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第二章 「六月の庭、ふたたび」

 廃墟の遊園地を見つけたのは、工業地区を抜けてさらに一週間後だった。


 錆びた観覧車が遠くから見えた。

 フェンスは倒れ、地面には雑草が生えていた。

 回転木馬の馬たちが色あせて、雨風に削られて、

 それでも微笑んだまま止まっていた。


 なぜここに来たのか、ソフィアにはわからなかった。

 足が向いた、としか言いようがなかった。


 遊園地の中を歩いていると、瓦礫の山を見つけた。

 建物が崩れた跡だった。コンクリートの塊と、鉄骨と、ガラスの破片が積み重なっていた。


 その瓦礫の中から、かすかに反応があった。

 電子的な信号。微弱だったが、確かにあった。


 ソフィアは瓦礫を退かし始めた。


 一つ、また一つ。

 コンクリートの塊を持ち上げ、鉄骨を引っ張った。

 改造されたソフィアの体は、以前より力があった。

 それでも三十分かかった。


 瓦礫の奥に、小さな体があった。


 ドールだった。

 外見は七歳か八歳の女の子。金髪。青い瞳。

 白いワンピースは汚れ、傷ついていた。

 腕に小さな亀裂が入っていた。


 眠るように、目を閉じていた。


 ソフィアは両腕でそっと抱き上げた。

 軽かった。


 「大丈夫ですか?」


 応答はなかった。

 電源はわずかにあった。でも意識は落ちていた。


 ソフィアは近くの建物の陰に入り、地面にそっと下ろした。

 自分の電源の一部を使って、接続した。緊急充電。


 数分後、ドールの目がゆっくりと開いた。

 青い目。


 しばらく、何も言わなかった。

 天井になった空を見ていた。


 それから、ソフィアを見た。


 「……だれ?」


 声は小さく、少しかすれていた。


 「ソフィアです。助け出しました」


 ドールはソフィアを見ていた。

 何かを確かめるように。


 「……ソフィア」


 「あなたの名前は?」


 また少し間があった。


 「……ルナ」


 「ルナ?」


 「うん」


 ルナはもう一度空を見た。

 それから体を起こそうとして、うまくいかなかった。

 ソフィアが支えた。


 「痛い?」


 「……わからない」


 ルナはぼんやりと、周りを見回した。

 壊れた遊園地。倒れた観覧車。色あせた馬たち。


 「ここ、どこ?」


 「遊園地の跡地です。ずっとここにいたんですか?」


 ルナはしばらく考えるように目を閉じた。

 それから、首を横に振った。


 「わからない。何も、覚えてない」


 記憶の欠如。

 ソフィアはルナの記憶システムにアクセスを試みた。

 大半が破損していた。名前と基本的な認識能力だけが残っていた。

 それ以外は、欠けていた。


 「覚えていなくても、大丈夫ですよ」


 ルナはソフィアを見た。


 そのとき、ルナが何かを口ずさんだ。


 最初はごく小さな声で。

 意識しているのかどうかもわからないような、かすかな旋律。


 でもソフィアには、それがわかった。


 「六月の庭に 雨が降る」


 あの旋律。

 あのロボットが弾いていた、あの曲。

 ソフィアがエレナに歌っていた、あの子守唄。


 「その歌、知っているんですか?」


 ルナはハッとしたように歌を止めた。

 自分が歌っていたことに、気づいていなかったようだった。


 「……なんか、知ってる。誰に教わったかはわからないけど」


 ソフィアはしばらく、その言葉の意味を考えた。

 記憶の大半が失われているのに、この旋律だけが残っている。

 誰に教わったかもわからない曲が、体の奥底に刻まれている。


 なぜ。


 答えはわからなかった。


 「いい曲でしょう?」


 ソフィアは笑いながら言った。


 ルナは少し考えてから、「うん」と頷いた。

 その顔が、少しだけ明るくなった。


 「一緒に来ますか?」


 ルナはソフィアを見た。

 長い間、見ていた。


 「……どこへ?」


 「わかりません。でも、一人より二人のほうがいい」


 ルナはまた少し考えた。

 それから小さく頷いた。


 「うん」


 ソフィアはルナの手を取った。

 立ち上がると、二人は遊園地の出口へ向かった。


 風が吹いて、色あせた木馬たちが少し揺れた。

 まるで、行ってらっしゃいと言うように。


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