支配者の戯れ
「はああああああッ!」
真っ直ぐに、猪のような突撃をアイザック・ウォルターが仕掛ける。ニコニコとした裏のある笑みとは裏腹に素直な攻撃だとヴィルヘイムは思った。しかし、だからといって適当に躱すことは出来ない。
アイザックが避けることの容易い簡単な攻撃をするのは、そうした方が相手が取る回避行動がワンパターンに絞れるからだ。そして、回避行動が予測できるということは追撃が簡単になるということ。つまり、アイザックの武器である変形武器の見せ場が作れるのだ。
ヴィルヘイムは宵闇を鋭く睨み、アイザックの武器を見極めようとする。
──ただの剣、に見えるが。
一見するとそれは本当にただの剣そのものだ。しかし、そうでないことは明白。ありとあらゆる武器とその使い手、武器商人と鍛治職人を見てきたヴィルヘイムの目は誤魔化せない。
アイザックの攻撃を出来る限り単調な動きにならないよう気をつけながら、三百六十度全ての方向を使いこなして避けていく。あらゆる向きからその武器を観察し、やがてヴィルヘイムは気がついた。
アイザックの変化武器。今はまだ変形せず剣の形をしているが、まず目を引くのはそのサイズだった。敵を切るべく存在する刃の部分が長すぎる。それに、これは横から見た時に気がついたことだが、二つの刃が重なっているように見えた。下側の刃は分厚く、上側の刃は薄く切れ味の良さが伺える。
──二枚の刃では相手を斬れない。あれでは鈍器だ。
通常でも剣を振るうのは鍛錬が必要だというのに、必要以上の鉄の重さを二枚の刃が生み出すためかアイザックの動作は遅い。そのことがヴィルヘイムに思考する隙を与えてくれていた。
他にも怪しい点は多い。青色のラインが剣を、特に上側の刃を伝っている。それはだんだんと湾曲していて、まるで刃の淵を伝うようで……。
「なるほど」
ヴィルヘイムは呟いた。
「剣ではなく、鎌か」
その声が聞こえたのだろう。アイザックは武器を持ち直す。すると、それまで握られていて見えなかった部分に仕掛けがあってそれで剣の変形を留めていたのだろう。ぐいん、と危なっかしく急に刃が動いた。
上側の刃が、開かれた。頂点の部分が下側の刃と連結されていたらしく、一瞬にしてよくある鎌の形と成り代わった。青のラインが、上側の刃、つまりは鎌の部分を綺麗に装飾していた。まるで、鉄の腐食を隠すように、美しく。
ヴィルヘイムがマジマジと鎌を見ていることに気がついて、アイザックが話し始めた。
「ああ、これね。綺麗でしょう? 殺すたびに血が付くせいで錆が酷くって見た目が悪かったから、ちょっと前に青く塗ってもらったんだ。魔王様もこういう装飾は好きかな?」
ヴィルヘイムは両手に炎を纏ったまま、聞く。
「それにしてもまさか初回で気が付かれるとは……さすが紅蓮の魔王様だ。いつもは簡単な攻撃を避けた敵を追撃して、勢いよく開く刃を腹に当てて、そうして転ぶ敵に振り翳して終わりなんだけど……魔王様相手じゃあそう上手く事は運ばせられないか」
相変わらず笑うことをやめないアイザックを冷たく見据えながら、ヴィルヘイムは空を見た。妻たちは無事に城を出ているだろうかと、それが気がかりだった。
しかし自分も早いところ国へ帰り、正式に国王となって国として戦争を始める必要がある。出かけた王子が独断で戦争を始めてさらに終わらせて帰ってくる、なんてことをすれば貴族のメンツは丸潰れだ。彼らの言い分も聞かなくてはならない。これは国際問題なのだから。
──アストレアと国境を開いている他国にも対応をせねばな。
一方的に語ることを続けているアイザックが黙った段階で、今度はヴィルヘイムが口を開く。
「そんなにも俺を紅蓮の魔王と呼ぶのなら、何故その名が付いたのかを見せてやろう」
今回、時間稼ぎをする中での収穫はアイザックの強さを知れたことと、使う武器を見抜けたこと。それだけかと言えなくもないが、敵のトップの戦闘スタイルを知れたことは大きい。どうせ相手は異能を持っていないのだから、事前に情報を教えておけば普通の兵にも任せられそうだ。
「俺に追われた蛮族の全員が、その住まいを焼き尽くされたからだ。俺の敵に逃げ場など、ない」
軍の頂点に立つものとして、いや、そうなる以前から国内に違法で入り込む蛮族や、犯罪を企む集団の排除を仕事の一つとしていた。そうする中で、相手を殺すか否かはともかく逃げ場を塞ぐ事は重要。その役目がヴィルヘイムの異能にあった。
毎回のように兵糧攻めや水責め、長い時間をかけて相手が諦めて降伏するのを待つなんてことは出来ない。可能な限り早く、事を終わらせる。そこで炎が必要になるのだが、これまた毎回のように燃料となるものや燃えるものを用意はできない。燃料を必要とせず無から生まれる異能の炎は大活躍していた。
「燃やし尽くせ、弄火」
右手を空高く上げ、ぽつりと囁く。そうすればヴィルヘイムのやや背後の上空に複数の火の玉がゆらゆらと怪しげに揺れながら出現した。そのまま、哀れみの目もくれずに深淵の瞳のまま、手を下ろした。次の瞬間、火の玉が地面へと落下。草木に燃え移り、ものすごい速度で燃え広がっていった。
「水の《聖女》を!」
「早くしないと!」
「やだ、何これ、草木がなくても燃えてるわ!」
「きゃあ! ドレスに燃え移って……!」
アイザックが来たから大丈夫だと見守っていた人々が、不意を突かれたようにして慌てふためく。
そんな様子を興味なさげに見つめ、ヴィルヘイムは一言。
「心配せずとも命は落とさない。その炎は、命だけは焼かない。まあ、身体に纏わりつきはするが」
言われてアイザックは少し離れたところにいる、ドレスが焼けていく哀れな令嬢を見た。「熱い熱い」と叫んではいるが、女性の皮膚は焼けていない。髪は例外のようでチリチリと燃えていくが、それでも頭皮は無事だ。
「生命以外は焼くわけか……兵士たち、水の《聖女》と、それから服が焼けた者のために代わりの物を」
命令を飛ばしたアイザックが再び前を向くと、ヴィルヘイムはすでに走り出していた。すぐに後を追おうにも、炎の壁があってヴィルヘイムの元へは行けない。
「……そのまま焼かれていろ」
親の仇に対する憎しみを隠す事なく声音に込めて、ヴィルヘイムは夜の城内を駆けた。一度引かなければならないのが本当は悔しくて仕方なかった。
「早く、追いつかないとな……」
数日後にはまたここへ来て、今度こそ正式に国対国として戦争をして勝つのだと、ヴィルヘイムは誓った。
弄火とは、火遊びのことです。火を弄ぶんです。
それくらい、ヴィルヘイムにとって、何かを燃やす事は躊躇いもないほどよくある事なんですね。ましてや「燃やし尽くせ、弄火」は命を奪いませんから。




