王というもの
「これは……」
まばゆい光に焼かれ、いまだ順応の追い付かない目ではぼんやりとした影しか感じ取ることができないが、目の前に1人。そして少し離れたところにもう1人、人影が見えた。
聞こえたのは、男の驚きの混じった声。
だがしかし、翠はその言葉に違和感を覚えた。
何を言ったかは理解できた。けれど、その発音は。
……明らかに日本語のそれでは無かったのだ。
自分はどうなったのかと、とりあえずすぐ近くの人物をなんとなく見つめる。翠の瞳が次第にその場の明度に順応するにつれ、人影が確かな形を帯びていった。
目の前にいたのは、翠よりもわずかに年上らしい男。日本人には有り得ない、銀髪碧眼で、モノクルをかけた学者然とした風貌。服装は、こちらも日本では見ないローブ姿と言ったらよいのか。首のあたりには僅かにローブの下の様子も見て取れ、白いループタイが目に留った。神父のようだと、翠はなんとなく考える。
神父よりも似合いの言葉があるとするならば、RPGでいう白魔道師のような存在だろうかと、非現実だと自覚しながらも、そう思う。そして、その背後に見えたのは……。
翠はあからさまにその男から目をそらした。身体特徴を言えば、黒髪に灰色の瞳。翠よりは10歳ほど年上……ようするに、30前後に見える。
そして、その服装は。
RPGに見立てるとするならば、まごうこと無き『王』であったのだ。
「これは、なんということだろうな、エリツァ?」
その『王』が口を開く。
「は、陛下。この少女は確かに、異世界の住人であると思われます」
エリツァと呼ばれたのは、他に人が居ない以上、翠のすぐ側にいた男だろうという、翠の予想通り、それまで驚きに固まっていた男が、ハッと我に返ったように王を振り返り、膝をついて頭を垂れた。
やはり、日本語ではない。その言葉の響きに嫌な予感……否、もはや確信を感じながら、翠はあくまでも黙して会話を聞く。
「しかし、見たところ、この国の女と少しも変わらんな。お前を疑うわけではないが、本当にそれが異世界の女だというのか……つまらん。獣の耳や尾でも生えていれば面白かったものを。……エリツァ、もう下がってよいぞ。俺も部屋へ戻る」
言って立ち上がりかけた男を、しかしエリツァと呼ばれた男が慌てて止めた。
「お言葉ですが、陛下!」
ホール状の空間に響いた声に、他称『陛下』が不機嫌そうに振りかえった。その表情が頭を下げたままの『エリツァ』に見えるハズもないだろうが、『陛下』の不機嫌な様子はしっかりと伝わっているだろう。
「その前に、この者の処遇をお決め下さい」
「俺は要らん。どこかへ放れ……否、そういえば神殿の規則があったな。不要になったものも捨てられんとは。とはいえ、あやつらに突く隙をやるのも面倒だ。ならば俺の室にでもしておくか。もしかすれば、面白い芸でも覚えるかもしれん。世話役の人選はお前に任せるか……あぁ、否、お前をアーガルに任命するのも一興だな。……よいな?」
「仰せのままに」
そう言って、さらに深く頭をさげた『エリツァ』は、さっさと身を翻して部屋を出て行った『陛下』が完全に見えなくなると、漸く頭をあげた。
『エリツァ』が久方ぶりに翠を振り返った。じっと翠を見つめると難しい顔をする。
「……動揺がない、ということは言葉が通じていないのか」
何も言わず自分を見つめ返す翠をどう思ったのか、『エリツァ』は懐から華奢な腕輪を取り出して翠の左腕を取ると、勝手に腕輪はめた。
途端、魔法でもかかったように、翠の腕の太さに合わせて収縮した腕輪。
「言葉は通じるか?」
「……」
先ほどまでのひとりごとではなく、明らかな質問であったそれに、翠は無言で頷いた。
「名は?」
「……翠」
問われるままに答えた翠に、『エリツァ』は1つ頷く。
「ではスイ。混乱しているだろう、お前の質問にも答える。だがその前に、これについては何も質問せず、1つ、私の言葉を聞いてくれ」
翠はその言葉にも無言で頷いて、先を促した。
「すまないっっ!!」
座り込んだままの翠に合わせて体勢を低くしていた男が、そのまま崩れ落ちるように、両の手を床へと付いて頭を下げる。
そして、血を吐くような懺悔の言葉が、翠へ叩きつけられた。
おそらく、翠がこうなった原因を1番深く知るだろう男が、翠に謝罪した。
大の大人が、自分より年下の女に、喉を潰す勢いで。
そんな風に謝るから。……翠は、逃避していた現実と、直面することになるのだ。
自分が、何か非現実に襲われたことを。そして、そこから決して、逃げることなど許されないだろうということを。




