みんな休みが必要なんだね (メルオンside 有)
少し長めですが。
「あの、なぜ座らされたのでしょうか…」
戸惑いを隠せないでいるメルオンは、眉間にしわを寄せていた。
私は人差し指でメルオンの眉間をほぐしながらその問いかけに答えた。
「休憩と私の話し相手」
「……?」
まだ困惑気味なメルオンは表情からして、仕事モードがオフになったみたいだ。
眉間から手を離すと、メルオンはまだ私のことを不思議な表情で見つめている。
「私を助けたときもさっきの報告も『共鳴』が出たんだよね?
ここで大人しく休まないとハイデル先生がうるさいよ?」
「…はぁ、そう……だね」
ハイデル先生の小言は効果が高い。
メルオンは納得したのか口調を崩して、後ろに流してまとめていた髪もくしゃりと崩した。座ったおかげなのか、さっきよりも顔色はよくなったみたい。
それだけでも別にいいんだけど、話し相手になってほしいって言ったしちょうどいいから聞いてみようかな。
「さっきファルが出て行ったのは…やっぱり魔物が出たからだよね」
「そうだよ。城下町の方に降りてきそうだから早めに、ってお願いしたんだ」
「そんな……」
予想は当たっていたけど、あまり嬉しくない。
普通はこんな時期に魔物は城下町へ降りてこない。
グラントに生息する魔物は全部動物型の魔物で、一番寒い今の時期は冬眠で大抵の魔物が眠っている。冬に活発になる魔物はほとんどが山みたいにもっと寒いところで活動するから滅多に降りてこない。
寒くて城下町に降りてくるような魔物が冬眠するこの時期に、魔物が城下町のほうに向かってくるなんておかしい。
『あー……今年は雪の威力が増す年と凶暴化する年がぶつかってるからな。山から降りてくる時期が早まって、被害も少し出たからやむなく早めたんだ』
そういえば、ルクレイシアでファルと連絡を取ったときにそんなことを言ってた。
雪の威力と凶暴化の年がぶつかったって。
……だとしても、今の状況を説明できる根拠にはならない。
雪の威力が増せば、その分冬眠が早まって魔物が動き出すのが早くなる。冬が長引くようなもので、今の時期は外の天候の様子からしても冬眠にあたる。
凶暴化したとしても、冬眠した魔物が多い中で凶暴化するのはせいぜい山に棲む魔物たち。だからフューエク山が『結界』で封鎖されているのに、降りてくることなんてできるはずがない。
それじゃあ、一体どうして、何が原因で魔物が今も城下町に降りてきているんだろう。
「ねえ、メルオン────」
私が続けて質問しようとした途端。
ズドォォォォンッッ!!!
冬の澄んだ空気のせいなのかよく響く音と同時に、城が震えるように小さく揺れた。
ベッドから身を乗り出さずとも、バルコニーに続く大きな窓から外──城下町の方角に氷山が見えた。
公爵城自体は小高い丘のようなところにあるから、氷山といっても城から見えるのは頂上部分だけ。
その頂上部分には、黒色の物体が氷漬けにされているのが見える。あれは多分魔物なんだろうな。
こんなことをするのはグラントでは二人しかいない。
公爵様かファルだけ。
メルオンが急いだ様子で伝えにきたってことは、すぐに向かったファルの魔法かな。
公爵様が後継者教育の一環で主要圏の管理を一時的にファルに任せていた気がするし。
メルオンをちらりと見ると、頭をおさえて大きなため息をついていた。
「あぁもう……」
声色から、心配と焦りと……怒り?が読み取れる。
私は目が覚めたときに見たファルの顔を思い出す。
ひどい隈だったのに、あれから朝の鍛錬に行ってた。
魔法は魔力があれば威力は出るには出るけど、体調とか気持ちによって威力は落ちるし無理した分の反動はひどい。
やっぱりファルも無理しているのかな……。
そう考えると、魔物よりファルのことが気になる。
メルオンは『共鳴』で受け取れる声が強い感情に起因するものが多いから、魔物の動きについて何か知っているかもしれないけど、今聞いてどうにかできる話でもない。
もう一度窓から見える氷山の頂上を眺めてから私は違う質問をする。
「ファルって、やっぱり無理してる……よね。
目が覚めたとき深夜だったのに起きてたし、そのまま鍛錬に行って……いつ休んでるの?」
「え………それ本当!?」
メルオンは急に立ち上がったと思うと、すぐにめまいで椅子に座りなおした。
そんなに驚くことだった?知ってると思って言ったのに、この様子だと知らなさそう。
それだとファルがメルオンに隠してたってことになる。
メルオンは私の疑問を察したらしく、めまいを抑えようと深呼吸してから答えてくれた。
「……最近、といってもこのひと月の間だけど、仕事の休憩時間に寝ることが増えてきてたんだ。寝不足なのか聞いたときに『疲れが取れないだけだ』って言っていたから、お茶を出すだけであまり気にしてなかった……。ファルが深夜まで起きてたのはまったく知らなかった」
「そうだったんだ……」
じゃあ本当にファルはメルオンに隠してたんだ。
わざわざ隠してまで深夜も起きていたのは何が理由なんだろう。
何か目的があるのか、それとも寝つけないのか。
メルオンはファルのことをすごく気にかけているから、休ませたかったのに余計に心労をかけさせることになっちゃったかもしれない。
ファルが戻ってきたらファルも休んでもらわないと、メルオンは気が気じゃないかも。
心配ってとても疲れるんだなと気づいた。
外からは小さい音だけど、魔物を斬るファル専用の魔法石の剣の音がする。
他にも斬る音が聞こえるけど、一番目立つのはファルの剣の音。
結構多いのかな。
私が魔力さえ回復していれば、本調子じゃなさそうなファルの援護ができるのに。
なのに、どうして魔力がまったく回復しないんだろう。
……今まで魔法に頼りすぎていたみたい。
魔法が使えなかったら、私ってただの足手まといなんじゃ……。
うおぉぉぉお!!
ネガティブな思考に入りかけたころ、外から一層大きな声が上がった。勝ち鬨が上がった。
メルオンと顔を見合わせてほっと息をつく。
魔物は片付けることができたみたい。
メルオンによると、いつもより早いらしい。
無理してないといいんだけど……。
勝ち鬨を合図に、メルオンは椅子からゆっくりと立ち上がって片手を握ったり開いたりした。
一番優先するべきは、私のお願いよりはファルを迎え入れることだからね。
「……少しは体調よくなった?」
メルオンがファルの迎えの準備を始めるために動き出したと察した私は、髪を直すメルオンに問いかけた。
メルオンはもう仕事モードに切り替わっていた。
「えぇ、おかげさまで。あとでハイデルのところに行きますのでご安心ください」
「うん、ありがとう話し相手になってくれて。
………あ、ファルも連れて行ってね」
「もちろんです」
さっきまでとは違う優しい微笑みを向けたメルオンの顔から、ファルへの心配が滲み出ている気がした。
メルオンを送り出すと、私の部屋は途端に静かになった。
誰もいないから当たり前なんだけど。
部屋は十分に暖められていて、全身がぽかぽか。
ハイデル先生の言いつけは守らないとあとが怖いから、この部屋からは出られない。
今できることはないかもしれない。
強いて言うなら療養して元気になることだけ。
ファルのことが気になるけど、きっとメルオンが持ち前の世話焼きで今ごろハイデル先生のところに連れて行ってくれてるはず。
私は寝ておこうかな。
そう思うと体は正直なもので、三日も寝たのにまだ寝足りないみたいに私の瞼はすっかり落ち切ってしまった。
─────────
メルオンside
『シャルア』の部屋を出て、すぐ近くで暇そうにしていた使用人に人数分のタオルや水の用意をお願いする。
治癒に関してはすでにハイデル様が指示を出しているはずだから、何も言わないでおく。
「ふーっ………」
一度大きく息を吐き出して切り替える。
急いで玄関ホールへ向かうと、扉の近くには今回倒したと思われる魔物の死骸や魔法石が積まれていた。
その中でひときわ目立つ銀髪の公子様を見つけ、私は彼のもとへ下品ながらも大股で近づく。
がしっと肩を掴むまで、私が近づいていることに気づいていないようだった。
驚いたのか私が肩を掴んだ途端に「うわっ」と声をあげてから私の手を振り払われた。
……いつもなら寄せ付けないのに私に肩を掴まれるほどだなんて。
公子様は私の存在を認めると、すぐに表情を変えた。安心を表に出しているが、その瞳の奥には焦りが見えた。
……よく見れば隈がある。何かで薄くしているようだ。
『シャルア』が気づいたのに私が気づけないなんて、公子様のことを支える補佐官失格だ。
私はいつもの仕事で見せる笑顔を貼り付け、公子様と処理をしていた魔法騎士に声をかける。
「すみません、公子様に用がございますので後を任せてもいいでしょうか?」
「えっ」
「あー……了解です。公子様ありがとうございました」
「えっ」
「それでは行きましょう」
「えっ」
魔法騎士の方も公子様の無理に気づいていたのか、すぐに察して一礼をした。
公子様は一方的に進む会話を聞きながら焦っていた。
私は公子様の手を強く握ってハイデル様のもとまで連れて行った。
「馬鹿ね」
「悪かった……」
医務室に移動した。
ハイデル様になぜ来たのか不思議そうな顔をされたが、私が公子様を診るように頼むとすぐに気づいたみたいだった。
そして最初の言葉に戻る。
公子様は自分で気づいていたため、ついにバレたかと頭を垂れている。
「最近魔物討伐で大きめな魔法を使っているとは思っていたのよ。いつものあなたなら剣に魔法をまとわせるだけで解決するのに、わざわざあんな魔法使って効率悪いと思ってたの。
どうせ背後に気づかなくてとりあえず大きめな魔法を、って使ったんでしょう?」
「あぁ……そのせいで魔物が散るから、騎士団には迷惑をかけてる」
「本当にね」
公子様相手にもハイデル様の毒舌……小言は止まらない。
いつもは毅然とした公子様も、ハイデル様には頭が上がらないのか子どものころみたいにばつが悪そうにしていた。
私も公子様が最近今日のような大きな魔法を使うことには気づいていた。
魔物は一日に多くて三回来る。それが原因で魔法石や魔力譲渡で魔力を補充することが増えてきていた。
私はあまり剣も魔法も上手くないから、どうしてそんなに大きな魔法を使うのか今の今まで気がつかなかった。
……つくづく、この場に自分がいていいのかわからなくなる。
ハイデル様は公子様の顔を両手で挟むと、無理やり診察を再開した。
一瞬顔を顰めたと思うと、ハイデル様は公子様の目元を指でなぞった。
あらわになるのは、思っていた以上にひどく黒ずんだ隈だった。
「あんなに嫌がっていたメイクに目覚めたなんて、どんな心変わりなのかしら?
胃腸が弱ってるわね……絶対この目元が原因だけど、何か言うことは?」
「…………」
公子様は顔を固定されているせいで俯くことができず、ハイデル様から視線を外して抵抗を示した。
その態度にハイデル様は「あぁそう……」と静かに怒りを帯びた声色で呟いた。
まったく答える気配がないことに痺れを切らしたようで、ハイデル様は私に視線を送ってきた。
そこのベッドまで運べ、とそう言われている。
この医務室では、ハイデル様が最高権力者。
私は公子様に心の中で謝って、気づかれないようにゆっくり近づき抱え上げてすぐ近くの医務室のベッドまで運ぶ。
何が起きたかわかっていなさそうに呆けた表情でベッドに横になる公子様の額に、ハイデル様は手を置いた。
『дччо фнс симф йев』
「ぅあ、………っ」
赤子を寝かしつけるのに使う簡単な生活魔法をかけると、公子様は一瞬抵抗したが、すぐに眠りについた。
口元に手を当ててそれを確認したハイデル様は、私に椅子を勧めてきた。
まさか、私もこれから公子様と同じ道を……。
私が静かに座ると、ハイデル様は私と向かい合わせになって診察を始める。
私もここ最近、魔物が増えてきてほぼ毎日何回も『共鳴』が起こるようになっていた。
魔物は時間を見計らうことはないからいつも急で、仕事に支障が出そうになっても気合いでどうにかするしかなかった。
今日は先ほど『シャルア』に休むように言われたおかげか、いつもよりはつらくない。
「あなたも胃腸が弱ってるわね……。寝不足とかは?」
「……少しめまいが。寝不足は特に強く反応して吐き気を催したときくらいなので、公子様ほどでは」
「あなたは正直ね」
ハイデル様は困ったように笑いながら後ろの薬棚から必要なものを出していく。
与えられた薬はいつものもので、用法用量も見なくともわかるくらい飲んでいるものだ。
体の慢性的な不調は、治癒系統の魔法でもどうにもならないことが多いからこうして薬を飲むほうが効率がいいのだとハイデル様が言っていた。
私が自分のものを受け取ると、ハイデル様は公子様の薬も出してくれる。
似たようなものだ。
「わかってると思うけど、毎食後と就寝前に二錠ずつ。吐き気が起きたらそのときにこれを打って。公子様のほうも同じよ」
「いつもありがとうございます」
「もう来ないようになってほしいくらいよ。どれだけ無理するのよ……。
まったく、三人とも生き急いで……」
小言が始まりそうな予感を察して、どう切り抜けようかと思っていたとき、ベッドで静かに眠っていた公子様がうめき出した。
夢にうなされる公子様は、かつて夫人の言葉に敏感になっていた時期のものに似ていた。
「そろそろだったかしら……」
ハイデル様は公子様の様子を見て日付を確認していた。
『そろそろ』というのは、きっと公子様が初めて夫人に平手打ちをされた日。
この時期が近くなると公子様は夢見が悪くなる。以前は食が細くなったり過呼吸になったりすることがあったが、その峠は越えたようだった。
昔夢の内容を教えてくださったことがある。
夫人に『お前なんか消えてしまえ』と平手打ちをされて、雪原の森で人型の魔物に食われることが何度も繰り返されるのだと言う。
夢のため相違があるが、ほぼ似た経験をしているせいでトラウマとなっている出来事が夢で繰り返されることに耐えられないようだ。
食われる感覚はとてもリアルで、忘れてはいけないと言われているように感じるらしい。
私は同じ場所に居合わせていたが、夢に見ることはあってもそんな残酷なものではない。
公子様はその度にひどい寝不足と悪心に苛まれるため、ハイデル様に薬を処方してもらっている。魔法で記憶や精神に干渉することはとても難しく推奨もされていないため、薬での対処をするしかない。
どれだけ公子様の心に深く刻みつけられた出来事なのかがよくわかる。
公子様を支えながら、いつか穏やかに眠れる日が来ることを願うしか私にはできない。
「……三人ともゆっくり休みなさい。
今は少しでも体を休めないと、すぐに力尽きてしまう。公爵様には私から言っておくから」
「………感謝します」
私はうなされる公子様の手を強く握った。
好きな登場人物には苦しんでほしいので、ファルには申し訳ないと思ってます。
【余談】
メルオンは有能です。ファルが隠すことが上手いだけで、彼は本当によく仕えてくれています。
『共鳴』を使って広大なグラントの不備に気づくとすぐに解決策を出してくれますし、お客様の趣味嗜好はほぼ全て把握しているので、城の統括にも携わり始めています。
一部の使用人が恋慕することもあるそうですが、メルオンはファル一筋なせいで何度もその機会を知らずのうちに潰しています。




