花の旅路、皆の帰路
長い長い道のりを、花弁に乗って終えていく。段々と見えなくなっていくのは、アストレアの街明かり。けれどもう、優しい光だとは思えないし、帰りたいと思う場所でもない。
「大丈夫よ。この速度なら、あと数時間で国を抜けるわ」
ちょうど今はハルラ山に入る少し手前、田舎の町並みが下に位置している。彼ら国民はきっと、今日のパーティが戦のきっかけとなり自分たちが徴兵されるとは夢にも思わないだろう。
「アグリア姉様、怖いわ」
これまで歳が離れていることもあってあまり深い関係はなく、特にある程度の歳になってからは私が別の屋敷にいたこともあって最近は形式的な挨拶くらいしか交わしていなかったけれど、こうして見るとやはり可愛い妹だ。一緒に過ごした思い出が少ないからとこれまで何を話せばいいか分からず苦手意識を持っていたけれど、今は言うべき言葉が分かる。
「大丈夫よ、カレン。全て上手くいくわ。兵士の方も、安心してください。オーランド帝国まで時間はかかるけれど、花の中は安全だわ」
「お姉様……!」
カレンが泣きつくように私に抱きついて縋る。その様子を、我が子のことでも思い出したのか、兵士たちが優しい目で見つめ頷いた。
「ええ、信頼しております。しかしアグリア王女にばかり頼ってはいられません。我々兵士にも出来ることがあればなんでも言ってください」
「ありがとう」
この頼もしい兵士たちがこれから血塗れの戦に巻き込まれる。そう思うと、少し前までアストレアの貴族だった者として思うところが少なくない。命を賭けてでもあのバカ王子を失脚させておけば良かった。それから色目使ってバカ王子に取り入っただけでなく恐らく竜害及び今回の件に関わってもいるクレアも。
「忘れてないわよ、私にいじめられたとかくだらない嘘言ったこと……!」
「お姉様、何か言ったかしら?」
レオハルトに婚約破棄された時のことを忘れたわけじゃない。色々ありすぎてそれにかける憎しみが他に分散されたようにも思えるけれど、そもそもの発端はクレアのとレオハルトのバカさだ。許さない。
そんな憎しみこもった声を僅かに拾ったクレアが心配そうに見てくるのを、頭をそっと撫でて落ち着かせてやる。
「何もないわ。平気よ」
「……他の方、無事かしら」
「そうね。ヴィルヘイム王子はお強いけれど恐らく歩きになるし、馬でも拾えていたらいいのだけれど……。アランは恐らくロアに乗ってくるでしょうね」
「ロアって?」
「ああ、カレンは見たことなかったわね。ギャングウルフよ。怪我を治したら懐かれてね。名前をつけてあげたの」
「ふわふわ?」
「ええ。大きくてフワフワよ。それにとても賢いわ。きっと気にいるわよ、カレンも」
「ふふ、楽しみだわ」
カレンは動物好きだ。見たこともない狼を想像したのか、少し落ち着いて柔らかい笑みをこぼしている。
──カレンのためにも、アランとロアには無傷で帰ってきてもらわないと。
その時だった。少しくらいは役に立とうと自主的に辺りを警戒していた兵士が声を上げる。
「あれは、ヴィルヘイム王子の炎です」
彼らが指差す方を見れば、真っ赤に大地が焼けていた。距離と方角からして、クリスティア宮殿だ。
「派手にやっているわね、ヴィルヘイム王子」
この様子ならば無事なのだろうと息をつく。異能によって顕現した炎や水は使い手が死んだら消えてしまうし、息絶えようとしていれば弱まる。こんな距離で見えるくらいの赤々とした炎なのだから、ヴィルヘイム王子はよほどお怒りで、生命力と闘争心に満ち満ちていることが分かる。想像せずとも分かる。
「あとはセイラとラムロスね。あの二人ならば市民に紛れられるし、無事だといいけれど……」
国へは皆で辿り着かなければ。そうでなければ誰かが悲しむ。それに私には上に立つ者として彼らを守る義務と責任がある。一人だって死なせない。
「夜明けにはオーランド帝国へ着いて、ヴィルヘイム王子の戴冠式を済ませたら軍会議ね」
「アグリア姉様、わたくしもアストレアの貴族として、オーランド帝国の王族の死には責任があります。《聖女》の異能を、戦に役立てさせてください」
「カレン……」
駄目、とは言えなかった。同じ思いを私も抱いているのだから。けれど死んで欲しくもない。だから、曖昧に答えた。
「私は妹を死なせたくないわ」




