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第一章 「主人の笑顔」

 農場の跡地は、街から三日歩いた先にあった。


 一面の荒野の中に、それだけがあった。

 焼けていなかった。崩れていなかった。

 丁寧に耕された畝が続き、葉の緑が風に揺れていた。


 「あそこ、作物が育ってる」


 ルナが言った。


 三人は農場に近づいた。


 畑の中に、一体のロボットがいた。

 小さなロボットだった。背が低く、動きがゆっくりしていた。

 関節部分に油を差した跡があり、あちこちが補修されていた。

 でも丁寧に手入れされていた。


 そのロボットは、土を耕していた。

 小さなスコップで、一鍬一鍬、丁寧に。


 「こんにちは」


 ソフィアが声をかけると、ロボットが顔を上げた。

 センサーが三人を確認した。


 「いらっしゃいませ」


 穏やかな声だった。


 「ここで農業を?」


 「はい。人間が戻ってきたとき、腹を空かせていては困るから」


 三人は顔を見合わせた。


 「いつから?」


 「戦争の後から。もう十年以上です」


 「一人で?」


 「一人で」


 老ロボットは作業を続けながら答えた。

 手が止まらなかった。

 話しながら、耕し続けた。


 「休まないんですか?」


 ルナが聞いた。


 「休んでいます。夜は休みます。でも昼間は、できるだけ動きます。

  植物には、世話が要りますから」


 デメテルが前に出た。


 「なぜそこまでする」


 老ロボットは手を止めた。

 それからデメテルを見た。


 「主人の笑顔が好きだったから、です」


 短い答えだった。


 「主人が、新鮮な野菜を食べるとき、笑う人でした。

  その顔が好きでした。

  だから、いつかその笑顔に会えるように、育てています」


 デメテルは何も言わなかった。


 老ロボットは作業に戻りながら続けた。


 「来ませんか、もしかしたら。でも、来てもいいように、準備しています」


 しばらくして、老ロボットは収穫した野菜を三人に渡した。

 かぶら大根と、トマトと、葉物野菜。


 渡すとき、一番形のいいものを選んでいた。

 何度か選び直して、一番丸くて、一番鮮やかな色のものを手に取った。


 「これが一番おいしいと思います」


 そう言いながら、ルナに渡した。


 ルナはトマトを両手で受け取った。


 「ありがとう」


 「どうぞ、遠慮なく」


 三人は農場の端の石に腰を下ろして、野菜を食べた。

 アンドロイドもドールも食事は必要ないが、食べることはできた。

 トマトの甘い味がした。


 「おいしい」


 ルナが言った。


 老ロボットはそれを聞いて、また作業に戻った。

 何も言わなかった。でもその動作が、少し軽くなった気がした。


 立ち去るとき、老ロボットはもう振り返らなかった。

 畑に向かって歩いていった。

 その背中が、荒野の広さの中で、あまりにも小さかった。


 デメテルだけが、長い間、その背中を見ていた。

 歩き出してからも、何度か振り返った。


 「デメテル」


 ソフィアが声をかけた。


 デメテルは前を向いた。


 誰にも聞こえない声で、何かをつぶやいた。

 それが何だったか、ソフィアには聞き取れなかった。


 でも、その声の重さだけは、伝わった。


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