第43話 [見える範囲]
今日は休日なので、朝から麦と待ち合わせをしている。
(そろそろ約束の時間かな?)
僕がリビングの時計に目をやり、ゲームに繋ぐ準備を始めた時だった。
――ピンポーン
珍しく、家のチャイムが鳴った。
「誰だろう? こんな時間に……。あっ! 急がないと!」
僕は麦との約束があったので、慌てて玄関のドアを開けた。それがいけなかった。
「はーい! ……あっ」
ドアを開けると、そこにいたのは彼だった。
やつれた顔に、よれよれのスーツ。ボサボサの髪に無精ヒゲ。
彼は、妻が亡くなるきっかけとなった事故を起こした人だ。
彼は信号が赤に変わる直前、スピードを上げて交差点へ進入し、右から来た車に追突した。その衝撃で飛ばされた車が、妻に当たったと聞いている。
彼は初犯ということもあり、実刑にはならず執行猶予付きの判決が下りたらしい。
僕は、裁判には行っていない。彼を写真で知っているだけだった。
やつれた顔から、言葉が零れた。
「急にこんな……来てしまって申し訳ございません。ただ、どうしても直接謝りたくて」
弁護士から連絡は来ていない。きっと勝手に来たんだろう。
彼からは手紙が何通か来ていた。ただ、見る気にはなれず、僕は手紙を棚に仕舞ったままにしている。
(こんな時、本当なら怒り狂うのだろうか……)
黙ったままの僕の前で、彼は土下座を始めた。
「お、奥様を……私のせいで……大切な方を死なせてしまい……本当に申し訳ございません」
「すみません……今はお話する気にはなれませんので、お引き取りください……」
僕は、それだけ伝えると、静かにドアを閉めた。
最後、彼が土下座したまま泣いているのが見えた。
ゲームの中で毎日、麦と過ごしているからだろうか。彼に対して怒りや憎しみは出てこなかった。代わりに彼のことを「かわいそうな人」だと思ってしまった。
人づてに聞いた話では、彼が事故当時に乗っていた車は高級車で、会社もいいところに勤めていたらしい。
だが、今日来た彼は、見る影もなかった。
僕は、ドアの外から聞こえる彼の泣き声を聞きたくなくて、すぐにリビングへと戻った。
(麦ちゃんが待ってる……早く繋がなきゃ……)
僕は自分の中で処理しきれない気持ちを抱えたまま、ゲームへと繋いだ。
デルンの待ち合わせ場所に着くと、麦は何やらコンソールを眺めているようだった。
「麦ちゃん! 遅れてごめんね……」
「あぁ! 文ちゃん! いいとこに来た!」
「いいとこ?」
首を傾げると、麦は自分のスキルツリーを僕に開示してきた。
「そう! 今さー! 『?ブロック』が出たんだよ!」
『?ブロック』とは、正式名称は誰も知らない。いつの間にか、プレイヤー間で定着した呼び名である。
スキルツリーを進めていく中で、条件を満たさないと内容が明かされないスキルだ。取得方法も、『?ブロック』の中にヒントが書かれているだけで、プレイヤーが公開している情報を頼るか、自分で見つけ出すしかない。
麦は興奮気味に話を続けた。
「これは良スキルの予感がするんだよね! 開けたいから大図書館いこう!」
麦のスキル情報を閉じて、僕は思い出したことを呟いた。
「そういえば、僕も一つ放置してる『?ブロック』あったなぁ」
「えっ! なんで放置すんの! 文ちゃんも今すぐ開けよう! ほれ急げー!」
そう言うなり、僕の腕を引っ張って、麦は大図書館へと駆けて行った。
大図書館の中央には、緑に光る巨大なクリスタルが置いてある。このクリスタルから、プレイヤーが提供した情報などを、確認することができる。
麦はクリスタルから手を離し、ウキウキした顔をこちらに向けてきた。
「くぅぅぅぅ! やっぱり! まだ情報公開されてないスキルだった! 文ちゃんのは?」
「僕のも、情報ないねぇ」
「えっ!? 文ちゃんのが!? めずらしい」
「それって、僕がレベル低いからってこと……? このハテナって、アト――」
そこまで言うと、麦はぐいっと僕の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「文ちゃん! 明かされてないスキル情報ってのはね! なるべく秘密にしておくべきなんだよ!」
「えっ! ……なんで?」
「かぁぁぁぁ! これだからトーシロはっ! すぐに他の人に手の内バラしちゃったら、Gv楽しめないじゃん!」
「いや、僕レーサーだし……」
「関係ありません! とにかく! ここからは隠密で動くよ!」
それから僕らは、なぜか忍び足でクエストのヒントが並ぶ書庫を歩いていた。
小声で麦に話しかける。
「そういえば、麦ちゃんの『?ブロック』のヒントって何だったの?」
『?ブロック』の下には、この書庫に並ぶ本のタイトルへ繋がるヒントが、一言だけ記されている。
「んーとね、『頭いいね! いーたん!』だったよ!」
「いーたん? なんか可愛らしい名前だね。子供か何かの本かな?」
「なんだろね? 文ちゃんのは?」
「僕のは『糸から布、回せ回せ!』だったよ……」
(相変わらず意味わからないんだよな……このヒント……)
僕と麦は、手分けして書庫を見て回ることになった。
ずらっと並ぶ本のタイトルを端から順に見ていく。
(えーっと、回せ回せと、いーたんいーたんっと……)
それらしき本を見つけてはペラペラと中を覗いてみるが、どれも目的のクエストに繋がりそうになかった。
僕は少し疲れたので、気分転換に図書館中央のベンチに座りにいった。
ベンチに座って、ふと見上げると、吹き抜けになっている大広間の天井画が目に入ってきた。
その絵には、天使たちが舞うように女神を囲み、穏やかな笑みを浮かべた女神は両手を大きく広げていた。
女神の両脇には中性的な容姿をした二人の人物が描かれている。一人は女神へ恭しく膝をつき、もう一人は静かに立ったまま、その様子を見つめていた。
そして、立つ人物にだけは、なぜか影が描かれていなかった。
「変な絵……」
絵を見ながら、ぽつりと声が漏れると、突然、耳元で声がした。
「本当にねぇ~」
突然のことに驚き、勢いよく振り向くと、穏やかな笑みを浮かべたヴィンテージさんが立っていた。
「ヴィンテージさん!? なんで、こんなとこ!?」
ヴィンテージさんは僕の隣へ来ると、ソファーへと腰かけた。
「ちょっと調べものをね~。ところでさ~、あの絵って色んな見解があるんだよね~」
「へぇ、どんなのですか?」
僕が尋ねると、ヴィンテージさんは天井を見上げ、指をさした。
「ん~、あの両脇の二人ってそっくりでしょ~? だから、あれは実は一人の人間の表の顔と裏の顔とか~、双子で一人が先に天に召されたんだ~とかね~」
(結構、いろんな噂があるんだなぁ……気にもしたことなかった)
僕は天井画を見ながら、今まで気にも留めなかったことに気付かされた。
「ふーん……そうなんですねぇ」
僕がため息交じりに言うと、ヴィンテージさんは目を細めて尋ねてきた。
「なんだか~ピンときてない顔だねぇ~。文月君にはどう見えるの~?」
「僕ですか……? 僕は……」
改めてよく絵を見てみる。
(片膝ついてる方は穏やかな顔で女神を見ている、立っている方は……)
「立っている方は女神じゃなくて、膝をついてる人の方を見てるように見える……かな? 少し寂しそうにもみえる?」
「へぇ~! それは面白いねぇ~。まぁ、あの手の絵って、色々な解釈が出来るようになってるからねぇ~」
ヴィンテージさんは、すっと立ち上がり、僕に顔を向けた。
「さて、僕は調べものに戻るよ~。じゃあ、またね~」
手をヒラヒラとさせ、去っていくヴィンテージさんの背中を見送った。
僕は再び、天井を見上げた。
(今まで、目を向けなかったことって、結構あるのかもな……)
「…………」
僕は少し休んでから、またクエストのヒントが並ぶ書庫へと戻った。




