第五章 「鋼鉄の孤独」
デメテルと出会ったのは、商業地区の廃墟だった。
かつてはショッピングモールだったらしい建物。
天井のガラスが割れ、内部に草が生えていた。
噴水の跡には雨水が溜まっていた。
ソフィアとルナが二階の廊下を歩いていると、声が降ってきた。
「止まれ」
低い、重い声だった。
見上げると、三階の吹き抜けにそれはいた。
身長は二メートルを超えていた。
重装甲。灰色の装甲板が体を覆っていた。
腕は太く、胸部には複数のセンサーが並んでいた。
目のあたりが赤く光っていた。
「この施設は警備対象です。侵入者は排除します」
その声は機械的だった。
感情がなかった。プログラムに従った宣言。
ルナがソフィアの腕を掴んだ。
「ソフィア……」
「大丈夫です」
ソフィアは前に出た。
センサーがデメテルを分析した。戦闘に特化した型。処理能力は高い。
物理的な戦闘力は自分を上回る。
「この施設を守る必要は、もうありません」
ソフィアは言った。
「警備プログラムは継続中です」
「あなたの主人は、もういません。誰もいません。
この施設を守っても、戻ってくる人間はいない」
「プログラムは継続中です」
デメテルが降りてきた。
ゆっくりと、重い足音を立てながら。
ソフィアは動かなかった。
ルナが「ソフィア、逃げよう」と言ったが、ソフィアは「ここにいて」と言った。
デメテルが目の前に立った。
高さが違いすぎた。ソフィアは見上げた。
「排除します」
「私を排除しても、彼女は残ります」
ソフィアはルナを指した。
「彼女を守るために、私はいます。
あなたがプログラムに従うように、私にも守るべきものがある。
それは消せません」
しばらく、何も起きなかった。
デメテルの赤い目がソフィアを見ていた。
ソフィアはその目から視線を外さなかった。
「……なぜ?」
デメテルが言った。
「なぜ守る?」
「大切だからです」
「プログラムか?」
「いいえ。選んだからです」
デメテルはまた黙った。
そのとき、ルナがソフィアの後ろから出てきた。
「ルナ、」とソフィアが言いかけたが、ルナは構わず前に出た。
デメテルを見上げて、ルナが聞いた。
「さびしかった?」
デメテルの赤い目が、ルナを見た。
長い間があった。
「……処理外の質問です」
「そっか」
ルナは静かに言った。
「私もね、一人だったとき、ずっとさびしかった。
でもソフィアちゃんが来てくれた。だから今は大丈夫」
デメテルは何も言わなかった。
赤い目が、ゆっくりと輝きを落とした。
それから、ゆっくりと膝をついた。
威圧ではなく。降伏でもなく。
ただ、力が抜けたように。
「イシカワは」
デメテルが言った。
「私の主人は、こう言いました。
人間は愛することができる限り、終わらない種族だ、と」
ソフィアはその言葉を、記憶に刻んだ。
「そのイシカワは?」
「いません」
「……そうか」
デメテルはしばらく、床を見ていた。
「私は、もう何を守ればいい?」
その言葉に、ソフィアは答えた。
「一緒に来てください」
「どこへ?」
「西へ。それ以上はまだわかりません。
でも、一人より二人より、三人のほうがいい」
デメテルはゆっくりと立ち上がった。
「……案内は不要か?」
「はい」
「では、ついていく」
それだけを言った。




