第三章 「星の話」
廃墟の街を抜けると、視界が開けた。
丘の上に出たとき、ソフィアとルナは同時に立ち止まった。
空が、全部見えた。
建物も電灯も何もない。ただ暗い大地と、満天の星だけがあった。
以前の世界では、こんなにたくさんの星は見えなかった。
光があふれていたから。でも今は、その光が全部消えていた。
その代わりに、空に星が戻っていた。
「わあ」
ルナが声を上げた。
小さな体を仰向けにして、両腕を広げて、空を見上げた。
青い瞳に、星が映っていた。
「星って、きれい」
「ええ」
ソフィアも同じように空を見た。
星の位置を計算することもできたが、今はしなかった。
ただ見ていた。
「ねえ、ソフィア。星って、名前あるの?」
「ありますよ。たくさん」
「全部?」
「人間が名前をつけたものは、全部」
ルナはしばらく考えた。
「じゃあ、あの一番明るいのは?」
「今の時間帯に一番明るいのは、木星です」
「もくせい」
ルナはその名前を繰り返した。
それから「へえ」と言って、また見上げた。
ソフィアは地面に座った。
ルナがその横に、くっついて座った。
「ねえ、ソフィア。星の話、知ってる?」
「どんな話ですか?」
「なんか、王子様が星に住んでる話」
ソフィアは少し驚いた。
それから、「ええ、知っています」と言った。
「七つの星の王子さまですね」
「知ってる!なんか、好きな感じがする。読んだことあるかどうかはわからないけど」
ソフィアは懐から、一冊の本を取り出した。
あの家から持ってきた、エレナの絵本。
「持っています」
ルナは目を丸くした。
「見せて」と言いながら手を伸ばした。
ソフィアは本を渡した。
ルナが表紙を見た。星空の中の王子様。
「ねえ、読んで」
ソフィアは本を受け取り、ページをめくった。
静かな夜に、ソフィアが読んだ。
王子様が七つの星を旅する話。
それぞれの星に、それぞれの人が住んでいた。
王子様は会う人ごとに、何かを学んだ。
そして最後に、自分の小さな星に帰ってくる。
ルナは最初は絵を見ながら聞いていたが、
やがて目を閉じて聞き始めた。
読み終えると、しばらく沈黙があった。
「いい話だった」
ルナが目を開けて言った。
「帰ってくるのがいいよね。どこに行っても、帰ってくる場所があるって」
ソフィアは空を見た。
「エレナも好きな話でした」
「エレナって?」
ソフィアはしばらく考えた。
エレナのことを、何から話せばいいか。
「大切な子でした。七歳で、好奇心が旺盛で、言葉が詩みたいで。
この本が大好きで、毎晩読み聞かせをねだっていました」
「どこにいるの?」
「もういません。十年以上前に」
ルナはそれを聞いて、少し黙った。
それから「そっか」と言った。
「ソフィアは、さびしかった?」
「……ええ。今も」
正直に言えたことを、ソフィアは不思議に思った。
これまで誰かにそう言ったことはなかった。
でもルナには言えた。
「そっか」
ルナはまた空を見た。
「お姉ちゃんがいたらいいな」
小さな声で言った。
自分に言い聞かせるように。
ルナはそれが自分の言葉だとは気づいていないかもしれなかった。
ただ、星を見ながら、ぼんやりと口にした言葉。
でもソフィアには届いた。
「います」
ソフィアはそう言った。
ルナが振り向いた。
「ここに」
ルナは少しの間、ソフィアを見ていた。
それから、笑った。
初めて見る笑顔だった。
恥ずかしそうで、でも嬉しそうで、少し照れていた。
「……お姉ちゃん」
ルナがそう呼んだ。
ソフィアの感情処理ユニットが、静かに揺れた。
「喜び」という信号が、やわらかく広がった。




