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軍の支配者はワラウ

久しぶりです。投稿少なくて申し訳ないです。


 ソイツは、この場には相応しくない笑顔を浮かべていた。微笑や苦笑ならば、ヴィルヘイムとアレクサンダーの血気盛んな様子に上司として呆れているのだと理解出来る。

 しかし、ソイツの笑みは違う。朗らかで、上品で。貴族のご令嬢相手に浮かべるような、姫君を恋に落とすような甘ったるい笑みだ。鮮血香るこの場には似合わない。風が金の髪を揺らした。


 ヴィルヘイムはソイツの姿を見て、すぐに察した。


 ──こいつが、アストレア王国軍隊第一指揮官及び近衛連隊隊長か。


 肩書は両方ともアレクサンダーの一つ上。アストレア王国の軍部ではトップに当たる地位である。


 ヴィルヘイムは妻アグリアから聞いている男の名を記憶から呼び覚ました。


 ──アイザック・ウォルター。二つ名は笑う軍師。


 アイザックが笑う、ウォルターが軍の支配者を意味することからついた二つ名だ。


 ──その名に相応しく出世した男か。


 「アレク兄様ですら一度たりとも勝てた試しがないのです」とは、アグリアの言葉だ。ここまで戦いを繰り広げていた妻の兄よりも強いのだということが、その一言から十分に伝わる。


 ヴィルヘイムは背筋を伸ばし、異能を改めて全身に巡らせた。熱を帯びたその体は、一般人が触れれば蒸発してかき消されそうなほど。


 展開についていけず後方でオロオロとしている兵や《聖女》が、ざわつき始める。もうひと暴れでもされれば宮殿は無事では済まず、さらには王族に怒られ処罰される可能性を考えてしまっているのだろう。

 しかしそんなこと、ヴィルヘイムには知ったことではない。被害を負わされたのはこちらなのだから。ヴィルヘイムは目の前の軍師の強さを少しでも測ろうとする。しかし相手はアストレアの人間の男なので異能を持たないことは明白。


 ……気になるのは、アレ、か。


 ならば異能以外で強みがあるはずだ。軍師という名から奇想天外な作戦かとも思う。実際、奴は天才なのだろう。しかし今は違うはず、と考えを改める。何せこの状況では一対一だ。急展開で始まった行き当たりばったりの戦に作戦もクソもない。


 ……無論、最初からレオハルトから何か聞いていれば準備が可能だが。


 弱小国家のアストレアがいきなり強気に出て戦争を仕掛けたのだ。勝機の一つや二つくらいあるだろう。かつて《聖女》が生まれた理由でも解き明かしたか、あるいは無敵の武器でも作ったか。はたまた……国力の差を知らぬ相当な馬鹿か。


 緊張が走る空間で、先に言葉を発したのは相手だった。アレクサンダーはアイザックの後ろで構えている。

 しかし、アイザックがアレクサンダーに手を向けた。武器を下ろしてやれ、という意味だろう。顔で「何を言っている?」と訴えたアレクサンダーだったが、上司の強さを信頼しているからか、もしくは上司が頑固なのか、すぐに従った。ただ、こちらを睨んでいることに変わりはない。


「いやぁ、こんなにも荒らされるなんてね」


 ヴィルヘイムの炎によって焼け落ちた木々や花、装飾品として庭に飾られている物は数多い。戦闘をしていたこの場所から半径八キロは地面が炭になっていた。弁償しろと賠償命令を下されれば国家予算並みだ。


「これくらいで痛手か?」


 が、あくまでもアストレア王国の国家予算並み、だ。土地も広大で資金を貯めることを忘れないオーランド帝国からすれば、その気になれば一括で払える額。もちろん、ヴィルヘイムには払う気など毛頭ないが。


「はは、辛辣だなぁ。生憎ウチの国はそちらさんほどデカくなくてね」


 ヴィルヘイムの憎まれ口を笑い飛ばすアイザック。ヴィルヘイムはどこまでも名前通りの男だと、いっそ気味悪く思った。まるで、名前の通りに生きようとしているみたいだと。


「だから、こんなに壊されたうえ逃げられる、なんてことあっちゃいけないんだよ。そちらさんと本気で戦争になれば勝つ可能性は下がる。だからここで終わらせないと。オーランドには使者一人戻らない。戻らせない。国王陛下の死も伝わらない。アストレアへ向かった者が誰一人帰らない無言の状況をオーランドには楽しんでもらうんだよ」


 アイザックの様子がおかしくなっていく。笑いが嗤いへと変貌し、目が点になったかのように止まっている。その奥にあるのは、一体なんだろうか。どこまでも渦巻いて混沌を極めるような瞳。綺麗な碧眼のはずなのに、悲しみと憐憫を十二分に混ぜ込んで作った蒼き泥沼の様だった。


 慣れているのか、アレクサンダーは動じていない。対して、下級兵と思われる者たちや普段戦闘に参加せず宮殿にいるだけの令嬢たちは突如変化したアイザックの様子に怯えている。我らが軍師は気が狂ったのか、と。


 そんな周りの様子を気にせず、アイザックは続ける。


「その隙をついて、何も分からないオーランドを降伏させるんだ。そうして永年王国でも築こう。きっと………いい国になるからさ」


 最後の一文だけは、憧れと郷愁を含んだ落ち着いた物言いだった。


「……永年王国、か」


 ぽつり、と、ヴィルヘイムはアイザックの言葉を繰り返した。永年王国とは確か、アストレアの国の宗教、神話に登場する国だ。楽園や桃源郷と似ている。誰もが幸福に満ち、平和を謳歌する、長年続く滅びを知らない完璧な理想郷。確かに、存在するならば嬉しいとヴィルヘイムだって思う。けれど、それが無理だということは分かる。少なくとも、アストレアとオーランドが併合したって永年王国にはなれないと。


「幸福な人間は、幸福には気づけない。だから、理想郷など存在しない」


 冷たく言ったヴィルヘイムに、アイザックは「夢がないな」と微笑った。


「幸福を感じられなくとも、不幸じゃなければいいんだよ」


 どちらの言葉にも、重みがあった。二人とも軍のトップとして数多の死を、そう、部下の死、民の死を見てきた者だ。それでいて、賊や獣、魔獣を殺してきた者でもある。生と死を知っている彼らの会話に、周りの者は完全についていけなくなった。


「幸福を知らなければ、不幸にもまた気がつけない」


 再度言い放つヴィルヘイムには何を言っても埒が開かないと思ったのだろう。アイザックは問いを変えた。


「なら、王子様、いや……紅蓮の魔王様。オレが幸福に見えるかい?」


 泥沼の双眸を真っ直ぐに注ぎ神妙にそう聞いたアイザックに、ヴィルヘイムは躊躇いなく答えた。


「知らん。幸福は他者が測るものではない。だが、そうだな。一般的に見るならば、理不尽に両親を虐殺され戦争を仕掛けられた俺の方が不幸ではないのか。そう、分かっているんだろう?」


「ッ」


 図星を疲れたように息を呑んだのは、アイザックが他者より幸福であると突きつけられたからか。ヴィルヘイムが最後に言った「お前はレオハルトから事前に国王及び王妃殺しの件を知っていただろう」という遠回しの問いかけのためか。


 ともあれ、ヴィルヘイムのやることは決まった。


 ──今日の目的は国へ帰りアグリア姫たちと合流、民に全てを伝えること。


 今目の前の軍師を殺すことは厳しいだろう。オチオチしていれば他の《聖女》や兵士が駆けつける。


 ──それでも、こいつの首は必ず俺が取ろう。


 トップ同士、奴にも悩みがあることは分かった。恐らくは悲しい死にでも対面したのだろう。

 だからこそ、俺が来たる日に戦場で首を取ろう。

 敵の将軍に敗れるならば、そう恥ずかしい死でもあるまい。その事実が、奴への手向(たむ)け。


「王子様は本当に、お優しい人だね」


 ヴィルヘイムの決意を感じたのかは分からないけれど、アイザックは微笑んで告げた。そしてまた、静かに、先ほどよりも濃い殺気を周囲に撒き散らし始める。しかし決して、殺したくてうずうずしているというわけではない。


 仕事だから殺す。使命だから殺す。民と国家のために殺す。そういった決意故の、諦めと慣れが混ざったとてつもなく静かな殺気。殺気と呼んでいいのかも迷うくらい、超自然的なオーラだった。


「ならさ、オレの幸福のために、死んでくれよ」


 焼けた大地すら凍るほど涼やかな声音。


「お前、笑う(アイザック)じゃなく道化(ピエロ)にでも改名した方がいいぞ」


 先ほどから繰り返される安定感のない変化の様に、心からそう感じたヴィルヘイム。


 次の瞬間、疲弊させて隙をつき逃げようとするヴィルヘイムは炎を纏う腕を前へと突き出し。

 同時に、逃すまいとヴィルヘイムが先ほどアレと呼んだ謎の変形武器をアイザックは手に取った。


冬です。風邪ひかぬよう気をつけて。

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