軍最高指揮官vs軍隊第二指揮官
焼けた匂いが充満していた。月のやや陰る美しい夜。その金色の代わりに、赤々とした炎が明滅する。緑を燃料に燃え盛るそれは、一人の人物が原因だった。
熱さの中心に立ったヴィルヘイムは、怒りのままに蹴散らしていた。冷静さを失った彼を止められる者は誰もいない。非力で戦闘経験のない《聖女》持ち頼りの軍隊など、彼の敵ではなかった。
ただ一つ。妻のアグリアの言う通りならば彼女の兄アレクサンダーとその上司でありナンバーワンの人物だけがヴィルヘイムに対抗しうる。そのことをヴィルヘイムは頭の中心に留めていた。
いつもは澄んだ水面のような碧の双眸も、今は引っ込められていた。見る者を奈落へ引き摺り込むような深い群青は怒りを超えて恨みを孕んでいて。
燃えるようなワインレッドの髪はいつも通り後ろへと撫でつけられている。けれど、何処か怒りを表すように逆立っていた。
「俺の視界から、消えろ」
まだ二十歳に満たない年齢で、ここまで異能を正しく操り自分の一部として繰り出す人は稀だ。敵の《聖女》は怖気付き、びびって、徐々に後退していた。
今ヴィルヘイムがいるのはクリスティア宮殿の入り口。木々が茂り、国花であるピンクコスモスが咲き乱れる場所。目の前には先ほどまでパーティをしていた部屋を始め、王族の自室もある。アストレア軍としては何としても守らねばならない、国と政治の中心であり歴史を誇る建物だ。
その建物の玄関とでもいうべき扉に向けて、ヴィルヘイムは炎を飛ばそうとした。普段ならば対人では絶対に使わない。仮に相手が盗賊であろうとテロ組織であろうと使わない。竜相手でも滅多に使わない。それくらい、破壊的な威力を誇る炎の砲弾だ。
「壊し尽くせ」
絶対に勝てない相手だとヴィルヘイムを認識しながらも城を守る肉壁となるべく目の前に並ぶ軍人と《聖女》に、何の憐れみも持たないわけではない。彼らはただ生まれる国を間違えて、あるいは生まれた身分が平民であればここで死ぬことはなくて。けれど、だからなんだと思う。運命は、この時ヴィルヘイムと対峙することへ導いた。ならばヴィルヘイムが止まる理由などない。
──運命を呪って、馬鹿な王族を憎んで。
パーティとのことで、普段使っている戦闘用の剣は今持っていない。国に置いてきてしまっている、
でも、だからこそ、今のヴィルヘイムは無敵だ。
──そうして、死ね。
本来剣は、ヴィルヘイムの異能を抑えるための制御装置なのだから。ヴィルヘイムは異能を発現させた時から、あまりの炎を司って、その扱いに困ってしまった。テーブルクロスに触れれば意思に関係なく炭にしてしまうほど。
だから修行は剣術と異能の掛け合わせをメインとした。そして年月とともに扱いになれ、日常生活は普通に送れるようになったのだ。それでも戦闘となると敵を憎む思いや倒そうという思いが先走って力加減を間違える。故にこの歳になっても異能を一度剣に通して戦うことをやめなかった。
アグリアが結婚祝いに父からもらったネックレスも同じだ。あれには宝石が嵌められていて、宝石は異能制御ができる。王族の剣も鉄やら装飾品の宝石やらでできているのだから、同じような物だ。
「煉獄」
無慈悲にそう呟いた。と同時、敵へと向け真っ直ぐに伸ばされているヴィルヘイムの手のひらから、光線のような赤い炎が放出された。流星の如き一筋のそれは、真っ直ぐ一直線に止まることなく、突き進む。敵との距離百メートルほどはわずか二秒で詰められ、盾と異能を構える敵は吹き飛ばされる。生きているかは分からないけれど、消し炭にはなっていなかった。そして、ついに城の扉を打ち破ろうかとした、その時。
「そうはさせぬ」
影から現れたかのように突如そこへ立って大剣を構えたのは、アレクサンダー・レーランド・ファナ。少し後退しながらも、彼の支える剣は炎を耐えた。途中でヴィルヘイムが放出を止めたこともあるが。
「アレクサンダー殿だな」
妻に似た顔立ちと金の瞳、銀の髪を認めて声をかけた。思えばこうして対話するのは初めてだった。
少し焦げた剣を見つめながらアレクサンダーは答える。
「ああ、そうだ」
隠すつもりもないのだろう。先ほどまでとは打って変わって殺気をこれでもかと体に纏うアレクサンダーに、ヴィルヘイムは静かに続ける。
「妻の家に悪いようにはしない。付いてくるならば、保護しよう」
「笑わせる。俺は軍人だ。政治に興味はない。貴様のような強い者と敵対することを望む」
「………そうか。ならば」
たったそれだけの対話だった。あとはもう、それぞれの想いのままに。
ヴィルヘイムが軽やかにステップを踏む。アレクサンダーもまた剣を構え直し、迎撃の準備をとった。両手に炎を帯びたヴィルヘイムは相手の大剣を手で挟むと、鉄を溶かさんばかりに熱をより一層高温にしていく。ただそれを黙って見つめるアレクサンダーではない。溶かされる前に相手を切り刻んでやろうと、全体重をかけて剣を相手へ押し込んでいく。
ジリジリと流れる時間。砂時計の砂がこぼれ落ちるように、互いの命にタイムリミットが迫っていた。その光景を、先の砲撃を命からがら生き延びた火傷だらけの男女、さらに追加で集まってきた者たちが眺めている。誰もヴィルヘイムを止めに入ろうとも、アレクサンダーを助けに入ろうとも思わなかった。フォローに入れるほど自分達が強くないこともある。ただそれ以上に、嬉々として戦う第二指揮官を止めれば、後でどんなに怒られることか。
だから皆、ある人物が来ることを待っていた。
「義兄を殺すことも厭わない、か」
剣を押し込みながら半笑いで言われ、ヴィルヘイムもまた笑う。
「彼女には悪いが、敵は敵、だ」
「まあ、アイツならば俺が戦いを望むことを分かっているだろう…がッ……!」
両者、腕の筋肉が悲鳴を上げていた。アレクサンダーの剣は刃こぼれどころではない致命傷を負っている。このままいけば、彼の敗北は待った無し。
そうして、当の二人以外が待ち焦がれた頃、そいつはやって来た。
ヴィルヘイムの新たな技「壊し尽くせ、煉獄」。
煉獄とは、『カトリック教会の教義で、天国と地獄の間にあり、死者の霊魂が天国に入る前に火によって罪を浄化されると考えられていた場所』だそうです。スマホで調べました。
ヴィルヘイムにとっては憎き敵。けれど彼らの運の無さと悪しき王族に恵まれた運命を憐れみ、死後まで焼かれ続ける『業火』ではなく、今ここで全てを浄化して天国へといく『煉獄』を与えたのかもしれないですね。




