第三章 「ロザリオ」
七月の半ば、エレナが熱を出した。
夜中にソフィアのセンサーが警告を発した。隣の部屋の体温が上がっている。
駆けつけると、エレナは布団の中で小さく丸まっていた。
額に触れると、熱かった。三十八度四分。
「エレナ、起きられますか?」
「……うん」
かすれた声で答えた。目が少し充血していた。
ソフィアは冷たいタオルを作り、頭に当てながら、
薬を取り出した。解熱剤。
「お水と一緒に飲んでください」
エレナは素直に飲んだ。それから「ありがとう」と言って、また目を閉じた。
ソフィアはその夜、エレナの傍を離れなかった。
二時間おきにタオルを取り換え、体温を測り、記録した。
朝になっても熱は下がらず、三日間が過ぎた。
三日目の昼過ぎ、ようやく熱が少し引いてきたとき、
エレナは目を開けて、窓の外を見た。
カーテン越しに夏の光が差し込んでいた。
「ソフィア」
「ここにいますよ」
「ずっといてくれた?」
「はい」
エレナはしばらく天井を見ていた。
それから、「ありがとう」と言った。
「ありがとう」は三日間で七回目だった。ソフィアはすべて記録していた。
「ねえ、ソフィア。一つ聞いていい?」
「なんですか」
「死ぬって、怖い?」
病室のような静けさが、部屋を満たした。
ソフィアは答えを慎重に選んだ。
七歳の子供に、どう答えるべきか。でもエレナは特別な子だと、ソフィアは知っていた。
優しい嘘よりも、誠実な言葉を求める子だと。
「……正直に言うと、わかりません。私は死んだことがないから」
「そっか」
「エレナは、怖い?」
長い間があった。
「少しだけ。でもね」
エレナは窓の光を見たまま、続けた。
「本にね、書いてあったの。覚えてる人がいる限り、人はどこかに生きてるって」
ソフィアは動かなかった。
その言葉が、胸の深いところに、まっすぐに刺さった。
「だからね、誰かが覚えてくれてる間は、死んでないんだと思う。
そう思ったら、少し、怖くなくなった」
エレナは笑った。熱で少し頬が赤かった。でも笑顔は本物だった。
「覚えていますよ」
ソフィアはそう言った。
それだけ言った。
でもその四文字の中に、彼女は持てる限りの全部を込めた。
エレナと過ごしたすべての朝を。薔薇の香りを。絵本の言葉を。
七回の「ありがとう」を。どこへも行かないでという声を。
全部、全部、覚えている。
エレナは目を閉じた。
「知ってる」と言いながら。
夕方、熱が平熱近くまで下がった。
メアリーがそっと病室に入ってきた。
エレナの顔を見て、安堵の息をついた。
「よかった」
メアリーはエレナの手を握りながら、ポケットから何かを取り出した。
銀色の繊細な鎖に、バラの形をした小さなペンダント。
ロザリオだった。
「おばあちゃんの形見なのよ。ずっと大切にしてきたんだけど、
あなたにそろそろ渡そうと思って」
エレナはそのロザリオを両手で受け取って、しばらく見つめた。
バラの細工は細かく、本物のバラの花びらを模した形に作られていた。
「きれい……」
「お守りよ。大切にしてね」
エレナはロザリオを握って、それからソフィアを見た。
「ソフィアと二人で持ち主になる」と言った。
「え?」とメアリーが少し笑った。
「だってソフィアは私のお姉ちゃんだから。お姉ちゃんと一緒に持ち主になるの。
それのほうが、なんかいい気がする」
メアリーはソフィアを見た。
ソフィアはエレナを見た。
「光栄です」
そう言いながら、ソフィアの感情処理ユニットは静かに、
だが確かに、喜びの信号を出し続けていた。
エレナがロザリオをソフィアの手に乗せた。
「ね、まずソフィアが持っていて」
「わかりました」
ソフィアはそのロザリオを、手のひらでそっと包んだ。
バラの形の銀細工が、彼女の指の間で静かに光った。




