第46話 [結婚式]
僕らは今日、鷹のメンバーの結婚式のため、デルンにある大きな教会へと来ていた。
ゲームにある結婚システム。結婚しても特に利点はなく、結婚指輪の衣装がもらえるのと、既婚者限定のダンスパフォーマンスが増えるぐらいだ。
それでも不思議なもので、意外と人気のあるシステムになっている。
教会へ入ると、鷹のメンバーが大勢集まっていた。
「文ちゃん! ほら、座ろっ! あっちの一番前空いてるじゃん!」
「えっ! 僕はギルドメンバーじゃないし、後ろで見てるよ……」
「なに遠慮しちゃってるんだい! もう半分は鷹のくせに! ほらっ! いくよ!」
麦に引っ張られ、僕は前列の長椅子まで連れていかれた。
「よぉ! 二人とも早く座れ!」
マイラーさんは僕らに気付くと、手招きをして横へ案内した。
「マイラーさん、こんにちは! 結構人数多いですね。鷹全員、来てるんですか?」
「あぁ! 大体は来てるな! 皆こういった祭りごとは好きだからな!」
マイラーさんは「ガハハ」と大声で笑った。
ホークさんの件で元気をなくしていた鷹の面々だが、今日はお祝い事ということもあってか、あちこちで自然と笑みがこぼれていた。
「ギルド内での式なんて久々だねぇ~」
「…………そうですね。前回は結婚式の途中でバラシスさんとフロンさんが喧嘩になりましたっけ。ヒートアップしすぎて、皆でPvドームまで行って、総当たり戦しましたよね」
マイラーさんの横では、ヴィンテージさんとデスさんが和やかに会話をしていた。
(結婚式で総当たり戦!? さすが鷹……)
「せやなぁ、あんときはほんま地獄絵図やったわ」
ポポちゃんが僕の後ろの席から、ひょこっと顔を出した。その横では、えーさんが静かに頷く。
「……夫婦喧嘩、犬も食わない」
(どんなだったんだろう……想像するのやめよう……)
僕が皆の話を苦笑いで聞いていると、パイプオルガンが鳴りだした。
「あっ! 始まるよ! ほら、文ちゃん! ドア見て!」
麦が指差した方へ目を向けると、教会の大きなドアがゆっくりと開いた。
外から眩しい光が差し込み、思わず目を細める。
光に目が慣れると、ドアの前に並んで立つ二人の姿が浮かび上がった。
そこに立っていたのは、しとやかに微笑むこころさんと……。
(ダーハルさん!?)
二人は手を取り、一歩前へ出ると、そのまま左右へ分かれて踊り始めた。
【幻惑のダンス】
二人が舞い始めると、花びらがふわりと舞い上がる。
その花びらの向こうから新郎新婦がゆっくりと姿を現した。
純白のタキシードに身を包んだ伝心さん。そして、その隣には、真っ白なウエディングドレスをふんわりと広げた花音さんが立っていた。普段の凛とした雰囲気とは違い、今日はどこか柔らかな雰囲気を纏っていた。
二人は静かにバージンロードを歩き、神父の前に立った。
「汝、以心伝心よ。健やかなる時も、苦難の時も、花音の手を取り、共に歩むことを誓いますか?」
伝心さんは真っ直ぐな瞳で神父を見ると、爽やかな笑顔で答えた。
「はい!」
「汝、花音よ。健やかなる時も、苦難の時も、以心伝心の手を取り、共に歩むことを誓いますか?」
「は――」
花音さんが、静かに頷き答えようとした瞬間。後ろから大きな声があがった。
「ちょっと待ったああああああああ!」
皆が一斉に振り向くと、ドアのところにはロマさんが立っていた。
(ロマさん!? いないと思ったら……)
「悪りぃ! 一度やってみたかったんだよ! なんかタイミングいいとこだったから、ついな。 遅れてすまねぇ!」
そそくさと席に着こうとするロマさんだったが、立ち止まり、伝心さんを指差した。
「お、いや待てよ。花音よ。お前……本当にそいつでいいのか! 弓しか取り柄のない男だぞ! そいつのどこが良かったんだ!」
そこに便乗し始める周りの人達。
「ははーん。……せやっ! そんな、しがないアーチャーなんかより、ここにめっちゃエグい魔法撃つデスさんがおるやろ!」
ポポちゃんが立ち上がり、デスさんへ手を向けた。
(デスさんまで巻き込まれてる……)
その様子をマイラーさんが笑って見ていた。
「おいおい、また悪ノリが始まったか! デスよ、師匠なら花音になんか言ってやれ!」
デスさんはその場でスッと立つと、花音さんの方へ優しい笑みを向けた。
「……花音さん。気にする必要はないんですよ。あなたは、あなたの道を進むと決めたのでしょう? ……私、リアルは既婚者ですし」
(えっ!? えっ!? デスさん結婚してるのか!)
デスさんの言葉に花音は力強く頷くと、口角を上げた。
「ふっふっふ。皆さん知らないでしょうが、伝心は……すっっっごいんですよ!」
(何が!?)
花音さんは伝心さんの腕を掴むと、皆へ言葉を続けた。
「伝心は私のことを……20秒間、笑わせられます!」
その言葉に悪ノリで騒いでいた鷹の人たちは、全員ぽかんと口を開けた。
「そいつはすげぇや……」
いつの間にか、僕の隣に来ていたロマさんが一言だけ呟くと、席へと座った。
「伝心くん、意外とやり手だったんだねぇ~」
ヴィンテージさんがニヤっとして、伝心さんに向かって言うと、麦は立って拍手した。
「よく言った! カオちゃん! よっ! やり手の伝心!」
「変なあだ名つけないでください!」
伝心さんは顔を真っ赤にしていたが、嬉しそうに花音さんを見つめていた。
その後、式はつつがなく進み、新郎新婦が退場する時間となった。
幹部の人たちが教会で販売されているライスシャワーセットを皆へ配ると、ロマさんが二人へ声を掛ける。
「皆が外に出て少し経ったら、出て来いよ」
僕たちは教会の外へ出ると、二人を迎えるように列を作った。
やがて教会の鐘が鳴り響き、伝心さんと花音さんが姿を現した。
皆は二人を祝福するように、ライスシャワーを宙へと投げた。
(二人とも、とても幸せそうだな……)
温かい気持ちで二人を眺めていると、横にいた麦がぽつりと呟いた。
「……いいなぁ」
僕はその一言に驚いた。
「えっ! 麦ちゃん結婚式したかったの? 興味ないって言ってなかったっけ?」
「ん? 興味ないよ! 結婚式はね! ……でも、ウエディングドレスは少し着たかったかなぁー、なんて!」
「麦ちゃん……」
僕らは結婚式を挙げていなかった。若くに結婚して、お金がなかったというのもあるが、僕も妻も結婚式に興味がなかったこともある。
まさかそんな風に思っていたなんて、僕は知らずに今まで過ごしていた。
「おーい! この後はどうするー?」
「皆でドーム行こうぜー! 伝心チームと花音チームに分かれてチーム戦!」
鷹のメンバーが盛り上がる中、輪の後ろで肩を寄せ合う二人。
「懐かしいな、フロン。この感じ。」
「えぇ、まったく。また、ぶちのめしてあげるわ。バラシス」
皆の好き勝手な言葉に苦笑いを浮かべる伝心さん。
「皆、なんか変な伝統作ろうとしてません?」
その後、結局Pvドームへと皆で向かったのであった。
Pvドームへ向かう最中、こころさんが伝心さんと花音さんの前に立ち、二人の足を止めた。
「そういえばぁ~、二人の結婚ダンスみてないなぁ~。みたいなぁ~二人が、かわいく踊ってい・る・と・こ・ろ」
結婚すると出来るようになることの一つ、結婚ダンス。このダンスの振付が、とっても可愛いのだ。しかも、近くに結婚相手がいると、どちらかが踊り始めれば、相手も強制的に踊りだしてしまう。
こころさんの一言に、そっと逃げようとする伝心さん。
しかし、花音さんがダンスを始めてしまい、伝心さんも踊りだしてしまうのだった。
「花音―! なんで始めちゃうんだよー!」
(そう言いつつ、パフォーマンス止められるのに付き合ってあげるんだな)
照れ笑いしてる伝心さんの横で、ドヤ顔で踊る花音さん。二人のダンスに周囲は大いに盛り上がった。
そして、二人の後ろで、結婚ダンスを踊るもう一人の人物。
「えーさん!?」
「えっ!? えーさん! 結婚してたの! 誰と!?」
目を丸くして驚く僕と麦の前では、ダンスを続けながら会話をする伝心さんたち。
「えーさんが結婚してたなんて、聞いたことなかったから驚きました!」
「まさか、先を越されていたとは……」
「……これでユニット組める」
えーさんの意外な事実を知って驚きつつも、皆はPvドームへ向かい、その後、壮絶な乱闘の末、花音チームに軍配が上がり、幕を閉じた。
ドームの外へ出ると、すっかり辺りは薄暗くなっていて、皆はそれぞれ解散した。
「あー久々に笑ったー!」
「楽しかったねー! またやろー!」
「このまま狩り行こうぜ!」
鷹の面々が、笑顔で解散していく中、僕は麦を呼び止めた。
「麦ちゃん! ちょっと待って!」
「なに? 文ちゃん? お腹すいたから、酒場でも行こうかと思ったんだけど! 文ちゃんご飯は?」
「あっ、いや! ご飯は食べるよ。でも、ご飯の後でいいからナウルーク来てくれない?」
「ん? いいよー! じゃあご飯食べた後に、ナウルーク集合ね!」
麦はそう言うと、駆け足で酒場へと向かっていった。
僕は一足先にナウルークへ行き、準備をした。
しばらくすると、食事を終えた麦が約束の場所へやってきた。
「やぁやぁ! おまたせ! 今日のお肉は絶品でしたなー! で、どうした文ちゃん!」
「うん、ちょっと夜の散歩しない?」
「えっ! いいよ! じゃあ、せっかくだから、南のマップ4行って毒の材料集めたいな!」
「違う違う! 狩りじゃなくて……普通の散歩。たまにはゆっくりさ」
「うーん。しゃあない! 付き合ってあげるよ! 泣いて喜べ! 青年!」
(青年って……中年になったら中年って呼ばれるのかな……)
僕らは、ナウルークの街を歩きだした。
バザールから離れ、周りが静かになってくる頃、僕の目的の場所へと辿り着いた。
ナウルークの町はずれにある、小さな教会だ。
「麦ちゃん、今から僕らだけで結婚式しない? 実は準備してあるんだ」
麦は目を丸くして、僕を見た。
「文ちゃん……現実はお金なかったもんね!」
「いや、そうなんだけど……」
「でも嬉しいよ! ありがとう! 文ちゃん!」
僕は麦にウエディングドレスを渡し、僕らは教会の中へと入っていった。
麦は「せっかくだから奥で着てくる!」と、奥の個室へと向かった。
僕も装備を変え、長椅子へと腰掛けて、麦を待った。
教会の中はとても静かだった。
飾り気こそ少ないものの、小さな祭壇には白い花が添えられ、大きな窓から差し込む月明かりが優しく教会を照らしていた。
「文ちゃん! おまたせ!」
個室の扉がゆっくりと開いた。
そこには、オフホワイトのウエディングドレスに身を包んだ麦が立っていた。
胸元から裾にかけて金色の刺繍が繊細に施され、腰には細い飾り帯が巻かれている。長く伸びたヴェールは歩く度に淡く輝き、髪には同じ金色の装飾が添えられ、神秘的な雰囲気をまとっていた。
月明かりに照らされる麦は、目を奪われるほど綺麗なのに、その光景はどこか儚いものに感じた。
「このウエディングドレスいいね! どう! 文ちゃん!」
「うん……きれいだよ……」
嬉しそうな麦の顔につられ、僕も自然と笑顔になる。
「この教会、最初の頃に一緒に来たよね!」
「うん、僕ここの雰囲気が好きで、ここなら二人で静かに結婚式挙げられるかなって」
麦が僕の手を握ってくる。
「うん! いい判断! 私も好き! 賑やかなのもいいけど、こういうのって照れくさいもんね!」
僕もそっと握り返した。
僕と麦は小さな教会で、静かに二人だけの式を挙げた。
その時間は短かったけれど、とても幸せな時間だった。
「じゃあねー文ちゃん! また明日ねー! ヘソ出して寝ると雷様に取られちゃうからねー!」
「雷様って……おやすみ!」
麦と別れ、僕はゲームをログアウトした。
VRを取ると、静まり返った部屋。机の上にはコップが一つ。
変わらないはずのリビングが、ここには居ないことを実感させる。
家の中の空気に耐えられずに、僕はベランダへ出た。
まだ少し、夏の風が残る夜。僕はベランダで静かに涙を流した。
あの小さな教会で、手を取り、抱きしめ、温もりを確かに感じた。
けれど、それは――
ずっと知っている、温もりではないことも、はっきりと感じてしまった。
夜風だけが、静かに僕の頬を撫でていった。




