第39話 [風]
正宗さんと麦の毒針バトルの後、わんわんのコールが鳴り、僕らはすぐにセーブポイントへと戻った。
セーブポイントに着くと、犬彦さんとイチさんがトチギさんを囲んでいた。
「トチギさん、ありゃ何だ? あんな必殺技みたいなの持ってたのか!」
「なんか武器につけてましたよね? アサシンのスキルであんなの見たことなかったですよ!」
トチギさんは黙りながらも、少し口角をあげていた。
そこへ麦も割って入る。
「あー! トチギさん遂に使ったのね! 麦の孫!」
「麦の孫? 麦ちゃん何それ……」
「武器につけると、めっちゃ強くなる毒! でもまだ少ししかないし、情報出てないから秘密ね! それはそうと! 早く次いこっ!」
麦は足早にワープポータルへと駆けて行った。
(まぁ後でゆっくり聞こう)
その後、残り僅かな時間を、麦は正宗さんを見つけるたびに粘着していた。
そして結果発表へ。
紅白戦に出場していたレーサー達が、ナウルークへと集まった。
キレマスさんが前に出て、皆へと発表を行った。
「赤、102。白、118。結果白チームの勝ち! おめでとう! くー! 負けたかー!」
僕ら赤チームは、イニーナさん率いる白チームに負けてしまった。
負けはしたが、僕の気持ちは楽しさで溢れていた。
結果発表後、僕は麦と一緒に鷹のたまり場へと向かった。
鷹のたまり場はお祭り騒ぎになっていた。
「おぉ! 文月来たか! こっち来い!」
上機嫌のロマさんに呼ばれ、人の合間を縫って、たまり場の奥の方へ行った。
「よぉ! 俺ら取ったぜ! K1!」
「おめでとうございます! ちゃんと聞いてましたよ! 鷹のコール!」
「ありがとな! いやぁ、最後までひやひやしたぜ!」
笑って話すロマさんは本当に嬉しそうだった。
そこへ、ホークさんが現れた。
「麦も帰ったか。では、みんなを集めてくれ」
ホークさんがマイラーさんに言うと、マイラーさんは皆に集合をかけた。
ホークさんは皆の前へ歩み出ると、堂々と立った。
「皆、今日は本当によくやってくれた! これで私は安心して引退できる! 皆が今日まで引っ張ってくれたおかげで、ここに立つことができた! 本当に……ありがとう」
ホークさんは満ち足りた表情をしていた。
「私の引退後はマイラーがホークスネストのマスターとなる!」
ホークさんはマイラーさんの肩に手を置くと、優しく微笑んだ。
「鷹を……頼む」
「あぁ。今度は俺がここを守ってやるよ」
マイラーさんとホークさんは静かに頷き合う。
「今後はマイラーのもと、新しい巣を作ってくれ。これをもって本日は解散とする」
ホークさんの演説が終わると、拍手が沸き起こった。
皆がホークさんに集まり、思い思いに話をしていた。
麦を含む幹部の人たちは輪の外から、その光景を微笑んで見つめていた。
僕は少し離れた距離にいたが、とても遠くにいるように感じた。でも、不思議と嫌な気持ちではなかった。
皆がログアウトしたり解散を始めた頃、ようやくホークさんは幹部の方に来て別れの挨拶をしていた。
(皆すごくいい顔をしている。なんか……いいな)
僕には何を話していたかは聞こえなかった。
その後、麦が走ってこっちへやってきた。
「文ちゃん! 大変!」
僕の耳元で、小声で話す麦は慌てていた。
「どうしよう……ホークさんにリアルで会いに来てほしいって言われたんだけど!」
「えっ!? どういうこと? 皆で?」
「いや! 私だけにこっそり言われた! でも私、行けないじゃん? なんか断る雰囲気でもなさそうでさー。いいよって言っちゃったんだよね」
「はっ!? なんでオーケーしちゃうの? どうすんの?」
僕は思わずホークさんへ目を向けたが、まだ皆と笑顔で話していた。
(なんで麦ちゃんだけ? 気になるけど大事な話っぽいしなぁ)
「文ちゃん適当言って代わりに行ってきて!」
「えっ! 嘘でしょ! そんな大事そうなこと、僕が行けるわけないじゃん!」
「そこをなんとか! 文さま! ご主人さま! お頼み申す!」
「もう……」
結局僕は、代わりにホークさんに会いに行くことになった。
なんで代わりに来たかの理由を考えながら、暑い日差しの中を歩いていた。
(はぁ……なんて言おうかなぁ。というか前に麦ちゃんがホークさんは誰ともリアルで会ったことないって話してたな。……最初に会うのが麦ちゃんでいいのかな)
気が重いせいか、ゆっくり歩いていたはずなのに、いつの間にか教えてもらった場所に辿り着いてしまっていた。
(しかし……なんで、ここなんだ?)
辿りついた先は、大きな総合病院だった。
麦に教えられた部屋番号へ向かった。
院内はホテルのように綺麗で、白を基調とした落ち着いた空間が広がっていた。
部屋番号を頼りに歩いていくと、そこは個室だった。ドアの横には男性らしき名前が書かれたプレートが掛けられていた。
(ここで、あってるよな?)
僕は恐る恐るドアを開けた。
病室は思っていた以上に広く、静かだった。
真夏だというのに、部屋の窓は開けられていて、吹き込む風が薄い青色のカーテンをゆっくりと揺らしている。
窓際のベッドには、一人の少年が座っていた。
細い腕。青白い肌。あまりにも痩せた体。
その姿から目が離せないでいると、少年はゆっくりとこちらへ振り向く。
少しの沈黙に耐えられなくなった僕は、先に口を開いた。
「あ、あの……」
「文月さんだね?」
少年はか細い声で僕の名を呼ぶと、困ったように笑った。
「えっと、はい……まさかホークさんですか?」
「そうだよ。初めまして」
(まさか男の人だったとは……しかも、僕よりずっと若い)
状況を飲み込めずにいると、ホークさんの方から話しかけてくれた。
「麦は……来れないんだね」
「すみません……本人は来たがっていたんですけど、その……急遽、実家に帰らなくてはいけなくなってしまって……代わりに僕が……」
「いいんだ。気にしないでください。ただ、最後に会えたらと思っただけなので」
最後という言葉を、僕はあえて考えないようにした。彼を見て、分かったから。
ベッドの横まで行くと、置いてあった椅子に座った。
「何か麦ちゃんに話があったんじゃ? 代わりで申し訳ないけど、僕でよければ麦ちゃんに伝えますよ」
少年は僕の顔をそっと見つめると、細い唇が静かに動いた。
「僕は……麦が好きだった」
その一言に、僕は衝撃を受けて体が固まった。
(えっ……好きって……)
固まる僕に、少年は静かに微笑んだ。
「これが愛……かは分からない。でも、確かに僕は麦のことが好きだった。だから、会いたくなったんです」
「そう……なんだね。驚いたけど、嫌な気分はしないよ」
「少し、昔の話を聞いてくれませんか? 聞いてくれる人もいないので」
「もちろん」
少年は少し息を吐くと、俯きながら話し始めた。
「僕は小さい頃から、この病院にずっといて……外で遊べなくて、ただ外を眺めているだけでした。そんな僕に、親がゲームをくれたんです。最初は小さなゲーム機でした。」
思い出すかのように、ゆっくりと言葉を続けた。
「それでも、僕の中では世界が広がって嬉しかった。すぐに夢中になりましたよ」
「分かるよ。僕もゲーム好きだったから」
少年はこちらに顔を向け、静かに微笑んだ。
「ゲームをして明るくなった僕のこと、親も嬉しかったのかな。ある日パソコンを買ってきて、この病室に置いてくれました」
「病院でやっていいんだね。少しビックリしたよ」
そう言うと、少年は少し困ったような顔で肩をすくめた。
「親のコネです。……そこで、あのゲームと出会いました。最初は軽い気持ちで始めたけど、アバターを作る時にすごく綺麗で……本当の人みたいで。なんだか自分とは違う人を作りたくなった。」
「だから、女性アバターにしたんだ? ボイスまで違うから、ここに来たとき本当に驚いたよ」
「ネカマになりたかったわけじゃないんですけどね……ただ別人になってみたくて」
少年の『別人になってみたかった』という気持ちが、僕は少しだけ理解できた。
少年は一息つくと、僕の方に顔を向けた。
「麦は、鷹が出来て初めて入ってきたメンバーなんです。実は……一度、麦のせいでギルド解体して作りなおしたんですよ」
「えっ! 何やらかしたの……?」
少年は懐かしそうに目を細めた。
「ギルドの結成が解放された直後。元々臨時でよく会っていたマイラーと、ヴィンテージ。マイラーの紹介でデスと……ギルドを作ろうとなって、ギルドを作ったけれど、入ってきた麦にギルド名をダメ出しされて」
(何やってんだ麦ちゃん……)
「もっと意味のある名前がいいって。最初につけたのは確かにかっこよかったんだけど。なぜか、僕は麦の説得にすごく心を動かされて……」
(変なとこで、こだわりあるからなぁ……)
「それで名前を変えるために、わざわざ?」
少年は小さく頷いた。
「そう。それまで深く意味とかを考えなかったから、とても新鮮だった。皆でどんな名前がいいか考えて……これだ、となったのが」
「ホークスネスト?」
「そうです。僕と皆の気持ちが詰まった名前」
その言葉を口にする少年の目は、とても優しかった。
「こんなにレアな話が聞けるなんて嬉しいよ。あれ、ロマさんも初期のメンバーだと聞いたけど?」
少年はくすっと笑った。
「ふっ。ギルド結成したはいいけど、支援がいないねとなって。そうしたら次の日に、掲示板の前でギルド探してるロマを麦が無理やり引っ張ってきたんだ」
(うわぁ……想像つくなぁ)
二人で思わず笑ってしまう。
「最初の頃はずっと六人で狩りしたり、イベントやったり。そのうちにどんどん人が増えていって、いつの間にか大手と呼ばれるようになってた」
懐かしい思い出を辿るように、少年は窓の外へ視線を向けた。
「幹部の皆には色々教えてもらったんだ。それこそ『ホーク』が出来上がったのは皆のおかげ」
一度言葉を区切ると、少年は静かに微笑んだ。
「その中でも麦には特に、たくさんのものを貰った」
(なんだろう……この気持ち)
鷹の思い出や、麦への想いを聞いているうちに、胸の奥で何かが熱を帯びていくのを感じた。




