窓の外の世界はまだ、静かで日常的だ。
しかし、胸の奥に、かすかな違和感──
狂気は完全には現れずとも、確実に、縁先で息を潜めていた。
やがて、黒い雲たちが空の上で互いに手を取り合うように集まり、
一つの塊となって唸り声をあげると、あっ──という間に土砂降りへと変わった。
そのとき、耳を劈くような雷鳴が轟き、
全てを白く焼き尽くすかのような稲光が、闇を無慈悲に裂いた。
一瞬、世界が稲光に切り取られ、
土砂降りの中で存在する“モノたち”の姿が、
純白のカンバスに描かれた幻のように浮かび上がった。
空気の震え、雨の衝撃、光の暴力――
すべてが、ほんの一瞬に凝縮され、目に、心に、深く刻み込まれる。
――まるで世界が、ほんの数秒だけ切り取られ、別の時間に存在したかのようだった。
「あらやだ!? 雷……!」
お母さんの声に、私は幻のような情景から現実へと引き戻された。
「大丈夫さ。落ちたとしても、引火はしないよ――この雨ならね」
お父さんはそう言いながらも、ずっと天井を見上げている。
目に見えぬ緊張が、まだ空気に残っているかのようで、
胸の奥のざわめきが、ほんの少し収まらなかった。
雨が火を消してくれる可能性があったとしても、
木造の我が家が雷に耐えられないことは理解していた。
お父さんは窓のそばまで歩き、ふと立ち止まる。
「去年の秋、倉庫が半焼したのは記憶に新しいな……でも、あの時より雨足は強いみたいだ」
強がる口調とは裏腹に、足元は落ち着かず、床をとんとんと踏み続けていた。
私はその様子を見逃さなかった。
「あの時、家も石造りにしておけばよかったわね……悔やんでも仕方ないけど」
「そうだな。……とにかく、ナーレの誕生日を始めよう」
外では雷鳴が絶え間なく響き、
内でもどこか落ち着かない空気が流れる――
三者三様の思いが交錯する中で、ナーレの誕生日は静かに、しかし確実に始まった。
【────】
重く、狂うしい気配。
神が、腰を上げた。
「誕生日おめでとう! ナーレ!」
【────おめでとう……】
両親の声が明るく響き、私を祝福する。
しかし、耳の奥にはまだ、あの低く響く声の振動が残り、
雷鳴や雨のざわめきとともに、胸の奥で微かに蠢いていた。
けれど――外では雷雨が激しさを増していて、
まるでこの祝福の言葉を否定するかのように鳴り響いていた。
それはまるで「この瞬間さえも、悲惨な一頁なのだ」と告げるかのようだった。
「ありがとう、お父さん、お母さん!」
私は笑ってそう返した。
けれど、心のどこかで――
私たちは皆、この不穏な空気から逃れようとしているのかもしれないと思った。
誰もが、この日が「悲惨な一頁」にならないように、
密かに、そして必死に祈っているような気がした。
【――――】
神はジッと、世界を見つめている。
その視線は冒険者の眸に似て、静けさと、そしてどこか冷徹な圧を孕んでいた。
「さあ、料理を食べて飲もう!」
【さぁ――――飲もう。
短き人生の間、酒で肉体を刺激し、その愚行に我が身を委ねよう】
「私は飲めないわよ」
いつものような両親の掛け合いに、ようやく暖かい雰囲気が戻ってくる。
だが、耳の奥にはまだ、低く響く声の残像がうずくまっていて、
雷鳴と雨のざわめきが、心の隅で微かに揺れている。
パチパチと爆ぜる暖炉の炎が、
ほのかな明かりと暖かさを食卓に与え、
三つの座椅子が家族をやさしく包む。
私はその空間だけに意識を集中させようとした。
「ナーレは今日で十三歳。晴れて“レディー”の仲間入りだな」
お父さんは少し感慨深そうに微笑んだ。
その笑顔には、誇りと少しの切なさが混じっているようだった。
「長かったわね……最初は不安だったのよ?」
【長い、長い、長い──】
お母さんも同じような表情で、お父さんに視線を向けた。
その視線の奥には、穏やかさと、かすかに影を宿した時間の記憶が混じっているように見えた。
「何が不安だったの?」
私は微かに肩をすくめながら、過ぎ去った日々を思い返した。
雷雨や低く響く声の記憶が、ほんのかすかに胸の奥でざわめく――
けれど、この穏やかな空気の中では、まだ押さえ込める気がした。
「ナーレが三歳の頃、不思議なことがあったの。
いつも何もない空間をじっと見つめて……まるで誰かに挨拶したり、会話していたり」
「えっ!? そんなの覚えてない」
「覚えていないでしょうね。五歳になる頃には、自然と収まったから」
【……でしょうね。君は覚えていないだろう。
これから起きることなんだから】
空気が一瞬、重く歪んだ。
声は聞こえず、胸の奥に直接響くようで、
まるで時間そのものが、私の記憶と未来を引き裂こうとしているかのようだった。
「そうそう。いつも虚空に向かって話しかけてたんだ。
……まるで“悪魔憑き”かと、ちょっと不安になったよ」
「悪魔憑きって……?」
その言葉の響きに、胸の奥がひやりとする。
まだ記憶に残らぬ何かを、言葉が呼び覚ますような感覚だった。
「悪魔憑きっていうのはね、幼い魂を蝕もうとする精霊。
取り憑かれると、奇行を起こすようになるの」
「最終的にはその精霊に心を乗っ取られてしまう。
寺院でも危険視されている病だよ」
「でも、ナーレは違ったみたいね。
よくある“自我の芽生え”だったんだと思う」
【そうかな? そうかなぁ!?】
声はどこからともなく響き、私の胸に直接ぶつかるようだった。
言葉の影が、過去の記憶と、まだ見ぬ未来を揺さぶっている――
目には見えない何者かが、今まさに私を試しているかのような、そんな感覚。
「だから、私たちは安心したの。
五歳になると、そんなことも全くなくなったから」
「ふーん……。でも、“悪魔憑き”って、どうなるの?」
私は、両親があえて口にしなかったことを尋ねた。
胸の奥で、微かにざわめく感覚――
目には見えぬ何かの視線が、かつて自分を覗いていたかのようで、心が微妙にざわつく。
「う……そうだな……」
お父さんが言いよどむ。
言葉の向こうに、触れられぬ不穏が漂っていた。
「寺院に保護されるわ。そのあとは、分からない。
寺院はその後のことを秘密にしているの」
「秘密に!? なんで?」
「分からない。ただ……他の人への影響を防ぐため、
って言われているけれど……」
【分からない、ワカラナイ……ククク】
声は耳ではなく、胸の奥に直接ぶつかってくるようで、
血液の流れが一瞬止まったかのような感覚に襲われる。
言葉の振動が、過去の記憶と、まだ見ぬ未来を絡め取り、私の理性を微かに揺さぶる――
「この話はやめよう。今日は、ナーレの誕生日だ」
【今日は、ナーレの誕生日!
今日は、ナーレの誕生日!
今日は、ナーレの誕生日!】
声は耳をかすめるのではなく、胸の奥や背筋に直接響き、
言葉の振動が時間と空間をねじ曲げるようだった。
日常の空気と、狂気の残像が重なり合い、
一瞬、世界の輪郭が揺らぐ――
「そうだ、ナーレ。誕生日おめでとう。
そろそろ“選別の儀”が始まるよ」
【始まる、始まる。そろそろだ! そろそろだ!
選別!!、セレモニー!、選別!!、セレモニー!】
声は耳を貫くだけでなく、胸や頭の奥に直接振動し、
日常の暖かさをかすめるように押し潰す。
光と影の残像が視界の端で瞬き、
空間そのものが、時間の流れごとねじ曲がるかのようだった。
祝福の言葉と狂気の声が、同時に押し寄せ、
私はただ、身動きもできず、世界の渦に飲まれるしかなかった。
「う、うん……。私も気になってるの。何をするのか全然知らないんだもん」
「仕方ないじゃない。“選別の儀”は他言無用なのよ。
だって、みんな違う経験をするんだもの。参考にならないの」
「そうなの?」
「そうよ。お母さんのときは、広い海辺に一人でいたの。
一番奥にあった四つの石像が、“上級神”“中級神”“下級神”“藩神”を模していた」
「石像に火を灯して、目を閉じると声がして、
目を開けたら、どれか一つだけに火が灯っていたの」
その説明を聞きながらも、胸の奥では前の【選別!! セレモニー!】の声が、
まだ微かに反響している。
光と影の残像が、海辺の儀式の情景を頭の中にちらつかせ、
日常の会話を少しずつ、しかし確実に侵食していくようだった。
「で、何ができるようになるの?」
「それは、私たちにも分からないの。
目に見えることだけに影響が出るわけじゃない。……でも、何かが変わったという感覚はある」
(うーん……さっぱり分からないや)
【“全てが秘匿されている”】
――胸の奥で、微かにざわめくものがあった。
手で触れられぬもの、見えぬものの存在が、空気に紛れて静かに圧をかけているようだった。
――私が分かったのは、それだけだった。
結局、何も変わらない。
全てが秘密にされ、見えないまま。
神の姿も――
その裏で糸を操る“モノ”の影すらも、視界の端にちらつくかのようで、
耳には聞こえず、胸の奥にじんわり圧をかける存在感だけが残る。
全ては、この宵闇の、深く静かな場所に、
じっと息を潜め、苔むして、時の流れに溶けていくようだった。
【開いて、結んで、手を討って、結んで。
ま~た、開いて、結んで。手を撃って。結んで】
子供のころ、誰かが歌っていたような――
記憶の底に沈んだ手遊び歌。
意味も知らず、意味など要らぬまま、
それは“型”だけを残して、今もなお、
宵闇の奥で、ひとりでに繰り返されている。
【その手を──?】
【ま~た、開いて、結んで。
手をうって。結んで】
声は耳をかすめるのではなく、胸や頭の奥に直接振動する。
まるで、自分の手そのものが、誰かの意志に操られているかのような錯覚に襲われる。
視界の端では、影がくねり、光がちらつき、空間ごとねじ曲がるような感覚が残る。
繰り返されるフレーズが、単なる遊び歌ではなく、
この場の“型”を作る儀式の一部であることを、無意識に示していた――
ッパッパッパッパッパッパッパッパッ──‼
光と影、雷鳴と雨、神の絶叫、アイツの笑み──
ッパッパッパッパッパッパッパッパッ────‼
何度も繰り返す。──何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、
──終わりは来ないかのように、空気ごと振動が脳を貫く。
私はただ、手を動かすか否か迷いながら、
胸の奥に潜むざわめきに沈み込み、
視界の端でちらつく影と、光の暴力の残像に身を任せるしかなかった。
鼓動も呼吸も、時間のリズムも、
全てが「ッパッパッ」の狂気の拍子に呑み込まれる――。
【その手を──?】
何度も見た──。
【その手を──?】
何度も聴いた──。
【その手を──?】
──何度も、来るのを、待ちを望んだ。
【その手を──?】
今度はもう一度、
神なる者の手鳴る方へ──
視界の端では、影が微かに揺れ、
耳には低く、死んだような声が反響する。
時間も空間も、存在も非存在も、
全てが「その手」を中心にねじれ、絡み合う――
私はただ、鼓動と呼吸を感じながら、
胸の奥に潜むざわめきに身を預けるしかなかった。
**************
皆様、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
『第二十一話「雷兆と共に来りて」』につきまして、
そのプロットや物語進行の意図を、
少しでも感じ取っていただけていれば幸いです。
【Happy birthday To You……】
【Happy birthday To You……】
【Happy birthday To You……】
何度も繰り返す。──何度も、何度も、何度も、何度も、
何度も、何度も、何度も、何度も、
──終わりは来ないかのように、
空気ごと振動が脳を貫く。
【始まる、始まる。そろそろだ! そろそろだ!
選別!!、セレモニー!、選別!!、セレモニー!】
第二十二話
『明白なカンバスに転写されしモノ』
────来聴と来りて、馳せ参じる。
雷兆と共に来りて、雷鳥は飛び立ち、
やがて――私の元へ来た。
御来聴────
夜鷹が、夜の御来を予兆する。




