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「抱かれてくれるのか?」
ギルバートが耳元で囁いた甘い声に、翠は深く溜息をついた。
「……仕方ありませんね」
「、そうか」
翠の言葉に、ギルバートは優しくその体を引き寄せ、押し倒そうとする。
「抱かれませんよ」
「……は?」
翠が頷いたのは、別のところだ。翠の言葉に、ギルバートの手が止まった。
「抱かれることを仕方ないと言ったんじゃありません」
翠が溜息をついて、ギルバートに向き直る。咄嗟のことで、顔を見られまいとしていたギルバートも反応できない。
その、情けないような、驚いたような、複雑な表情を浮かべた頬を、翠の手が滑る。
「フィンにもルカにもジンにも、誰にも言っちゃ駄目ですよ」
「なにを、だ」
「……私が魔法を使えることを」
翠がそう、ギルバートの耳元で笑って、パチン、と指を鳴らした。
リーリアの私室とは違って厚い壁があり、そもそも声など通さなかったその空間を、更に、深く切り取る。声はもちろん、どんな人間も、どんな魔法も通さない、それでいて、不自然さがない空間に変化させる。
例え影がいても、気配察知も、魔力察知も、違和感なく跳ね返す空間を作り上げる。
魔法が正常に作用したのを確認した翠は、深く息を吸った。
すぅ、とその息に合わせて、翠の周囲に風のようなものが巻き起こる。その風は、翠の体に吸い込まれていくようだった。
「これ、は……」
「フィンは、私は魔法が使えないと思っています。それは、私の体に魔力がないからです」
まだまだ風は翠へ流れている。それが単純な風ではなく、空間に満ちる魔力だということを、その段になって、ギルバートも気付く
「このくらいで、十分ですかね」
翠がそう言うと、ぴたり、と風が止んだ。
「簡単な生活魔法程度であれば、その場にある魔力を使って行使できるでしょうけど、基本的には魔力がなければ魔法は使えません。いかにシェリラムへの信仰心があろうと、いかに自分を信じる力があろうと。なんて、釈迦に説法ですけど。ギルやフィン、神殿関係者が魔法の部分で有能なのは、魔力がたくさんあるから、ですよね」
「……そうだな」
怪訝そうに頷いたギルバートに翠は苦笑する。
「だから、私は魔力を放出してました」
「……は?」
さすがにギルバートも理解が追い付かなかったらしい。目を見開いて翠を見返している。
「体に魔力を寄せ付けない様に。もし、入ってきても、その端から外へ流れていくように。そうして、常に体の魔力を空っぽにしていました。魔力がそれだけ空っぽなら、魔法とは関わりのない人間なんだろうと、そう思ってくれるでしょう?」
「……なぜだ」
「面倒じゃないですか。いろいろ聞かれるの」
そう言って、翠が苦笑する。
「元の世界にもあったのか。……だから、神語にまで精通していると?」
「いえ。これは私だからです。元の世界には神語はもちろん魔法も存在しませんでした。……でもね、こんなことを正直に言うのはアナタだけ。他の人が同じことを聞けば、私はそうだと答えるでしょう。前の世界の知識だと。だって、それを否定したら、私はあまりに不自然でしょう? でも、その理由を聞かれたくないんです」
苦笑を浮かべたままの翠に、ギルバートが複雑そうな表情を浮かべた。
「では、なぜ、俺に話す気になったのだ」
「アナタが珍しく気落ちしてらっしゃったから」
「俺のために、秘密を明かすと?」
「そんな恩着せがましいことしませんよ」
相変わらず、弱気を見せるのが嫌いな人だ。……そんな人が弱気になったのだから、さすがの翠でも気にしてしまう。駄目だと分かっていて、関わりたくなる。
「みんな、いろいろ知った上で、私に何も聞かないでくれるでしょう? それは、ギルが率先して、私の秘密を聞かないでくれるから」
神語や政治言語を読めたことも、翻訳の腕輪なしに、大陸共通語が話せることも。
「だから、お礼をしたくなったんです。今さら私の秘密が1つ増えても、変わらないでしょう?」
そう言った翠の右手がぽぅ、と光る。
「俺に、魔法は……」
苦い顔をしてギルバートが呻いた。もう、何度も試して、何度もダメだったのだろう。
「そんなもの。呪いなんてもの。……ぶっ壊しちゃえばいいんですよ」
翠はそう笑うと、その光をギルバートの体に押しつける。
瞬間、ギルバートの肩や腕から、黒い靄のようなものが現れ、光の中に吸い込まれると、その中から出ようと暴れる。それを無理矢理抑えつけるように、翠の手が放つ光が更に明るく、強くなる。
やがて、黒い靄の動きは緩慢になり、ついには、ぐるぐると渦を巻くように、光の中へ完全に吸い込まれて、そして、やがて消えていった。
「解呪、終わりましたよ」
「……早いな」
「魔法なんて、0か100か、です。できるか、できないか。できるのなら1瞬ですし、できないのなら、ずっとできないままです」
翠が苦笑して呟いた。
よいクリスマスを!




