第34話 [名残り花]
あの日、ホークさんと三人でスイカ割りをして以来、僕はイベント最終日まで麦のスイカ割りに付き合わされることになった。
夏イベント最終日。今日はイベント最終日を祝って、『ワヲン』で花火大会が催される。
僕は鷹の人たちと花火大会を見にワヲンへ来ていた。
『ワヲン』は、日本の城下町をイメージした街だ。
昨年も開催されていた花火大会は、二時間にわたりワヲンの夜空いっぱいに花火が打ち上がる。
音量は控えめに調整されているが、城の近くまで行けば腹の底に響くような振動まで再現されている。
麦とワヲンに着くと、待ち合わせにしていた呉服屋の前に皆が集まっていた。
「あっ! いたいたっ! おーい!」
麦は大きく手を振りながら、皆の方へ駆け寄っていく。
「おっ、来たな。おまえらも浴衣着てくれば?」
浴衣姿のロマさんが呉服屋を指差した。この呉服屋ではレンタル衣装が借りられるのだ。
すでに到着していた鷹のメンバーは、みんな思い思いの夏衣装へ着替えていた。
「やっぱりぃ~花火大会といえば浴衣だよねぇ~」
「せやな! 日本人やったら風情は大事にせなあかんやろ!」
「てやんでい!」
呉服屋の前でかわいい浴衣姿のこころさんとポポちゃん、そしてなぜか江戸の花火師を思わせる印半纏姿のえーさんが仲良く話していた。
「文ちゃん! 私たちも早く着よう!」
僕の手を引っ張って、麦が呉服屋の中に入る。
中にはずらっと反物や着物が並んでいた。僕はおすすめを店員さんに選んでもらい、麦より先に呉服屋を出た。
僕はえーさんを見ながら、一抹の不安を抱いていた。
(麦ちゃん、またえーさんと同じように法被か何か着てくるんじゃないだろうか……)
しかし、意外にも予想は外れ、呉服屋から出てきた麦は浴衣を着ていたのだ。
白と浅葱色を基調とした浴衣には、淡い紫色の花が幾重もの細い花びらを広げ、風に揺れるように咲いていた。
それはまるで、誰かを静かに待っている花のようだった。
「何! 文ちゃん! 見惚れちゃってんの!?」
「あ、うん。かわいいね、浴衣。紫の……コスモス?」
「ふふーん! 違うよ! これは確か……」
麦がそこまで言いかけると、少し離れた所からロマさんに呼ばれた。
「おーい! 早くしろよ! 置いてくぞ!」
「わーん! 待ってよぉぉぉ!」
皆の方に駆け寄る麦の後ろ姿を見て、少しだけ心が締め付けられるような気がした。
街の中心は花火を楽しむために、多くの人で賑わっていた。
僕らは人混みから外れ、街の端にある海岸に来ていた。ここは釣りクエストなどでも使われる場所だった。
「おっ! 始まるな」
マイラーさんの言葉と同時に、夜空へ一発目の花火が打ち上がった。
夜空いっぱいに色鮮やかな花火が咲き広がり、さっきまで賑やかだった浜辺が、不思議なくらい静まり返る。
誰もが言葉を忘れ、夜空に咲いては儚く散る光を、ただ静かに見つめていた。
しばらく花火を眺めていると、麦から皆へプレゼント要請が届いた。
「見るだけじゃつまらないと思って、さっき花火屋さんで買っておいたんだー!」
要請を許可すると、手持ち花火が麦から送られてきた。
「やるやん、ネキ! せっかくやし、やろや!」
ポポちゃんは送られてくるなり、早速花火を取り出していた。
「おっ! 粋だねー!」
腕を組んで感心するマイラーさんの隣で、ロマさんも笑みを浮かべた。
「お前もたまには、いいことすんじゃねぇか!」
皆は思い思いに手持ち花火へ、火を灯していく。
「花火見ながら、花火するなんて贅沢ですね」
手持ち花火を見つめる花音さんに、伝心さんが穏やかに笑う。
「でもリアルでは、なかなか出来ないことだし、いいんじゃないかな!」
皆が花火を楽しむ中、輪から離れてベンチに座るヴィンテージさん。
目が合うと、にこりと笑いかけられたので、なんとなく彼の方へ向かった。
ヴィンテージさんはベンチに腰掛けたまま、賑やかに騒ぐ皆を穏やかな表情で眺めている。
「こんな所にベンチなんてありましたっけ?」
「あぁ~、これはね~さっき作ったんだ~」
「えっ!? ヴィンテージさんが作ったんですか!?」
「そうだよ~。スキルでね~。細工は結構凝ったんだけど、どうかな~?」
指先で撫でると、木目の凹凸まで丁寧に作り込まれている。
「いや! すごいです! スミスってこんなのも作れるんですね! しかも、よく見ると本当に細工がすごい……」
花火の光が木目を照らし、細かな彫刻に柔らかな陰影を落としていた。
「モノ作りはね~結構こだわる質なんだよね~」
ヴィンテージさんは、小さく目を細めると、静かに僕を見つめた。
「お仕事が、何か作るお仕事なんですか?」
「ん~。まぁ、そんなとこだね~」
そう言って、ヴィンテージさんは皆へと視線を戻した。
つられるように皆の方へ視線をやると、手持ち花火を振り回して、はしゃぐ麦の姿があった。
「文ちゃーん! 見てー! サラマンダー」
遠くで花火をくわえる麦に苦笑しながら、僕も皆の輪へ戻った。
皆と話しながら花火で遊んでいるうちに、運営の花火大会もいつの間にか幕を閉じていた。
「あっ、終わった」
最後の手持ち花火が消え、辺りは再び夜の暗さを取り戻した。
「おい、線香花火は?」
ロマさんが辺りを見回す。
「ん? そんなの買ってないよ? 地味だし」
麦は首を傾げながら、悪びれる様子もなく答えた。
「わかってねぇな! 花火の締めっていったら線香花火だろうが!」
ロマさんが頭を抱える。
「僕買ってきましょうか?」
伝心さんがおもむろに立ち上がろうとした矢先、ポポちゃんがすかさず人差し指を麦へ向ける。
「いや! ここは忘れたネキに買うてもらおや!」
「えっ! ちょっ! なんでよ! 皆なんて花火やる考えすらなかったでしょ!」
慌てる麦の後ろで、デスさんが静かに手を挙げた。
「……あの、ジャンケンで決めてはどうでしょう」
マイラーさんが、豪快に笑いながら頷く。
「ガハハハ! そうだな! ここは公平にジャンケンで決めようぜ!」
皆が集まり輪になると、拳を握り気合いを入れる。
「じゃーんけーんぽっん!」
その掛け声とともに、ドンっと大きな音が響き、『チョキ』の絵が描かれた花火が一つ打ちあがった。
皆が一瞬固まる。すると麦が叫びだした。
「あっー! 『かましちゃいなよ花火』じゃん! 誰!? 誰が打ったの!?」
麦の叫びに少し離れた場所にいた、えーさんがニヤリと笑った。
「あれってぇ~確かスイカ割りで交換できるアイテムだっけぇ~?」
こころさんの一言に、麦が勢いよく食いついた。
「そうだよ! スイカ棒1個で交換できるやつだよ! なんでも書けるんだよ! えーさん、もったいなー!」
えーさんは指を一本立てると、何でもないことのように呟いた。
「……あと十二個」
麦の動きがぴたりと止まる。
「なっ!? 十二個!? 私ですら六個しか持ってないのに! ウキッーー!」
「結構苦労したのに……えーさんすごいなぁ」
僕が怒涛の日々を思い返していると、少し離れた場所では、ホークさんとヴィンテージさんが肩を並べ、皆を見つめていた。
「このギルドもずいぶん賑やかになったね~」
「……あぁ。本当に」
ホークさんは皆を見つめ、小さく頷いた。
その表情が誇らしそうでいて、少し寂しそうにも見えたことだけは、なぜか僕の記憶に残っている。
結局、ジャンケンで負けたロマさんとえーさんが線香花火を買いに行き、買ってきた花火が尽きると、皆は解散した。
「おやすみー!」
「俺はデルンで落ちるわ、お疲れー」
皆が口々に別れを告げ去っていく中、僕は麦に引き止められていた。
「文ちゃん文ちゃん! ちょっとあっち着いてきて!」
「麦ちゃん何? もう僕眠いんだけど、明日も仕事あるし」
「いいからいいから! 損はしないよ! お兄さん!」
ほぼ強引に連れられて海岸の端に行くと、麦が「ちょっとそこで待ちなはれ!」と言って少し離れた場所で何かをしていた。
「文ちゃん! 上見て!」
笑顔で振り返った麦が上を指すと、花火が一つ夜空に向かって打ちあがっていった。
『祝! 文月生誕24周年! トゥエンティーフォーエバー!』
夜空いっぱいに広がった花火には、そう書かれていた。
「あっ……そっか……」
すっかり忘れていた。今日は僕の誕生日だ。
「文ちゃん! お誕生日おめでとう! どう! びっくりした!?」
「うん……ありがとう。でもトゥエンティフォーエバーって、二十歳よ永遠にだよ……?」
「もう一発っ! どーんっ!」
もう一つ打ちあがった花火は、僕の似顔絵だった。
「えっ! すごい似てる! 麦ちゃんが描いたの?」
「残念! 私、絵は下手だからさー! カオちゃんに描いてもらった!」
「そうなんだ! 花音さん絵うまいんだねぇ」
麦がちらちら海岸の中央の方を見る。
「あとね、ラスト一発あるんだ! でもあっちの人がいる方で上げた方がいいかなー?」
「ん? なんで?」
「ほらっ! 私プレゼントあげられないから! うちの住所書いて、ここにプレゼント送ってください! って書いた花火なんだけど……」
と、人がいる方へ歩き出しそうな麦の腕を、思いっきり引っぱった。
「ちょっ! えっ!? それはいいよ! 今の花火だけで十分だよ!」
「え? そう? でも、せっかく書いちゃったしなぁ」
その後も人が居る方へ行こうとする麦を必死に説得し、爆弾花火は上がることはなかった。
夏イベントが終わり、僕たちはレーサー紅白戦へ。麦たちは首位ギルドへの挑戦へ。それぞれ新たな戦いが待っていた。




