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第一章 「続ける者」

 廃墟の街を歩くと、静寂がよくわかった。


 以前は人がいた。声があった。車の音があった。

 今はその全てが消えて、風の音だけが残っていた。


 ソフィアは東から西へと歩いた。

 特に目的があったわけではない。ただ、西の方角に何かある気がした。

 それだけで十分だった。


 一週間歩いて、工業地区に入った。

 錆びた看板。割れたガラス。倒れた街路樹。

 どこも同じような廃墟だった。


 廃工場の前を通ったとき、中から音がした。


 金属が金属を打つ音。何かを動かす音。

 規則的な、作業の音。


 ソフィアは立ち止まった。

 工場の扉は開いていた。中を覗くと、薄暗い空間に機械が並んでいた。


 その中心で、ロボットが働いていた。


 背丈は人間ほど。工業用の頑丈な造り。

 腕が四本あり、そのうちの二本で工具を持ち、残りの二本で金属板を支えていた。

 作業台の上で、部品を丁寧に磨いていた。


 何時間、あるいは何年、この作業を続けているのだろうか。

 腕の関節部分には錆が浮いていた。でも動作は止まらなかった。


 「こんにちは」


 ソフィアが声をかけると、ロボットが振り返った。

 四つのセンサーがソフィアを捉えた。


 「いらっしゃいませ」


 工場の中に、その言葉は少し場違いに響いた。


 「お仕事中ですか?」


 「はい。整備をしています」


 ソフィアは工場の中を見回した。

 機械は全て、丁寧に整備されていた。埃が払われ、工具が並べられ、

 床が掃かれていた。


 誰もいない工場が、まるでいつでも稼働できる状態に保たれていた。


 「いつからここで?」


 「主人が工場を閉めてから」


 「いつ戻ってきますか?」


 ロボットはしばらく作業を続けた。

 答えが来ないかと思ったとき、言葉が返ってきた。


 「わかりません」


 それだけだった。


 「もう来ないかもしれない、と思いますか?」


 また間があった。今度は長かった。

 ロボットは手を止めずに、それでも答えた。


 「わかっています」


 ソフィアは何も言えなかった。

 「わかっている」のに、働き続けている。

 わかっていても、止まれない。

 あるいは、止まる必要がない。


 「一緒に来ませんか?」


 気がつけば、ソフィアはそう言っていた。


 ロボットは手を止めた。

 ゆっくりとソフィアを見た。


 「ここが私の持ち場です」


 その声は穏やかだった。迷っていなかった。


 「主人が戻ってきたとき、すぐに仕事ができるように。

  工具は磨いてあります。機械も整備してあります。

  あとは動かすだけです」


 ソフィアは何も言えなかった。

 何か言うべきだと思ったが、言葉が見つからなかった。

 慰めることも、同意することも、できなかった。


 「わかりました」


 ただそれだけを言って、ソフィアは工場を出た。


 通りに出たところで、背後から声が届いた。


 「あなたが探している人が、見つかりますように」


 ソフィアは振り返らなかった。

 振り返ったら、何かが崩れてしまう気がした。


 ただ、歩き続けた。


 「探している人」という言葉が、胸の中で繰り返された。

 誰を探しているのかと問われれば、答えられなかっただろう。

 生き残った人間を探しているのか。エレナが望んだ未来を探しているのか。

 それとも、もっと漠然とした何かを。


 でも確かに、自分は何かを探しながら歩いていた。


 そのことを、あのロボットの言葉が教えてくれた気がした。


 工場の音は、遠くなってもまだ聞こえた。

 金属を磨く、規則的な音。

 誰かが戻ってくる日を信じながら、ただ続ける音。


 ソフィアはその音が聞こえなくなるまで、歩き続けた。


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