一章 ある街の少年と吸血鬼のお姫様 三話
異形の怪物五体。
リリアの体は震えあがり、心拍数が高まり、パニック状態に陥る。
楽しい時間はあっという間だけれど、逆に辛い時間は長く感じると嫌でも分かる。
一秒があまりにも長い。
けれど燃掌は確実に近づいてくる。
言葉を失い、心が絶望感で埋め尽くされた。
足の力が自然と入らなくなり、体が弱々しく地面に崩れ落ちる。
──ああ、僕はここで死ぬんだ。
ふと、そう思った。
でも同時にリリアは……まだ死にたくないとも思った。
……だってあの二人のことをまだよく知らない。
もしかすると本当は嘘を教え込んで、人の不幸を楽しむ悪人かもしれないし、そうだとしたら止めなければならないし。
それに……旅に出てみたいというのは本心で叶えたい夢だ。
それが昨日、心の中ではっきりした。
あの二人が本当のことを言っていたならば一緒に行くのもいいと思うし、嘘を言っていた悪人だった場合は旅に出るのはいずれ達成する目標にするつもり。
……もっと世界を見てみたい。
……もっとたくさんのことを知りたい。
……もっと忘れなれない思い出を作りたい。
だから──ここで死ぬわけにはいかない!
「…………え!?」
──その時、胸の内側から溢れ出る力で体が満たされる。
……それと右手になぜか下側には五つ、上側には四つの白い花びらを持つ花が乗っている。
これを摘んだ覚えはないのに……。
「……あ、あれ?」
そして、花びらの一つが落ち……掌の中に消えていった。
どういうことだろう?
率直な感想はそれだった。
だが、花びらが掌の中に消えていった直後、胸の内側から力が更に溢れ出る。
と、あたふたしている間に燃掌はリリアにロックオンし、火の玉を発射する直前である。
だけど、もしかしたら……!
「で、出てこい!」
などと言いながら、フィクションでしかあり得ないような自分の周りから暴風を出すイメージをしてみてると……本当にできた。
その暴風で燃掌五体は消し飛び、辺りの木々が風で大きくなびいた。
「…………」
思わず呆然としてしまう。
(自分が魔妖を倒した……?)
信じられないような出来事。
でも、両頬をつねってもちゃんと痛い。
この光景は夢ではなく現実らしい。
「見事に魔時を習得しましたね。おめでとうございます」
「おめでとミアー!」
声が後ろからして、振り向いたら、スカイとルミルの二人が笑顔で拍手していた。
「二人とも……悪い人じゃなかったの!?」
「いや、ミアたちのことをなんだと思ってるミア」
「まあ……魔時は命の危機に置かれた時に発現しやすいので強引にリリアさんをここで一人にしたので……ですが本当にリリアさんが死ぬ直前になったら、木々に隠れていた私たちは助けに入りましたよ」
そうなんだ……いつの間に近くに居たんだろう。
まあ……この超次元的な力は魔時としてか考えられない。
とりあえず喜ぼう。
うん、それがいい。
「ですが私たちのせいで命の危機にさらしてしまったのは事実です。お詫びになるかは分かりませんが……夜、この街で一番の料理を奢らせていただいてもよろしいのですか?」
「…………本当……?」
「ええ、本当です。もちろん、嫌でしたら──」
「嫌じゃないです!! むしろ大歓迎です!!」
やっぱりこの人たちはいい人だ……!
「美味しすぎるよ!! こんなの人生で初めて……」
時間は過ぎ、ラススの街の中心部に位置するノーリアという名のレストラン。
この店は豪華絢爛という四文字があまりにも似合いすぎていて、天井には強力な魔妖の巣窟であるラゼイア洞窟の最奥部で採れるセゼという透明な鉱石で作られたシャンデリアが五つ付けられている。
壁に付けられたランプによって、暖かみのある明るさに包まれた店内では食器などもラゼイア洞窟で採れる素材を使用しており、この街の富豪しか入ることが出来ないというのがよく分かる。
まあ、リリアは目の前の料理を食べることに夢中だったが。
二人用の円卓に──ルミルは食べないでいいらしいが、リリアと話したい故にスカイの膝元に座っている──リリアと吸血鬼の特徴である犬歯を見せないようにしていて、ゴシックロリータ衣装を着ていても気にしていない様子のスカイが向かい合う形で座っており、リリアが食べているのは希少なチョウトウ牛のステーキである。
簡単に飲み込めてしまう程、柔らかい上に旨味がこれでもかと凝縮されており、極上とはこの料理のことを表すのだろうと思ってしまう。
……ただ、スカイの食事は……一番安いサラダだけである。
「…………」
ふと、食べる手を止める。
彼女はずっと微笑んでいて、注文した時も『吸血鬼にとって、料理は嗜好品でしかありませんから』と言ってリリアも納得してしまったが、今更ではあるがどうしようもない程に申し訳なさを感じてしまう。
「どうかしましたか?」
スカイが首をかしげながら見つめる。
「いや、そのー……」
感情を上手く言葉にできない。
それに言葉にできたとて伝えられない気がする。
「……リリア君を命の危機にさらしてしまったお詫びと見事に魔時を獲得したお祝いですから、遠慮なんてする必要はありません」
「で、でも!」
「大丈夫です」
王族のオーラとでも言えばいいのだろうか……たったその一言で紡ぐ言葉が見つからなくなった。
「それより聞きたいことがあったのですがいいですか?」
「……いいけど」
「リリア君はなんというか……魔時に関する仕事をしているのに、魔時のことを知らなすぎます。もし、魔時に関することの知識が少ない理由があって、それを無理せず伝えられるなら、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
スカイなりに心配してくれているのだろう。
例えばリリアが悪い人間に利用されていないかという可能性があるかもと思っていて、真相はどうなのかというのを知るために。
「ああ、それはね……実は僕、二ヶ月前により前の記憶が無いし、記憶があるのはこの街に流れ着いた後からみたいで……まあ、でも甘えてばかりはいられないから、全然知識は無いんだけど魔時に関する仕事はなぜか上手くできるから、先週からその仕事で働き始めた……って答えでいいかな……?」




