第33話 [家族っていいな]
僕は今、デルンの北側マップで麦に、後半の夏イベントを手伝わされていた。
夏イベント後半『スイカ割り』。各マップにイベントMobの『スイ母さん』が現れて、倒すとイベントアイテム『スイカ?の種』が手に入る。
そのアイテムを交換所に持っていくと、数に合わせたアイテム交換が可能なのだ。
そんなわけで、僕らはスイ母さんを倒していた。
「麦ちゃん、少し休憩しない?」
「あっ! あそこにも発見! 母さーん!!」
スイ母さんを見つけては走っていく麦に、ひたすら追いつく作業を延々と繰り返していた。
(このスイカ?の種の説明、『食べるな危険!植えても危険!』って書いてあるけど……植えられるものなのか?)
そんな事を考えながら麦を追いかけていると、突然ピタっと麦が止まる。
「どうしたの麦ちゃん?」
「文ちゃん……あそこ見てっ! 怪しい人影がっ!」
小声で話しかけてきた麦の目線の先を見ると、黒いオーラを放って蹲る人影がいた。
僕らが、恐る恐る黒い人影に近寄ると、蹲っていた人は急に大声をあげて立ち上がった。
「なんたる不条理! 植えられないではないかっ! これはよもや神々が我に課せし試練か。だが知るがいい。我が血脈には、太古より受け継がれし緑の系譜が眠る。この手に種がある限り、大地は我を呼び続けるのだーーー!!」
(えっ……。何?怖いっ!)
何を言ってるか全く分からず混乱していると、謎の人物がこちらを振り向いた。
「誰だ貴様っ!」
麦がすぐさま反応する。
「お前が誰だっ!」
(よく言った麦ちゃん……!)
待っていたと言わんばかりに、謎の人物は勢いよくマントを翻し、背を向けたまま不敵な笑顔を浮かべた。
「我は漆黒の闇から出でし……」
また何か始まった……と一歩身を引いた瞬間、聞き覚えのある声が謎の人物の言葉を遮った。
「あらぁ、こんな所にいらっしゃったのですねぇ。マスター」
謎の人物の背後から現れたのはチーム旧暦の皐月さんだった。
「あれっ! 皐月さん!」
「あらあら、文月さんと麦飯さんもいらっしゃったんですかぁ。こんにちはぁ」
皐月さんがにこやかに返してくると、麦は改めて謎の人物をまじまじと観察する。
「あっ! よく見たら山羊のマスターじゃん!」
麦の言葉に、謎の人物も指の隙間から目を見開いて、麦を見返す。
「ぬっ!? もはや人の領域には収まらぬ異形。……貴様っ! 鷹の変態アサシンかっ!」
「なんとっ!!」
僕は二人のやり取りに苦笑いしつつ、皐月さんと話し始めた。
「山羊ってことは皐月さんのギルドのマスターですよね?」
「そうですねぇ、あぁ見えてもソーサラーとしてはお強いんですよぉ」
「へぇ~……」
(大手ギルドのマスターって、皆ホークさんみたいなのを想像してたけど……意外……)
「ところで、マスターさんは何をされていたんですか?」
僕が皐月さんに問いかけると、横から山羊のマスターが鋭い眼差しを飛ばしてきた。
「我をマスターと呼べるのは我の配下のみっ! 我は漆黒の闇から出でし……」
「ルインさんですぅ」
また言葉を遮るように皐月さんが名前を教えてくれた。
山羊のマスター『ルイン』さんは特に気にする様子もなく、「ふっふっふ」と笑って誤魔化していた。
「真名は、ジェネシス・ルイン・オブリビオンっ!! 心に刻め! 無知なる者よ!」
やっと言い切ったからか、とてもいい顔をしているルインさん。その横で耳かきをしていた麦が身を乗り出してきた。
「もう、めんどいからヤギオでいいよー。ところでヤギオは丸まって何してたの?」
「んなっ!?」
皐月さんが頬に手をあてながら答えてくれた。
「イベントアイテムの種を植えようとしていたみたいですねぇ。やはり、種を見ると血が騒ぐのでしょうかぁ、農……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん」
ルインさんは慌てて皐月さんの肩を掴むと、くるりと体の向きを変え、その背中を押して足早に立ち去ろうとした。
「ゴホンッ! さ、さぁ! 我らを呼ぶ声が聞こえる! 刻限はもう目前だ! 急ぐぞぉ!!」
「えっ! なに!? のうってなに!? ちょいちょーい!」
麦の制止もむなしく、皐月さんは僕たちに軽く会釈すると、ルインさんに背中を押されるまま去っていった。
(賑やかな人だったな……)
僕らは気を取り直して、再びスイ母さんを探し始めた。
しばらくして、麦がまた急に立ち止まり、こちらを振り返った。
「あっ! そろそろ着くって!」
「えっ? 誰が?」
「さっき『イベント手伝ってくれる人、募集―』って、ギルドお知らせのとこに貼っておいたら、手伝ってくれる人みつかった!」
(麦のイベント手伝ってくれそうなのなんて、えーさんとかかな?)
そう思った矢先、僕らの前には驚くべき人物が現れた。
「あっー! きたきた! おーい! ホークさーん!」
「えっ! ホークさん!?」
赤い髪を靡かせ、涼やかな顔で登場したホークさんに僕は驚いた。
(こんなイベントとか興味なさそうなのに……)
「待たせたな。パーティーをくれないか?」
麦はすぐにホークさんにパーティー要請を投げた。
僕は驚きのあまり、思わず口を開いた。
「ホークさんって、こういうイベントも参加するんですね」
「普段はしないさ。たまには息抜きにいいかと思って。気まぐれだよ」
ホークさんは肩をすくめ、小さく笑った。穏やかなホークさんを見て、少し肩の力が抜けた。
「そうなんですねー。じゃあ今日はレア日ですね!」
「ふふっ、そうだね。よろしく頼むよ」
そこに手を叩いた麦が間に割って入る。
「はいはい! 喋ってる時間あったら手を動かす! 母さんはオタマは持っても、待ってはくれないよー!」
そして僕と麦とホークさんという不思議な組み合わせのパーティーで、引き続きスイ母さんを狩るのであった。
草陰からスイ母さんが現れる。
怒った顔したスイ母さんが、ホークさんを見ると顔色が変わった。
「あんた……いい赤色してんじゃないか」
あんなに麦に会う度「あんた遅刻するよ!」「あんた、なんて恰好してんだい!」とオタマを振り回して怒っていたスイ母さんが、初めて褒める所を目撃した。その瞬間。
――――グシャッ
ホークさんは容赦なく、スイ母さんに槍を突き刺した。
スイ母さんを槍に串刺しにしたまま、それを投げ放ち、少し離れた別のスイ母さんに槍を命中させる。
ホークさんは槍に連なったスイ母さんを麦の元へ運び、麦は嬉しそうに次々と割っていく。二人の連携は見事なものだった。
すると麦が急に林の中を見渡す。
「この音は……! いるっ!」
一言、残して颯爽と林の中に飛び込んでいった麦。それを追いかける僕とホークさん。
林の中で前を走っていたホークさんが、後ろを振り向くと、僕に並走するように走り出した。
「文月くん。聞いてもいいかな?」
「えっ!? はい、なんでしょうか?」
ホークさんが優しいとは知りつつも、まだ少し二人きりだと緊張してしまう。
「どうして最近、急に麦と遊ぶようになったんだ? 前までは、全然関わりを持っていなかったろう?」
「あっ……」
(確かに……鷹の人たちにとっては、そうなるんだ)
「その……えっと……」
僕が言葉に詰まらせていると、ホークさんは僕の肩を軽く叩いた。
「いや、やっぱりいいよ。少し不思議に思っただけで深い意味はない。人にはそれぞれ事情があるしな。今の言葉は気にしないでくれ」
少し微笑んだホークさんは、また少し前を走り出した。
「それにしても、麦は最近また変わった気がするな」
「そ、そうですかね!」
(ホークさん鋭い……麦のことよく見ているな。ギルドメンバー皆にこうなのか?)
ホークさんの観察眼に驚かされていると、僕たちは麦に追いついた。麦は茂みに身を潜め、その先をじっと見つめている。
僕らも、茂みからその様子を伺う。
「とうちゃーん、起きてー! 遊んでよー!」
「今日は休みなんだ! 好きにさせろ!」
「あんた、また新聞見ながらゴロゴロして!」
「わしの入れ歯知らんかい?」
林の奥で賑やかな声を発していたのは、イベントボス『スイ家族』だ。マップに数体しか現れないレアMobだ。
ボスとは名ばかりだが、そこそこの強さはある。
僕と麦が二人で出会った時に、一度逃した敵だ。
油断した僕が倒れてしまい、麦は撤退を余儀なくされた。……いや、逃げたわけじゃない。逃「した」敵だ。
そんなスイ家族を目の前にして、麦は闘志を燃やしていた。
「出たなっ! スイ家族! 今度はめっためたのギッタンバッタンにしてやる!」
「麦ちゃん大丈夫? 僕ら一度、逃げ出したじゃん……」
「文月はん? あなた何言うてますのん? ここにおわす方をどなたと心得る!」
そう言って、麦はホークさんに頭を下げた。
「ホーク先生! よろしくお願いしますっ!」
「ふっ、よかろう」
すくっとホークさんが立ち上がり、スイ家族の前に歩いていく。
恐れる様子もなく向かってくるホークさんに対して、威嚇をする家族。
「おう! なんじゃワレェ!」
「アタチたちに立ち向かおうっての!」
「あんた……いい赤色してんねぇ」
「入れ歯なげるぞい!」
今にも襲ってきそうな家族に、ホークさんは槍を向けた。
「かかってこい」
戦闘が始まると、ホークさんが大きな攻撃を全て受け止め、麦が一匹ずつ攻撃を加えていく。
「かあちゃん……アタチもう割れる……!」
最初に割ったのはスイ子ちゃん。その後も次々と順調に割っていく。
「ぎゃあっ! 今回は俺が割れ目だったのによぉ……!」
「あたし……いい赤色だしてる……」
スイ父さん、スイ母さんも倒し、残りはスイ爺さんだけとなった。
二人で立ち向かった時とは打って変わって、ホークさんがいるだけで、その場は安定していた。
「おまえさんらに目にもの見しちゃるわい!」
【秘儀・種マシンガン】
スイ爺さんは辺り一面に向かって、スイカの種を口からマシンガンのように撃ってきた。
「いたたたたたたたっ! ちょっ! 地味に結構痛い!」
種を吐き終わったと思った瞬間、大きな入れ歯が僕に向かって飛んできた。
「ぎゃあっ! ねちゃねちゃな入れ歯!」
ねちゃっとした入れ歯が僕に当たる寸前、ホークさんが前に立ちはだかって大きな盾で入れ歯を跳ね返した。
「わしの入れ歯が……! 大事にせんかいっ! 最近の若い奴はこれだからっ!」
怒り出し、体全体が真っ赤になったスイ爺さんは、今度は回転しながら種を飛ばしてきた。
だが、ホークさんは盾を構えながらスイ爺さんに近づいて行く。
そして、ホークさんの盾の陰から麦が勢いよく飛び出し、スイ爺さんにとどめを刺した。
「私はぁぁぁ! メロン派――――!」
麦の攻撃が決まり、スイ爺さんは倒されたのだった。
「めろ~ん」
無事にスイ家族を倒し終えた僕たちは、スイ家族からしか出ない『スイカ棒』を手に入れるのであった。
「やったー! スイカ棒でたー! 二人ともありがとうっ!」
喜ぶ麦の頭にポンっと手を置いて、ホークさんが微笑む。麦はホークさんを見上げた。
「やっぱ頼りになるね! さすがマスター! このこのー!」
「さぁ、もう少し狩るんだろう? 早くしないと他のやつに狩られてしまうぞ」
「そうだった! やばいやばい! 早く探そう! 文ちゃーん! 早く早く!」
敵には堂々と立ち向かい、攻撃からはさっと守ってくれる。喜ぶ麦を優しく見守ったかと思えば、すぐに次の目的へ意識を向ける。
そんなホークさんを見て僕は――
(ホークさんってお父さんみたいだ。そうすると、お母さんは……ロマさん?)
家族みたいな鷹の関係を想像して、少しだけ『いいな』と思ってしまった。




