「エピソード15 中世編:空白という欺瞞!! 『 裏門からの闖入者』」
作者「各位、繰り返す。現在、アイルランドのコノート地方に未確認飛行隊が接近中だ。
その規模、数は──不明。情報の断片しか入っていない。」
作者「進行経路は確認済みだ。ユーゴラシア方面から、フランス、イギリスを経由し、現在ドーバー海峡を横断中との報告がある。
ただし、この情報は断片的で、時間差がある可能性が高い。」
作者「各部隊は警戒を最大にせよ。
目標は偵察なのか、侵攻なのかは未だ判明していない。
我々の任務は──情報収集と、必要であれば初期迎撃だ。」
作者「通信は最小限に、動きは常に報告。
敵の動向次第では、即応体制に移行する。」
作者「昨日の嵐の影響で、味方軍の対空機銃、及び対空ミサイル網に複数の誤作動が確認されている。
感知遅延、誤追尾、発射制御系のラグ──いずれも断定はできないが、正常とは言い難い。」
作者「これより表示するデータを確認してほしい。」
ブリーフィングルームの照明が一段落とされる。
スクリーンいっぱいに、白黒の航空写真が次々と展開された。
海岸線。
湿原。
断崖。
雲に覆われ、粒子の荒れた上空写真。
赤いグリッドと番号だけが、無機質に重ねられている。
作者「マーキングされているのが、対空火器の配置地点だ。
昨日の嵐以降、こことここで追尾ログが途切れている。」
レーザーポインタが、写真の一点を静かになぞる。
作者「敵か、天候か、それとも──我々自身の問題か。
現時点では判断できない。」
一瞬、沈黙。
作者「だが一つだけ確かなことがある。
この空域は、今──“盲”だ。」
写真の端に、かすかな黒点が写り込んでいる。
ノイズか、鳥か、それとも。
作者「各員、この前提を踏まえた上で行動してもらう。
味方軍の防空網を回避するため、地上高度一五〇〇メートルを厳守。」
ブリーフィング画面が切り替わる。
白黒写真の上に、一本の水平線が引かれた。
高度一五〇〇メートル。
それは安全圏であると同時に、限界線でもあった。
作者「低すぎれば誤射の危険がある。
高すぎれば──相手に見つかる。」
一拍、間。
作者「今回、味方の防空網は“信用するな”。
識別信号が通る保証はない。
自機の判断を最優先にしろ。」
スクリーンの端に、薄く点滅する警告表示。
〈IFF 不安定〉
作者「勿論──対空ミサイルも配置してある。
味方のものだ。だが、だからこそ厄介だ。」
作者「可能な限り、レーダー網に入るな。
一度捕捉されれば、敵味方の区別は期待できない。」
ブリーフィング画面に、新たなシルエットが浮かび上がる。
双発、鈍重な機影。
短い主翼、ずんぐりとした胴体。
〈A-6 INTRUDER〉
作者「全天候運用、低空侵入。
この任務には、これ以上の機体はない。」
画面が切り替わり、地形追随レーダーの擬似映像が流れる。
起伏する地形線が、脈打つように上下する。
作者「嵐の残り香がまだ空にある。
雲は低く、視程は悪い。
だがA-6なら──“飛べる”。」
一瞬、言葉を選ぶような間。
作者「言っておくが、これは安全な任務じゃない。
低空を這い、味方の防空網をかいくぐり、
その上で、正体不明の飛行隊を探す。」
沈黙。
誰も異を唱えない。
──電話が鳴り響く。
作者「はい。ハイ。
分かりました。」
電話の向こうの声は、短く、事務的。
それでも、室内の空気は微妙に揺れる。
誰もが、画面のA-6のシルエットに視線を戻せず、微かに呼吸を止める。
作者「了解。直ちに報告を……。ええ、こちらも確認します。」
受話器を置く手が、一瞬だけ止まる。
その沈黙が、再び室内を支配する。
作者「よし──各員。
ミッション変更だ。」
その一言で、室内の空気が硬直する。
誰も顔を上げない。
だが、全員が聞いている。
作者「上からの指示だ。
どうやら──こっちが最優先事項らしい。」
スクリーンの航空写真に、赤い点が二つ増える。
低空を維持する“盲点”の線の中に、微かに揺れる小さな光。
ブリーフィング画面が、強制的に切り替わる。
白黒の航空写真が一枚、中央に固定表示された。
拡大。
さらに拡大。
荒れた雲の切れ間。
その奥に、機影とも、影ともつかない輪郭。
作者「未確認飛行隊の“先行要素”。
数は三。編隊から逸脱している。」
赤い枠が、そこを囲む。
作者「識別信号──なし。
IFF、応答なし。
速度、進路、すべて不安定。」
一瞬、言葉を切る。
作者「迎撃じゃない。
撃つな。──エスコートしろ。」
その言葉が、ブリーフィングルームに落ちる。
金属音のように、硬く、冷たい。
作者「相手が何者であろうと関係ない。
こちらから敵意は示すな。
距離を保ち、進路を制御する。」
スクリーンの航空写真に、三本の線が引かれる。
未確認機の予測進路。
そして、それに寄り添うような、味方機の想定航跡。
作者「必要なのは、威圧でも火力でもない。
存在を示すことだ。」
レーザーポインタが、三つの軌跡の間をなぞる。
作者「こちらが“見ている”と伝えろ。
だが、触れるな。」
一瞬、誰かが喉を鳴らす音。
作者「もし相手が進路を変えた場合──
それに合わせて、同調しろ。」
作者「繰り返す。
撃つな。
追い払うな。
ただ、付き添え。」
スクリーンの赤枠が消え、代わりに青い輪が表示される。
それは、護衛を意味する色だった。
作者「──ルート上には我が国の歴史遺産である『メーテール学院』へと向かっている。
武器は使用を禁じる。」
ブリーフィングが終了すると、室内には静寂だけが残った。
誰も立ち上がらない。
“エスコート”という言葉が、妙に重く胸に沈み込む。
やがて、誰かが小さく息をつく。
その音を合図に、搭乗員たちはゆっくりと立ち上がった。
無言のまま、格納庫への通路を進む足音だけが反響する。
格納庫に到着すると、A-6の鈍重な機影がライトの下で光を帯びていた。
雨に濡れた機体表面が、夜の光を反射して微かに震える。
エンジンの冷却音が低く唸り、整備員たちが最後のチェックリストを確認する。
作者「各機、地上高度一五〇〇メートルを維持せよ。
防空網に入るな。
武器は使用禁止だ。」
パイロットたちは、ヘルメットを被り、酸素マスクを装着する。
コックピット内は、計器の赤いランプと、液晶の地形追随レーダーが淡く光るのみ。
操縦桿を握る手に、無言の決意が宿る。
格納庫の大型ドアがゆっくりと開く。
冷たい夜風が滑り込み、エンジンが低く唸る。
雨で濡れた滑走路に、機体の影が長く伸びる。
作者「全機、発艦準備完了。
各機、順次滑走路へ。」
A-6は順にローリングを開始する。
滑走路を力強く走り、風を切り裂く音が格納庫内に響く。
計器が瞬時に変化し、地形追随レーダーが微細な地形を追いかける。
夜の空は深く、厚い雲に覆われ、視界はほとんどない。
だがパイロットたちは、計器の指示と訓練された感覚に全てを委ねる。
一機、また一機。
A-6は轟音とともに夜の空へと滑り出した。
未確認飛行隊の存在──
そして“盲”の空域。
それが、視界の先に、静かに待ち構えている。
夜空を切り裂くエンジンの唸り。
厚い雲を抜け、雨の名残を振り切ったA-6は、地上一五〇〇メートルの高度を維持しつつ、指定ルートを進む。
計器の赤いランプが淡く光る中、パイロットの目は暗闇を凝視する。
地形追随レーダーが微かな異常を示した。
小さな点──しかし、速度も進路も不規則。
未確認機か、ノイズか。
「……おい、あれ、見えるか?」
無線で小声の確認。
応答は短く、だが確実に届く。
「見えた……光、機影か?」
雲間から、微かに黒い影が現れた。
機影は三つ、揺らぐように並んで飛んでいる。
赤外線でも、夜間視覚でも、明確な形は確認できない。
だが確かに──こちらを認識しているような気配がある。
「識別信号……応答なし。」
計器が無線を受信できず、IFFは不安定のまま。
敵か味方か、まったく判断できない。
A-6は進路を微調整する。
“撃つな──エスコートしろ”
ブリーフィングの言葉が脳裏にこだまする。
影は距離を保ったまま、意図せぬ方向に揺れる。
機体の動きは滑らかではなく、まるで意思を持っているかのようだ。
風と雲の影響だけでは説明できない、不自然な挙動。
「……並走保持。距離、三百メートル。速度、合わせろ。」
パイロットの声は低く、機体の振動に吸い込まれるように響く。
A-6は影に合わせて微速で進路を変える。
計器が微かに警告音を鳴らすが、武器には一切手を触れない。
ただ“付き添う”──それだけが任務だ。
闇の中、未確認飛行隊は光も音も最小限に抑え、こちらを意識しながら飛行を続ける。
A-6の計器越しに、その不規則な軌道が映り、青い輪の護衛表示が点滅する。
「……あいつら、完全に意図的だ。進路を変えた……こちらに合わせてる。」
副操縦士の声が、わずかに緊張する。
その瞬間、未確認機の輪郭が、闇を切り裂くように浮かび上がる。
漆黒の夜空に、まるで生き物のように揺れる三つの影。
目視確認──これが、エスコート任務の初接触だった。
私は、少し元気のないフィーネを連れて、裏門へ向かった。
裏門までの道には糸杉が群生していて、朝から晩までほとんど陽が差さない。
その糸杉の影に紛れるように、丘の中腹からは尖塔と鐘を備えた時計塔が、ちらりと顔を出している。
作者はその美しさに立ち止まった。
時計塔は今では珍しいドリス様式の建物で、鬱蒼とした糸杉に囲まれ、その全貌は見えない。
それでも、背の高さは二十メートルほどあろうか。
メーテール学院ができる前、この時計塔こそがこの土地の象徴であり、支配者だった。
塔には修道女たちが常駐していて、“護り女”として鐘を鳴らし、一日の時間を知らせていた。
朝、昼、夕方前、夜、そして早朝──
一日はこの五つのサイクルに分けられ、それぞれの時間に鐘が鳴る。
【なるほど? 聖ヴィクトリアのか……】
もともとは修道女たちの勤めの合図にすぎなかったけど、
やがて町の人たちから「もっと正確な時間を知りたい」という声が上がり、
今ではこの鐘が区画全体の“時”を刻む基準になっている。
今でも大事な存在ではあるけれど、学院ができた今となっては、少し存在感が薄くなったのも確か。
だって、学院にも鐘があるし、やろうと思えば時計塔はもう必要ないんじゃないかって。
でも、国王陛下は「時計塔は歴史遺産だ」と考えていて、今後も残すつもりらしい。
【このような遺産を、破壊するって?
……莫迦じゃないか?】
誰に向けた言葉でもない声が、胸の奥で響く。
私は、見様見真似で十字を切った。
祈りというより、確認に近い動作だった。
ここはまだ、聖なる場所なのだと。
鐘の余韻が、糸杉の間に溶けていく。
その音はもう、人々の生活の中心ではない。
けれど──完全に忘れ去られるほど、軽い存在でもない。
フィーネが、少しだけ顔を上げて、時計塔の方を見る。
何も言わない。
ただ、その視線だけが、
この場所が「まだ生きている」ことを、静かに証明していた。
そして私は思う。
歴史とは、役に立つかどうかで切り捨てられるものではない。
ただそこに在り、見られ、覚えられている限り──
それは、護り続けられているのだ。
鐘は、もう鳴らない。
だが、沈黙そのものが、ここでは意味を持っていた。
時計塔は、今では珍しいドリス様式の建物。
円形ドームの最上階に鐘が吊るされていて、
その階に行くには、建物内部の隠された扉を見つけて階段を上らなければならない。
昔は、鐘のある中間階に三つの部屋があった。
そこには詩編や書物を収めた書棚がずらりと並び、塔自体が小さな知の殿堂のようだった。
でも今では、学院に立派な図書館棟が建ち、詩編も書物もそちらに保管されている。
塔は、ただ鐘を鳴らすためだけの存在になった。
【ほら──。歴史遺産ではないか。】
私は国王陛下の気持ちを、少し理解した気がした。
処女作が偉大すぎて、どうしても捨てきれない。
そんな、少し外連味のあるこだわりが、塔の存在に色濃く残っている。
塔の影が長く糸杉に伸びる。
鳴り止んだ鐘の余韻と相まって、過去と現在が微かに交錯しているように感じられた。
今、残っているのは、伽藍堂の部屋だけ。
ちなみにメーテール学院の建物はイオニア式で、なんだか“ほっそりしたお嬢さん”って感じがするわ。
それに、学院は「修道女学院」で男子禁制。
アヴェーラがいたら「乙女の園よ! なんて美しいの……!」なんて、
目をとろんとさせて茹で上がってるはず。
……正直、アヴェーラのあのセンチメンタルっぷりは、ちょっと度が過ぎてると思う。
話を戻すわね。
ナーレとフィーネは、そのまま道なりに進む。
歴史遺産の塔を左手に見送り、鬱蒼とした糸杉群の間をゆっくりと抜けていく。
陽の光はほとんど届かず、枝葉の影が地面に網のように広がる。
静かな足音だけが、湿った空気の中で小さく響いた。
糸杉の間を抜けるたび、微かな風が葉を揺らし、遠くの鐘楼の残響が耳をくすぐる。
過去の記憶と現在の行動が、交錯するような、少し不思議な感覚だった。
すると、視界がゆっくりと開けてきた。
【ここが裏門なのか?】
私は思わず後ろを振り返った。
糸杉はまるで後退するように生え際を整え、道を開けている。
群生の中で棲み分けされたように、木々は静かに退き、私たちを導いてくれるかのようだった。
前方には石造りの門柱が微かに見える。
苔むした表面が歴史を語り、周囲の鬱蒼とした森と対比して、孤高の存在感を放っている。
湿った土の匂いと、木の葉が擦れる音。
静寂の中で、裏門はまるで過去と現在の境界のように立っていた。
時計塔から裏門までは、ざっと三百メートルほど離れている。
門は二倍ほどの高さがある鉄柵に囲まれ、針山のように鋭いイガイガが頂点を飾っていた。
大きな南京錠がついた扉はひとつ。
それだけで、この先に踏み込むことの慎重さを、否応なく知らせてくる。
そこには、本来なら看守の修道女が一人いる――はずだった。
けれど今日は、“いない”予定なのよ。
だって、南京錠を開ける術なら、ちゃんと持っているもの。
鍵そのものじゃない。
もっと、静かで、誰にも気づかれない方法。
だから私たちは、
慌てず、怯えず、
――優雅に、堂々と。
裏門を、突破するつもりよ。
【さてと……。御高説、痛み入るな。】
私は軽く肩をすくめる。
【さて、どんな手品かな?】
フィーネが小さく息を飲むのが見える。
でも私は平然を装う。
この門も、南京錠も、私たちの前では、ただの障害物に過ぎない。
夜風が糸杉の葉を揺らす音が、静かな緊張をほんの少しだけ揺るがす。
でも、私の手には、確かな“術”がある。
裏門突破──その瞬間は、もうすぐだ。
ねぇ、ナーレ。本当に大丈夫? 看守、いるんじゃないの?」
フィーネが不安そうに、私の後ろにぴったりくっついてくる。
「大丈夫、大丈夫。あの看守さんね、いつも葡萄酒をこっそり飲んでるって、酒場の亭主さんから聞いたの。吞んでいたら、きっと今頃は夢の世界の住人よ。」
私は肩をすくめて笑う。
フィーネは少し顔をしかめるけれど、私の言葉に少しだけ安心したようだった。
夜の空気に混ざる湿った土の匂いと、遠くで揺れる糸杉の葉の音。
裏門前の静寂が、私たちの足音にほんのわずかに反応している。
「それで……お願いがあるんだけど、ちょっと肩車してもらえない?」
「あと、できるだけ看守部屋に近づいてくれると助かるんだけど」
そう言うと、フィーネはしぶしぶ肩を貸してくれた。
もう腹を括って、私と一緒に行動する覚悟を決めたらしい。
作者はその様子を静かに見守った。
フィーネとナーレは、詰所の壁に背をぴたりとくっつけ、のぞき窓まで慎重に近寄った。
フィーネは窓のすぐそばでしゃがみ、息をひそめる。
ナーレは肩車をするため、片方ずつ靴を抜き、軽く膝を曲げてフィーネに身を寄せた。
微かな呼吸と、袖が壁に擦れる音だけが、静寂の中で響く。
互いに息を合わせる二人の動作は、緊張の中にもどこか連帯感を帯びていた。
ナーレが慎重にフィーネの肩に片脚を載せると、
「よっと」と小さな声が漏れ、二人とも左右に揺れる。
緊張の合間に、ほんのわずかなユーモアが混ざり込む瞬間だった。
のっそのっそと看守部屋に近づいていって、
ナーレはフィーネの肩の上から格子窓をそっと覗き込む。
案の定、部屋の中では噂通りの看守さんが、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「しめしめ、やっぱり寝てた」
私の直感は、やっぱり冴えてる。
「フィーネ、大丈夫そう。看守さん、ぐっすりだよ」
その言葉を聞くと、フィーネは中腰になって、私をそっと降ろしてくれる。
フィーネはあらかじめ両方の靴を地面に置き、ナーレはその肩に座るように体を預けた。
ナーレはフィーネが置いていた靴を丁寧に履き終える。
フィーネは立ち上がり、修道服の袖や裾を軽く叩いて整える。
私はフィーネから降り、右足の靴を脱いで片足立ちになる。
「……何してるの、ナーレ?」
フィーネが不思議そうに問いかけてくる。
「うん、これが私の処世術♪」
そう言って、私は靴底を止めていた釘を六本外し、靴底の部分を手に取った。
中には空洞があって、そこから取り出したのは──
くにゃっと曲がった中太サイズの鉄線。
鈍い金属光が一瞬だけ走る。
それは装飾でも、魔術具でもない。
ただの、不格好な鉄線。
【……これ、ピッキングの棒やん】
作者が目を丸くする。
【え? 君、そういう手品を仕込んでんの?】
「それって……鉄の棒?」
フィーネがのぞき込む。
「手品じゃないわよ」
ナーレは小声で返しながら、鉄線を指先でしならせた。
「“古い鍵”には、“古いやり方”が一番効くの」
鉄線は指に馴染み、まるで最初からそこに在るべき形だったかのように静まる。
南京錠の冷たい感触が、夜気越しに伝わってくる。
フィーネは何も言わず、ただ息をひそめて見守っていた。
修道女としての常識と、目の前の現実が、頭の中でせめぎ合っているのが分かる。
私は鍵穴に鉄線を差し込む。
小さな、ほとんど聞き取れない音。
──ここから先は、静けさとの勝負だった。
「まぁ見ててよ。これで南京錠もお手のものだから♪」
ナーレはそう言うと、南京錠に向かって鉄線を差し込む。
ガチャガチャ──
上下左右に微かに動かし、鉄線を抜き差しする音が響く。
小さな手の動きひとつひとつに、無駄がない。
【こいつ、手慣れてやがる……】
明らかに、この南京錠に何度も挑んだであろう、クセのある手つきだ。
鉄線を指先で撓らせ、鍵穴の内部に微妙な圧をかけるその仕草に、熟練の勘が光っている。
壁の向こう、眠る看守の存在は気にせず、ナーレは冷静に、しかし確実に作業を進めていた。
そして、手の感覚でちょうどいい具合に鉄線を曲げた、そのとき──
カチャリ、と音を立てて南京錠が開いた。
「ふふっ、やった」
私は鉄線を元の形に戻して、靴底に収納する。
「……なんでそんなことできるんだよ」
フィーネが、あきれたようにぼそりとつぶやく。
作者も、フィーネの意見に同意していた。
【バレたら折檻ってレベルじゃねぇ……】
心の中でつぶやく。
ナーレはまるで、修道女という立場の“グレーゾーン”の淵で、軽やかに揺れているかのようだ。
【いや、これ、完全に際どい……】
フィーネも同じ気持ちでいるのが、ひそやかな視線や小さな息遣いから伝わる。
ナーレは軽く肩をすくめて、
フィーネの手を引き、中へと入りながら扉を閉めた。
作者は完全に外に置いてけぼりを喰らったのだが。
扉を軽々とそのまま通過した。
【扉ごとき、私には朝飯前よ。】
作者はナーレがフィーネに弁明中の場に居合わせる。
「万年遅刻魔としては、いつでも出入りできる術を持っておくべきでしょ?
それに、まだ教室にバレずに行かないといけないしね」
その台詞を耳にした瞬間、作者の思考回路は停止した。
【ほう? “いつでも出入りできる術を持つ”か……
ふむふむ。】
「だな……出席点呼やってたら終わりだし」
ナーレとフィーネは見つめ合いながら、次の作戦を考え始める。
【──】
作者は二人とは別のことを考えていた。
(この二人、ちょっとお仕置きが必要ですねぇ……)
この間中、作者はニッコニッコしていた。
最悪、行き当たりばったりの運任せだけど……まぁ、それもまた良し。
「とりあえず、第一関門突破ってとこかな? ね、フィーネ?」
ナーレはにこっと笑いかけた。
「ああ……そうだな。私も、行けるとこまで行くよ」
フィーネは少し覚悟を決めた顔で頷いた。
──作者は一瞬で真顔になる。
【そうだね。君の処世術を、無くせばいいのではなかろうか……】
(さて、どうやって仕掛けてやろうか──ふふふ)
作者は裏側で手を拱く。
多くの読者が知るように。
ナーレの処世術は実際に無くなることを。
もう、既に15話から予期していたのであった。
皆様、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
『第十五話 「裏門からの闖入者」』のプロットや進行のプロセスは、ご理解いただけたでしょうか。
そう、皆が知っているように──
作者は本当にクズです。
実は最初から予定されていた、
というか──ここで奪ったら楽しくなるじゃん。
そう、頭をよぎったんです。
でも──おあずけしました。
いま奪っても、面白くないからです。
なんでしょうね?
カタルシスがないからですね──。
小さすぎる成功体験で、
奪う価値もなかった。
それ以下でも、
それ以上でもなかった。
──でも、奪うときは、きっと違いますよ。
ふふふ、それがカタルシス。
話が逸れました、
それはさほど重要ではありません。
第十六話「濡れ鴉達は低空に拠って」は、学園内からクラスまでをハイテンションで移動する、スニーキングミッションです。
難しい問題ではありません。
まだ朝の8時15分。学園の主要な責任者たちは、準備に追われている最中です。
だから、すーっと行って、すーっと到着するだけ。
ドタバタするのは、単なるストーリーライン。
要するに、この回はメーテール学園がどんな場所かを説明する場です。
外観の描写、内部の雰囲気、そして世界設定――
すべてを、ナーレたちの行動に絡めて読者に伝えるための舞台装置です。
そう、作者もまだメーテール学園の外観を作っていませんでした。
だからこそ、ここでしっかり観察する必要があったのです。
この回は、ナーレたちの行動に絡めて学園の外観や内部の雰囲気、世界設定を読者に紹介する舞台。
動きながら説明することで、自然に理解してもらう――それが狙いです。
意外とプロセスは、はっきりしてきたと思います。
世界観が未設定だから──
魅せてあげる(みせってぃあげる)。
……上手いギャグでしょ?
未設定を挙げているんですから。




