表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/27

第四章 「空白の授業」

 廃校を見つけたのは、丘を越えてさらに三日後だった。


 小学校だった。

 白い壁は薄汚れ、窓ガラスがいくつか割れていたが、建物自体は残っていた。

 校庭の遊具は錆びて、鉄棒が一本倒れていた。


 「あそこ、なに?」


 ルナが校舎を見て聞いた。


 「学校です」


 「がっこう?」


 「子供たちが集まって、勉強をする場所です」


 ルナは少し考えた。

 「行ってみたい」と言った。


 校舎に近づくと、窓の内側から光が見えた。

 電灯ではなかった。独自の電源を持った何かの光。


 中に入ると、廊下が続いていた。

 教室の扉が一つ、開いていた。


 中から声がした。


 「では、今日はここまでにしましょう。明日は理科の続きからです。

  忘れ物のないように」


 二人は扉の外から、中を覗いた。


 教室だった。

 黒板に文字が書かれていた。「今日の授業:算数・国語」


 机が並んでいた。二十席ほど。

 どの席も空だった。

 誰もいなかった。


 でも教室の前に、アンドロイドが立っていた。

 外見は三十代の女性。教師服を着ていた。

 黒板の前に立ち、出席簿を持ち、誰もいない席を見ていた。


 「ごめんください」


 ソフィアが声をかけると、アンドロイドが振り返った。


 「いらっしゃい」


 穏やかな声だった。驚いた様子もなかった。

 まるで、生徒が来ることを当然のように待っていたように。


 「ここで何をしているんですか?」


 「授業をしています」


 「生徒は……」


 「今日は誰も来ていません。でも、授業はしています」


 アンドロイドは黒板を指した。

 今日学んだことが、丁寧な文字で書かれていた。

 算数の問題と答え。国語の例文。


 「生徒がいなくても、授業を?」


 「生徒たちが戻ってきたとき、空白のないように」


 ソフィアはしばらく、その言葉の意味を考えた。


 「いつから?」


 「三年前から。みんないなくなって、私だけ残りました。

  でも授業を止める理由がないと思って」


 先生は出席簿を開いた。

 名前がたくさん書かれていた。

 毎日、「欠席」の記録をつけていた。

 三年分の欠席記録。


 ルナがそっと教室に入った。


 机を一つ見て、椅子を引いた。

 それから、座った。


 先生の目が変わった。


 すうっと、何かが灯るように。


 「では、続けましょう」


 先生は黒板の前に立った。

 姿勢が伸び、声が変わった。


 「今日の算数の続きです。では、この問題を解いてみましょう」


 黒板に問題を書いた。


 ルナは机の上に両手を置いて、問題を見た。

 きちんと座って、先生を見た。


 一時間の授業が始まった。


 本物の授業だった。

 先生はルナに問いかけ、ルナが答え、先生が頷いた。

 「よくできました」と言うときの声が、少し震えていた。


 ソフィアは廊下から、それを見ていた。

 胸の中で何かが、ゆっくりと動いた。


 一時間が終わると、先生は「今日はここまでにしましょう」と言った。

 ルナが立ち上がって、椅子を引いて、丁寧に机の中に入れた。


 「ありがとうございました」


 ルナが言った。


 先生は出席簿を開いた。

 ルナの名前を書いた。

 「出席」という印をつけた。

 長い長い欠席の記録の中で、初めての出席だった。


 廊下に出て、二人は歩き始めた。


 出口のところで、先生の声が届いた。


 「また来てください。席はいつでも空けてあります」


 ルナは立ち止まった。

 振り返らなかった。


 「うん」


 それだけ言って、歩き出した。


 ルナがソフィアの手を握った。

 強く。


 ソフィアは何も言わなかった。

 ルナも何も言わなかった。


 その手の力だけで、全部がわかった。


 校舎から遠ざかりながら、ソフィアはずっとその手を握り続けた。

 どちらも何も言わなかった。


 言葉は要らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ